第17話 洞窟入り口にて
勇者アオイ、アリヤ、ナッシュ、ヨウセイ、ミルガス、イルマの一行が武具が隠されている洞窟を攻略しているのと同時刻、洞窟の入り口には数名のヒト族がテントを張って待機していた。
勇者一行には戦闘員とは別に、彼らの身の回り世話や簡易的な拠点設置、道案内などをこなす非戦闘員が同行していた。戦闘員からは戦いや武具集めに専念できると重宝されていたが、移動速度が低下し異族の青年マドカに罠を仕掛ける時間を与えている要因の一つとなっていた。
非戦闘員のヒト族の中に、犬の耳を生やした少年が一人。彼の仕事は戦闘員の身の回りの世話で、掃除から旅の支度、料理の他に雑用と呼ばれるものの大抵を請け負っていた。
少年の名前はテオ。神加護は受けているが、戦闘に使用することはできなかった。しかし、テオは戦闘以外の場所で勇者アオイに尽くすことができることに生きがいを感じていた。
テオは子どもの頃から勇者の物語や伝説などの話を聞くことが好きだった。自分も勇者の様になることを夢見ていたわけではなく、物語の中に出てくる勇者の様に尊敬できるヒトに尽くすこと、目標を持ったヒトを支えながら一緒に歩んでいくことが夢だった。
前勇者がイービラスに表れて王国を救った事変が約400年前、テオが生きている間に勇者に尽くすことはほぼ諦めていたが、再度王国の危機を救いに勇者アオイが現れたことを、テオは運命じみたものを感じた。家族の後押しもあり思い切って、勇者の付き人として旅に同行する権利を何とか勝ち取ったのだった。
テオ達非戦闘員が拠点の設置が完了してしばらくしてからテオは、アオイ達の帰還を拠点から少し離れたところで、薬草や料理に使えるハーブを集めながら待っていると、突如築いた拠点から爆発音と土煙が上がった。
「ッ!!なに!?」
テオは急いで拠点に戻ると、拠点の所々は破壊されてしまっている。もともとテント等が設置されていた場所には赤色の血液の様なものが水たまりとなっていたり、破壊された残骸にこびりついていた。
誰か無事なヒトが残っていないか、何が起こったのか、状況が分からず戸惑っているテオの耳に誰かのうめき声が聞こえた。
(だ、誰かまだ生きてるヒトがいる!)
苦しそうな声だが、何が起こったのか理解できないこの状況で自分以外のヒトの声を聴くことができたテオは不安の中から少しの期待と安心が込み上げる。
小走りで声が聞こえた方向に向かう。すると、数か所あるテントの残骸の下からうめき声が聞こえてきた。
急いで助け出さなきゃと焦ってテントに近づこうとしたとき、テントの周囲に散布ぷされていた血液がふわりと宙に浮かび上がり、細い槍状になって声が聞こえていたテントを轟音とともに貫き潰した。
目の前の状況に驚いたテオは咄嗟に身をかがめて両手で頭を守る。飛散したテントの残骸や土がテオの周囲に降り注ぐ。
「…ッ!うわぁ!」
突然起きた出来事にテオは驚きの声を上げる。すると、土煙が上がったテントの反対側から、誰だ!と言う人の声が挙がる。テオが呻き声に気を取られていた事もあるが、先ほどまで全く気配を感じなかった。おそらく、この拠点に起きた惨劇を起こした犯人であることは予測できたが、戦闘能力のないテオはこの襲撃者に襲われればひとたまりもない。
テオは土煙が立ち込めている間に何とかテントの残骸の陰に隠れようと身をひるがえした瞬間、土煙の向こう側から何かが高速で先ほどまでテオが身をかがめていた場所に突き刺さった。テオが移動しなければこの攻撃にやられていたかもしれない。
何とか、相手から見えない位置に隠れて息を潜める。恐らく、相手は小さな声でも聴きつけて先ほどの血液を使った強襲を仕掛けてくるだろう。テオは必死に荒ぶる息遣いを小さくする。
土煙が消える前に、向こう側から襲撃者が姿を現す。その者は最近勇者たちを足止めしている異族の青年マドカだった。何度かテオやアオイ達の前に姿を現していたが、非戦闘員を狙うという事はしてこなかった。そのため、今回の洞窟攻略も洞窟内にマドカが待ち伏せているというアオイの予測で戦闘員たち全員で攻略に出ていったのだった。
襲撃者マドカは周囲を見渡し、先ほど聞こえた驚きの声の主の姿は見えない。しかし、彼の神加護≪血の支配≫を周囲に散布している。その血を辿って隠れた者の気配を探知する。
マドカはテオが隠れているテントの残骸に目を向けた。
「そこに隠れているだろう。出てこい。出て顔をみせろ。」
テオは息を殺していたが、自分の隠れている場所が相手にばれてしまっている事に驚く。それと同時に、もうだめかもしれないと悟る。しかし、勇者に仕えるという夢の状況に諦めがつかず、この状況をなんとか切り抜ける方法を必死に考える。
そして、自分に授けられた神からの加護があることを思い出す。戦闘には使えないかもしれないが、この状況なら相手の動揺を誘うことくらいならできるかもしれない。
「出てこないなら…」
出てこないテオに対してマドカが攻撃を加えようと周囲の血液に意識を向けた瞬間、どこかしらから、テオとは別の者の声が聞こえた。
「誰か!誰かいないか。…テオ!テオ君!」
「ッ!!」
声が聞こえたマドカは驚いて身をかがめて戦闘状態に入る。マドカに聞こえたその声は勇者アオイのものに聞こえたからだ。洞窟攻略の最中であったアオイだが、拠点の襲撃の音を聞いて高速で帰還するという事は彼なら可能かもしれない。
しかし、声の主はテオであった。テオの神加護≪
今は、テオはマドカに向かって言葉を放ち、勇者アオイの声に変換していた。
マドカは舌打ちをして、
「もう帰ってきたのか、さすがに速いか…」
と言って、周囲の血液をマドカの身体の周りに集めて、マドカを包み込むように操作する。マドカの姿が見えなくなるくらいに包み込むと、素早く収縮し最後には小さな一滴程度の大きさになった。どうやら魔術的な移動手段を使用して姿を眩ましたようだった。
テオは、襲撃者が退散したことを確認すると、ふぅと息をついてその場にへたり込んだ。
テオが襲撃者を退散させてからしばらくした後、拠点襲撃を知らない勇者アオイ一行が洞窟攻略を終わらせて帰還した。破壊された拠点と非戦闘員がテオを残して他の全員殺されてしまっている状況を見て、戦闘員たちは唖然としていた。
テオは何があったのかをナッシュに聞かれて事の顛末を説明した。ナッシュやアオイ達はテオの言葉を静かに聞いていたが、ミルガスがくそっと悪態をついて周囲のテントの残骸を蹴飛ばした。残骸が宙を舞ってかなり遠くまで吹き飛んだが、残骸の下から非戦闘員の亡骸を見つけると、再び静かになった。
話しを聞き終えて静まり返っていたアオイ達を見上げながら、テオは今回襲撃を受けた悲劇に対して悲しみと怒りの感情を抱くと同時に、不謹慎だがすこし期待していた部分があった。戦闘には使えないと思っていた自分の神加護が敵を退散させたことを勇者に褒めてもらいたいという気持ちがあった。
それまで口を閉じていたアオイが口を開く。今後の一行の方針を決めてくれたのだろうか。テオや他のメンバーもアオイに注目する。
「ひとまず、近くの町に避難しよう。それから、これからは戦闘ができるメンバーだけで行くことにしよう。」
他の非戦闘員はテオ同様危険な旅になることは承知の上であったが、それでも勇者たちと一緒に旅をしたいという想いがあった。しかし、テオ以外の者が全員やられてしまった現状を鑑みたアオイは戦闘員のみで自衛ができる者のみでの旅にシフトすることを決断した。
アオイの判断はこれ以上被害を増やさないという考えがあっただろうが、テオとしてはこれ以上勇者たちに仕えることができないという夢のような時間が終わる瞬間だった。
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