朝陽と炭酸の抜けた缶酎ハイ

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朝陽と炭酸の抜けた缶酎ハイ

 朝陽で目を醒ますと、彼女はまだシーツにくるまって寝息を立てていた。飲みかけだった彼女の缶酎ハイを手に取ってベランダに出た僕は、通勤中のサラリーマンを見下ろしながら、少しだけそれを口に含んだ。一晩経ってしまっているので、予想通り炭酸は抜けている。それなのに、どうして朝陽を見ながら飲む酒はこんなに美味いのだろうか。

 そんな事を思いながら、部屋に入ると、彼女が眠そうな顔をしながら、目をこすっていた。どうやら起こしてしまったらしい。肩で切り揃えられた、癖っけのない真っすぐな黒髪が風で揺れていた。


「それ私のお酒ー」


 僕の手元にあったストロングゼロダブルレモンを見て、彼女が不満そうに言った。半分くらい残して寝たくせに、何を言うか⋯⋯と、思ったものの、晩酌をのは僕の方だと思い出して、「ごめんね」と言って、彼女に返す。

 彼女は嬉しそうに酎ハイを口に含んだが、「うわ、炭酸抜けてる~」とすぐに顔を少ししかめた。

 それにしても、酎ハイが似合わない女だった。背は150cmにも満たず、また、中学生にすら間違われそうなほどの童顔。これでいて二十歳を超えていて、のだから、不思議でならない。

 

「よく言うよ。アルコール入ってれば何でもいいくせに」

「えへへ。よくわかってんじゃん」


 彼女ははにかんだ笑みを見せて、そのまままた酎ハイをぐびりと飲んだ。かと思うと、僕の首に腕を回して、唇を重ねてきた。炭酸が抜けたレモン酎ハイが、うっすらと口の中に拡がっていく。昨夜もこんな味から始まったような気がする──なんとなくだが、そんな記憶がわずかにあった。


 そういえば昨夜、彼女は最中に、涙を流していたように思う。そこで、僕は、『嫌だった?』と訊いた。すると彼女は『違う』と答えた。『痛い?』と訊いても、『違う』と答えていた。

 彼女はその後なんて言っただろうか?

 わずかながらに残る酎ハイの味と、絡みついてくる舌に身を任せながら、昨夜の記憶を辿っていく。


 そうだ、彼女はその後、確かこう言っていた。


 ──


 その意味がわからず、僕はただ涙を指で拭って、頭を撫でてやったように思う。すると、彼女は嬉しそうな笑顔を見せた後、華奢な身体に似合わず、強い力で抱き締めてきた。絶対に離したくない、という強い意志さえ感じた。

 ただ、今となってしまえば、そんな事どうでもいいように感じた。

 だって、君はもう、嬉しそうに笑っているのだから。

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