毒吐く

千羽稲穂

独白

 今日はありがとう。僕なんかの話に付き合ってくれる人なんてそうそういないからね。だって、そうだろう。僕は信じているんだから。

 なぁんだ。僕が信じているもの知らないの。


 ――生まれ変わりだよ。


 最初は幸田さんに言われて、いまいち信じてなかった。幸田さんてのは、大学で出会った先輩だ。その人は最初、やばい人だって言われててさ。それもそのはず、生まれ変わりを信仰する宗教のトップだってんだから普通そうだよねって話でさ。僕も幸田さんの話は信じていなかったよ。


 彼女に合うまではね。

 一点注意してほしいのはさ、僕が言っていることは全て本当のことで、嘘偽りない言葉だってこと。信じるも信じないも君自身だけど、僕は嘘は喋らない。


 そりゃ、人だから多少脚色はするかもしれない。でも、そうしたことがあった事実は変わらないものだ。実際にあった事件をもとにした映画だってそうだろう。何人も人を殺した人間がいるってことだって普通に暮らしていたら、ファンタジーと同じさ。


 そう、そんな事実、怖くて信じられない。前世とか、死後の世界とか、そういった胡散臭いものと同種だし、それは僕だって理解している。


 さて、本題に入る前に、僕が何者か言う必要がある。


 大学四回、この喫茶店の坂を下ったところにある偏差値が高くもなく低くもない、一方で名を出せば誰もが知っているあの大学で文学部に在学中。見て分かる通り男。性転換もしていない。女性関係はそれなり。


 自分でも言っててびっくりするぐらいに、平凡だね。わらけてくるよ。マルチ商法とか、借金でおぼれているやつとか、宗教やっているやつとか、酒で暴力沙汰を起こすやからを鼻で笑ってしまうぐらいに、優しくなくって、冷たい、馬鹿もできないつまらない男だよ。


 そんな僕がなぜ幸田さんを信じているかっていうそういうお話。どう、記事になりそう?


 そんなつまんない顔しないでよ。僕だって傷つくよ。


 そもそもなんで信じてるっていうと、彼女と出会ったからなんだ。彼女は、恐ろしかったよ。だって最初あった時僕のありとあらゆることを言ってくるんだから。


 ――あなた、幼い頃公園でジャングルジムから落ちたでしょ。

 ――にんじん、まだ苦手?


 とかね。気味が悪いったらない。どの事柄も僕は覚えているんだから。僕はジャングルジムから落っこちて、腕のここ、ここを折ったことがある。おかげで食事がしにくいったらなかった。にんじんもそう。あの色や形から、芯のしっかりした味が滲み出るのが嫌でさ、当時は苦手だったよ。


 ――それをよく私に食べさせてたでしょ。


 なんて、そこから彼女は言ってきた。おや、こいつおかしいんじゃないかって思うだろ。気持ち悪い。だって、そこで彼女と出会ったのは初めてだ。狂った女だ。どっかの占い入門書で適当に見繕った情報を僕にあててきたんだろうさって吐き捨てた。


 一方で僕にはあてがあった。まあ、僕はその女とその当てをつなげなかった。どうあってもおかしいだろ。普通はつなげないし、奇妙な一致なんてこの世界ありあまるほどある。


 でも、彼女言うんだよ。


 ――これだけは言いたかったの。雨の中私を拾って育ててくれてありがとう。


 幸田さんが来たのはここらへん。君は彼女にあったのかって、尋ねてきて、あってないって嘘をつくと、そうか。実は彼女、君の飼っていた犬なんだけど、そう選択したんだってね。


 胡散臭すぎだろ。流石に笑ってしまってさ。

 生まれ変わりなんてない。馬鹿にしてんのか。僕が標的にされたのは、気に食わなかったよ。それから入れ替わり立ち代わり、僕の前に表れんだよ。気持ち悪いのなんの。いろんな女が僕にこういってくるんだ。


 ――私はあなたが生まれ変わる前にあってます。

 ――あの時の犬です。

 ――あなたは昔、異国の地で亡くなった墓守でした。


 ちょっと待って、一回笑っていい?

 さすがに、僕もこらえきれない。


 おっけ、おさまった。


 さっきから言っていることがおかしいって?

 早いね。ドンピシャ。最初は信じてるって言ってたのに、本当は信じてないよねって話だよね。


 ――そう、本当は信じてない。


 あんまり言い寄ってくるもんだから気になってさ、幸田に近づいたの。すると、あれやこれやその胡散臭い宗教の噂がでてくるの。

 言い寄ってくる女にもそう言って近づいて、込み入った話を聞いてみた。僕の飼っていた犬のこととか事細かに。するとちょっと外れた回答が返ってくるんだ。一緒に集会に来るかって言われるからそれは遠慮したよ。馬鹿みたいだろ。


 あんたもそう思わない。だってそんなことでお金集めたり、思想を占めてるんだぜ。それやってる上のやつはげらげら笑ってるだろうさ。こんな楽なお金の集め方ねぇってな。


 俺はそういうやつが嫌でたまらなくって、こうして記者を呼んだ。


 俺はさ、取られたことがあるんだ。犬も、彼女も、嘘で。ああ、気にしないで。口が回ってきたりすると、こういう口調になるんだ。まるで人が変わったみたいだろ。お酒が入るとこんな感じだし、今は最高にテンションがあがってるんだ。


 俺はそいつらの親玉が知りたくってさ。そういうやつを懲らしめるなら徹底的に追い詰めなきゃ意味ないだろ。気になって近づいて、根っこを辿った。


 なけなしのバイト代をつぎこんだりした。宗教の集会に潜り込ませて、そこにいる親玉を見つけたんだ。


 そいつはあんまり集会に顔を出さない。その割に幹部に金を出すのは忘れないやつだった。幹部は全員借金まみれだった。だから、金をだせば大体は言うことを聞く。


 そういえば、言ってなかったな。俺さ、中学の頃、高校の頃で彼女いたんだけどどっちも交通事故で亡くなってるんだ。小学校の頃に飼ってた犬は誰かに刺殺されて死んだよ。


 で、今回の宗教勧誘だよ。

 もう呆れて声もでない。


 あー、声は出てたわ。


 で、これはそうだろうなって思ってたら案の定そうだった。


 そいつらに金をだしたのはお前だろ。


 いい加減にしろよ。俺が知らないとでも思ってたか。知らないふりしてたんだよ。とっくの昔に俺はお前を特定してた。そして俺にちょっかいかけながら捕まってないのも知ってた。


 今回とっておきの話をしようって呼びつけたのは、もう面倒だから対面して言った方が早いかなって思ってさ。


 彼女殺された時、次は俺だ、俺を殺して終わりだ、と思ってた。でもそうじゃなかった。

 ちょっとだけお前の腹の中見えた気がする。


 あの手この手で俺を手懐けたかったってわけ?

 多分、俺さ、何言われても、何されても動かねぇよ。家族を殺されたって、な。

 そんなことで心が壊れたり、怒り狂ったりできたら良かったんだけど。


 なんで放っておいたかって?

 興味があったんだよ。お前がどこまでやるのかなって。犬を刺し殺された時、お前の仕業だろうなって疑って警察に突き出そうと思ったけど、なんか面白くねぇなって思ってやめておいた。その後また俺の彼女殺して、そうとう怒ったけど、興味の方が大きかった。


 俺も狂ってたのかもしれない。いや、こうしてお前を目の前にして言える。狂ってたんだな。狂ってんだよ、お前も俺も。


 俺に執着して、どこまでやるんだろう。どこまでひどいことができるんだろう。

 最初に行ったファンタジーな世界ってやつ、いわばそういう世界へ俺を誘ってくれるまで待ってた。


 でもさ、生まれ変わり、宗教、幸田先輩、なんか結局面倒になった。俺に話しかけるのもさ、もうやめてくれない。


 そりゃあ、知ってるわけだよ。俺がにんじんが嫌いだったことも、犬が殺されたことも。そんなちゃっちぃもので俺が洗脳できるはずないんだ。全部どこかリアルじゃない。


 もっと現実的なもので煽ってこいよ。

 幸田が言ってたぞ。宗教は全部嘘だ。そう見せてるだけで、俺に喋りかけてきた女たちはみんなお金で買ったんだって。幸田や幹部は、拳銃で脅したんだろ。交通事故はお前がやって、他は高見の見物決め込んでんじゃねえよ。


 殺すなら殺せよ。


 なんでお前はいつもそうやって優しさ見せてんだ。俺はそんなお前の甘いところが気になって仕方なかった。犬の墓に花を添えてただろ。彼女の通夜で、陰に隠れて本気で泣いていた。やってしまったことを悔いてただろ。それなのに止められなかったんだろうなって。俺はちょっと同情してた。お前は哀れだよ。


 好きなら殺せよ。

 お前みたいな女こっちから願い下げだ。


 俺もふりをやめたんだから、お前もふりをやめろよな。


 いいじゃん。俺達狂ったまんまで。もともとそういう性格だったんだから。仕方ないよ。


 凄いじゃん。その拳銃。

 まさに非日常って感じだ。


 そう言えば、最後の言葉を考えてきてねーや。

 ま、いっか。


 泣くなよ。

 殺されてもいいって言ってんのに。



 ※※



 録音されたテープを止める。

 女性記者の供述によれば幸田なんて人物はいない、このテープの男の発言も嘘ということになっている。だがところどころに挟まれる女性記者の涙交じりの嗚咽や彼女の証言を拒んだ。録音テープには彼女の声がしっかりと聞こえるし、男と会話していた。そのため、女性記者の証言は証拠にはならないとはねのけられ、テープが確信的物的証拠として浮かび上がった。


 だがしかし、このテープの証言も当時の周辺状況と食い違っている。確かに男は宗教勧誘にしつこく誘われ抑うつ状態になっていたが、彼の犬は未だ生きているし、刺殺されたことはない。彼と付き合った女性は二人いるが、どちらも交通事故でなく首吊りや飛び込み自殺している。


 しかし、そんな些末なことはどうでも良いことだ。重要なのは彼女があの時、ナイフでこの男性を刺殺したことにある。


 大衆は瑣末なことより血が流れた事実に興味関心がある。記者はそう言ったことを食い扶持にしたら良い。


 女性記者の判決は今日下る。


「幸田さん」呼ばれて、私は振り返りほくそ笑んだ。

「どうだ、面白い記事になりそうだろ?」

「ええ、もうばっちりです。ありがとうございました。今日も無事紙面が埋まりそうです」

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