不動のサボテン

御子柴 流歌

今頃、痛い。


 外を白く染めるように降りしきる雨を窓から見つめる。

 君は今頃、どこにいるのだろう。

 昔聞いた歌の歌詞のようなことを思い浮かべるには充分すぎるほどに、あの歌の主人公と立場が似通っていた。


 そばの棚では、いつぞ彼女が買ってきたサボテンが、降り続く雨を見つめているようだった。 


 よく漫画や小説なんかでも、歌詞の中でさえも、部屋を飛び出していく人をなぜか追いかけられない、なんていう状況が描かれたりする。

 本当に、そんなことなんてあるはずがないと思っていたのは、一昨日までのこと。

 自分の中に大きな負い目があることを自覚していれば、やはりあの描写たちのように、彼女を追いかけることなんてできないのだ。

 

 この部屋では、喧嘩もかなりした。

 どう考えてもくだらない些細なものから、今回の原因を作ったものまで。

 そのすべてを、棚の上で佇んでいるサボテンは、何も言わずに聞いてくれていた。


 そういえば。

 思い出したようなくらいのタイミングで、彼女はこのサボテンに水をあげていた。

 せめてもの労いの気持ちを込めて、その代役を務めても、きっとバチは当たらないはずだ。


 如雨露の類など無いので、計量カップで済ませる。

 雨の日だけれど、どうなんだろう。

 全くその辺の知識など無いが、今このサボテンは雨を浴びているわけではない。

 きっと大丈夫――――


「……あ」


 気の緩みだ。

 大きめな計量カップの先を鉢の縁に引っ掛けてしまい、サボテンはあっけなく床に落ちる。

 当然のように、鉢は割れた。

 俺の心のように、なんて表現を添えられれば恰好も付くのかもしれないが、そんなことを言う権利は俺に無い。あるはずがない。あってはいけない。


「はぁ」


 ため息をこぼす。

 鉢は、百円ショップなんかで売っているだろうか。

 園芸コーナーなんて足を踏み入れたこともないが、きっとあるはずだ。


 掃除機を持ってくるついでに、他に買ってこないといけないものを見繕う。こう言う時に限って、なぜかそういうものを思いつけない。それだけのために、あの子が残したものをどうにかするためだけに、この天気の中を歩くのは。


「まぁ、いいか」


 何か、きっかけがこういうところに転がっているかもしれない。

 とりあえず、鉢と一緒に飛び散ってしまった土を回収しないといけない――――



「……え?」



 サボテンのそばに、飛散していたのは。


 慰め程度の土と、


 まるで、今も降り続いている雨にもよく似た色合いの――――


 ――――発泡スチロールのような、かたまり。



 


 時間が止まる。

 いや、止まらない。

 なおも激しく降り続けている雨は、時間の流れに逆らうことなく地面を濡らしている。


 


「え、これ……まさか、造花?」


 そういえば、間近でなんか確認したことがなかったのを思い出す。

 力が抜けていきそうな膝に鞭を入れて近寄り、その葉に触れる。


「……マジだった」


 いやいや。

 精巧すぎるでしょ。

 いや、誰。

 製作者、誰。


「ん?」


 そして、嫌な予感がさらにやってくる。


「まさか」


 あの娘も、同じ勘違いを?






 雨は、降り続く。

 

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不動のサボテン 御子柴 流歌 @ruka_mikoshiba

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