D3&W

人生

 夢見る人形は魔女の真実《ユメ》を見るか?




 人間にとっての一番の快楽きもちいいこと、それは〝睡眠〟だと思う。


 お腹が空いても、疲れて動けなくなっても、体じゅうが痛くても、眠ってしまえばそんな現実は忘れていられるの。


 夢の中のわたしは自由に空を飛んだり、雲の上を歩いたり。


 そこにはお父様とお母様がいて、みんな笑顔で、幸せなの。


 ずっとずっと、そんな夢が続けばいいのに――


 わたしにとってこの現実は、まるで悪い夢だもの。




                   ■




 両親の死んだ日、喉を切られた少女もまた死ぬはずだった。


 きっと死んでいれば、今頃家族そろって仲良く夢の中あの世にいられたのに


 悲鳴を聞きつけてどこかの誰かが通報し、遅れて駆けつけた人々によって少女は一命をとりとめた。


 しかし身寄りがなくなって、少女はごみのように捨てられた。


 きれいな街の中にある、薄汚い闇のなかで――声を発せない少女は、地べたを這って生き続ける。


 この世界は汚れている。ここの人たちは壊れている。

 幸せそうな人を見た。それを奪う人を見た。助ける素振りの裏には打算、見て見ぬふりする顔には偽善。


 汚れた大人たち。かたちだけの共生社会。

 だけど少女の瞳は曇らない。


 だってこれは、夢だから。

 本当のわたしはベッドの中にて、今目の前にある現実これはただの悪い夢。


 どんなにひどい夢でも、目が覚めたらきっとこう思えるはずだから。


 あぁ、夢で良かった――


 そうして幸せな現実に戻って、今のこの幸福を噛み締める。


 悪い夢を見ているの、みんな、みんな。


 目覚める時を待ってるの、みんな、みんな。



「きれいなおめめをしているね、お嬢ちゃん」



 そう言って、その人は少女の目玉をくりぬいた。




                   ■




 少女の瞳がきれいだったのは、地べたを這いながらも生きていけたのは、ある女の人の助けがあったからだ。


「あそこへおつかいに行ってくれる?」


「あの人にこれを渡してくれる?」


「ありがとう、じゃあお礼にご飯をあげるわ」


 その人だけは少女に優しくしてくれた。

 少女が頑張ると褒めてくれて、いっぱい頑張ったから、少女をお家に招待してくれた。


 その人は少女にとっては女神様。不幸な女の子に魔法をかけてくれる、御伽噺の優しい魔法使いのよう。


「じゃあ今日は、あの人を――、そう、良い子ね。あなたはきっと良い殺しお姫様になれるわ」


 だってここは夢の中――いつかお城の舞踏会にお呼ばれするかもしれないから。


 少女は今日も殺し踊り続ける。


 夢うつつなまま、いつか目覚めるその日まで。




                   ■




 その男は、『人形師ひとごろし』と呼ばれている。


 素敵な人形をつくるため――神様みたいに、この手で人間いのちをつくるため、男は美しい街の中を練り歩く。


 この国で一番美しいとされる街に来た。男は美しいものを愛している。だけど残念、この世界の人間はどれも欠陥ばかりだ。


 男の目的は至極明快、自分の好みの――きれいな人形にんげん見つけるつくること。


 しかし残念、この街にいる人間はどれもこれも見てくれだけの偽善者だ。本当に美しいものはわずかばかり。街の外に広がる砂漠の中から宝石を探す、それくらいには大変で、目につくものは数あれど、その目にかなう部品ものは見当たらない。


 どんなに汚れていても、少しは美点があるものだ。

 顔は醜くてもきれいな手をしているかもしれない。手が無くても、長くすらりとした脚がある。

 解体バラしてきれいなものだけ持ち帰り、代わりにつくりものの部品をくれてやる。


 本物に負けず劣らず、いい出来だと自負しているよ。

 血溜まりの中、泣き叫ぶ汚物に語りかける。どうせその身体についてても、いつか腐ってしまうのだ。そうなる前に切り取ってしまうだけ。代わりにあげたその脚こそ、偽善者つくりものにはちょうどいい。


 だけど本当に欲しいのは――自分だけを愛してくれる――曇りのない、美しい心。


 切り開いても切り裂いても、心というやつは見当たらない。

 目に見えないことがもどかしい。


 どんなことにも同好の士はいるもので、男はこの街に来て一人の青年と出逢った。


 彼が言うには、きれいな心をしている人は、きっときれいな目をしている――そう語ってくれた。


 心は心臓じゃなく、きっとガラスに反射する光のように、きれいな瞳にこそ宿る。


 なるほどそうか、じゃあきれいなをした人を捜そう。


 かくいう青年もきれいな目をしていたものの、彼は眼鏡をかけていた。

 それに、せっかく出来た友人だ、男の作品にんぎょうにも興味を持ってくれた。その審美眼を認めると、くり貫くことは惜しまれた。


 ではどうしようかと考えて――××がいい。××の目はいつだって、きらきら輝いている。男も昔はそうだった。汚れた社会に出るまでは。


 近所の公園を見廻る日々が続いた――覗き込むとその奥の澱みが分かり、目に見えるところからその姿が消えて行く。


 もはや外ではなく〝中〟を探すか――生活費も欲しいところだし、と。


 そんな、ある日のこと。


 男のもとに、天使が舞い降りた。



 ――〝解体師〟さん、あなたに頼みたい仕事があるのだけど。



 別に解体する趣味はないのだが、仕事とあればそうしよう。

 殺しを仕事にしている訳ではないけれど、生きて行くにはお金がかかる。


 男は女のもとで働いた。

 切り捨てられるその日まで。




                   ■




 いつからか、少女は『踊り子』と呼ばれるようになった。


 女神様に頼まれて、人を殺す。

 女神様が見ている前で、きれいに華麗に仕事をこなす。

 誰もがみんな悪い夢を見ているから、少女が殺して起こしてあげるのだ。


 たまに女神様に用事があってこれなくなると、〝仕事〟の成果を証明できない。

 だからその時は、証人として誰か一人を残すことにした。

 そうしたら、いつの間にやら名前がついた。

 少女のことは知られるようになって、顔も知られて仕事もうまくいかなくなった。


 頑張ってるのに空回る。怪我をする日が増えていく。


「……困った子ね、みんならなきゃアシがつくじゃない意味がないじゃない


 ある頃から、少女には女神様が悪い魔女のように見えてきた。

 きれいな瞳に、疑惑の光。


「……じゃあ、今日は――へ、行ってくれる?」




                   ■




 その日、天使が舞い込んだ。


 きれいな瞳の女の子。

 まるで夢を見ているような空色の瞳。

 どこまでも純粋で、いつまでも無垢な心がそこから覗いている。


 なんて素晴らしい――本当に、




                   ■




 女神様からのお願いで、少女はその日、とある廃墟を訪れた。


 その頃には少女の目は偽物エナメルになっていたけれど、そうなる前より仕事はとても捗った。

 女神様も少女を褒めてくれるようになったし――少女もそれなりに大人になったので、以前よりも人目を気にするようになった。

 、より可憐に華麗に、仕事をこなす。


 本日の依頼はこうだ。



「なんだお前、どうしてここに――」



 人形師と呼ばれる、人殺しわるいひとがいるらしい。



 聞き覚えのあるような声だったけど、少女は男をすぐに切り捨てた。



「あの女が……、」



 少女には目が見えない。声も出せない。だけどこれは夢なので、少女はどことなく


 だから男の転がる部屋に、醜い人形ひとがたがあることに気が付いた。


 継ぎ接ぎは見るに堪えず、酷い腐臭に顔を背ける。



「――……お前の目を、くれたんだ――」



 空色の瞳が見ていたけれど、少女はそれがなんだか分からなかった。




                   ■




 人間にとって、一番の快楽は眠ること。

 現実には有り得ないような不可思議、もう二度と会えない人との逢瀬。


 その幻は、どんな現実よりも尊くて――


 たとえ悪い夢を見たとしても、目が覚めたらこう思う。


 あぁ、夢で良かった――と。


 ぜんぶ悪い夢だったんだよって、あの人が優しくしてくれるから。



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