ある文化保存官の手記と、森の祭
南雲 皋
とある森での、出来事である
20XX/03/16
ようやく辿り着いた。
本当にあった。
まだ誰も文献に残していない祭。
四年に一度だけ執り行われるその祭りはこの森に於ける最高の祭と称されているらしい。
命を繋ぐ、大事な祭だと。
その祭を行う村を、やっと見つけた。
彼らは私に警戒心を抱いている。
当然だ。
だが祭までは一年近くある。
焦らずに行こう。
幸いにも森には食料も豊富だ。
野生の獣にさえ気を付ければ、私でも死ぬことはないだろう。
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「くそっ、村に入れてくれればいいのに」
俺は村の傍に簡易テントを立て、焚火の準備をしていた。
もうすぐ陽が暮れる。
体感温度もどんどんと下がり、今では吐く息も真っ白だった。
何とか火を起こし、チラと村の方に目を向ける。
数人の村人たちが俺を見つめ、何かを話しているようだった。
俺が男だから警戒しているのか?
俺は心配ないとでも言うように、彼らに向かって手を振った。
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20XX/03/25
一週間ほどの野宿生活を終え、ようやく村へ入れてもらうことが出来た。
彼らの言語は、この近辺で使われる言語と似ているものの、時折、聞いた事のない物が混じる。
まずは言葉を覚えるところからだろう。
この村では20代くらいの若者が、子供へ言葉や常識を教えるらしい。
私もそこへ混ぜてもらうことにした。
村人たちは森を神として崇めている。
森の恵みに感謝し、その日その日に必要な分だけの食糧を取ってくるようだ。
鹿肉が多いが、鳥肉と豚肉もあった。
スパイス代わりだろうか、刻んだ葉っぱと一緒に炒めている。
薄味だが、不味くはなかった。
これならここでの生活も、楽しいものになりそうだ。
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「いや、いらん。俺は自分で勝手に食うよ」
村に入れるようになってから数日が経った。
俺は差し出される料理を受け取らず、礼だけすると炊事場を通り過ぎる。
女たちは、交代で料理をし、編み物をし、子育てをした。
男たちは、交代で狩りをし、洗濯をし、老人の面倒を見た。
男も女も関係なくすることといえば、石棺を作ることだった。
祭の準備なのだと言う。
村で最も年老いた男女二人が、皆の石棺作りの指導をしていた。
「俺も作れる?」
冗談めいて質問すれば、不敬だと
「外の者は皆そうだ、我らの神は寛大だが、限度というものがある」
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20XX/07/28
だいぶこの村にも慣れてきた。
一緒に子供の面倒を見ることもある。
子供が疑問に思うことは、大抵私が初期の頃に疑問に思ったことだったから、村の者たちよりも上手く説明することが出来る。
私の話す言葉も、大人たちが話す言葉より分かりやすいと評判だった。
(難しい単語が独自の物で、私が話せないということなのだが)
村での生活は、本当に楽しい。
精神が解放されていくようだ。
森の澄んだ空気のせいだろうか?
都会にいるより過ごしやすい気がする。
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「そりゃ、都会に比べたら空気も美味いわなぁ。ここには排気ガスも、スモッグも、ないんだから」
俺は大きく伸びをして、村人たちの観察に戻った。
俺の仕事は文化を保存すること。
手記を付けるのもその為だ。
手記は人の目に触れる事もあるから、なるべく丁寧な言葉で、丁寧な字で書くよう指示される。
俺の字は、お世辞にも上手いとは言えない。
何度も笑われた事か。
村の言い伝えによれば、四年に一度、輪廻の刻が巡ってくると。
その輪廻の輪から外れぬよう、石棺を作り、そこに身を横たえるのだと。
もしも石棺の蓋に隙間があれば、その隙間から死神が入り込み、魂を持ち去ってしまう。
だから自分の身体にピッタリの石棺を作るのだ。
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20XX/10/03
死神の足音が聞こえてくるようだ。
私は石棺を作れない。
私はこの村の民ではないのだから、私の神はイエス・キリストなのだから、輪廻の輪とは関係がない筈なのに。
最近どうにも気が落ち着かない。
調査を止めて帰ってしまいたい気持ちに駆られる。
そうはいかない。
祭をこの目で見なくては。
この成果を提出し、長期休暇を取るのだ。
そういえば、子供たちが教えてくれた。
石棺作りが下手な子の為に、死神を退ける聖水があるのだと。
祭の最中に完成する聖水を頭からかぶる事で、石棺に隙間があったとしても死神が近寄れないようになるのだと。
確かに、子供たちの作っている石棺はあまり出来が良くないように見えた。
下手な石棺でも大丈夫なように、対応策も練られているようだ。
上手く出来ている。
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祭の夜が来た。
俺は少し離れたところから、祭を眺めている。
石棺が規則的に並べられ、その隣にその石棺の持ち主が立つ。
村人たちの視線の先には巨大な焚火。
その前に、石棺作りを指導していた男女が立って、呪文を唱えている。
《神は我らに恵みを齎した》
《神は我らに知恵を齎した》
《我らの命は幾重にも渡り清められ》
《今ここに完結せん》
彼らは黒曜石のナイフで、自らの喉を切った。
吹き出す血を浴びようと、子供たちが万歳するように両手を挙げて駆け出してくる。
死んだ彼らの次に年老いた男女が死体を持ち上げ、更にもう一組の老いた男女が胸を裂き、腹を裂いた。
子供たちは唸り声を上げながらその血を浴びた。
俺に懐いていた子供が一人、俺に向かって血を撒いた。
俺はその子にほんの少しだけ、微笑んだ。
俺以外の全員が呪文を唱えながら石棺に入り、自ら蓋を閉めた。
遠くから、地鳴りがする。
山の向こうの暗がりが、更に黒く、染まって。
そこには無数の、種があった。
四年に一度だけ受粉したセイヨウカムソウの種が、風に乗り、この村を直撃するのである。
俺はその種に、拡散する無数の種に、包まれた。
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20XX/03/01
息が苦しい。
私は死神に囚われた。
聖水も浴びたが無意味だった。
やはり村人ではないからか。
嫌だ、死にたくない、私は
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「バカだなぁ、ただのアレルギー反応だろ。死ぬほどのもんじゃなかったんだぜ」
俺は、村人たちの入った石棺を、テープで巻き止めた。
水を吸わせると硬化を始めるテープで、最初の頃に巻いた物はもう完全に固まっている。
これは、調査でもなんでもない。
ただの、復讐だった。
村の薬草に精神をやられ、祭を信じ、アレルギー反応を死神と思い込んで崖から飛び降り死んだ彼女の。
最高の祭を見付けたのだとはしゃいでいた彼女は、痩せこけた死体となって帰ってきた。
俺は彼女の左手の薬指に指輪を嵌め、埋葬した。
「まぁ、石棺の中から見付かるよりは、マシだったかな」
俺は最後の石棺の蓋を固定し、大きく息を吐いて、吸い込んだ。
暴風の過ぎ去った後の空気は、格段に美味かった。
悲しいほどに、美味かった。
【了】
ある文化保存官の手記と、森の祭 南雲 皋 @nagumo-satsuki
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