エピローグ

エピローグ

 あの騒動から一週間後。奇病の感染は終息しつつあった。リアナの奮闘の甲斐あって奇病に対する特効薬は無事完成し、感染者全員に行き渡り治療することができた。その過程で連日採取やら調合やらと錬金工房はてんてこ舞いではあったが、そのおかげで街が救われたと考えれば安いものだろう。

 それからまた数日経った日の午後。昼下がりの日差しが差し込む錬金工房でリアナはひとりで、ある人物の帰りを待っていた。

「レオルスさんの処分、どうなるんだろう……?」

 リアナは不安げな眼差しで錬金工房の扉を見つめていた。

 奇病の撲滅が目下の課題だったため、レオルスが不可抗力とはいえ、リアナを助けるために行った数々の違反行為に対する処分は今日まで保留されていた。それが本日、伝えられるということでレオルスは王都まで出向いていた。

 自分を助けるためだったこともあって、処分の内容に関しては本人以上に気になっており、今朝から気が気ではなかった。どうかできるだけ軽いものであってくれと祈るばかりの時間が過ぎていく。

「ただいま」

 それからしばらくして、カランカランと錬金工房の扉が開いてレオルスが帰ってきた。

「レオルスさんっ!」

 待ちきれなかったというようにリアナは勢いよく立ち上がりレオルスに駆け寄った。

「その、処分についてはどうなったんですか!」

 ただいまに対する返事すら忘れてリアナは訊く。

「とりあえず落ち着け。そんなに慌てなくても結果は変わらないから」

 もっともなことを言われてリアナは肩の力を抜く。それからふたりは向かい合う形で椅子に腰をかける。

「まず結論として、仕方がなかったとはいえ俺が行った違反行為については看過できない――それが魔法騎士団の判断だ。それを踏まえたうえで今日言われた処分をリアナに伝える」

 リアナは息を呑んだ。やはり違反行為は見逃してもらえなかったようだ。普通に考えれば当然だ。身内に甘い組織ではいずれまた同じ過ちを犯してしまうことだろう。

 不意にレオルスが立ち上がり目の前まで来て、リアナはいよいよ身体を強張らせる。いったいどんな厳しい処分を下されたのか。

「――本日付けで、リアナ・フレイゼルの護衛をすることになりました、レオルス・ハーバントです」

「……へっ?」

 レオルスの口から飛び出した思ってもみなかった言葉にリアナは目を丸くする。いったいどんな処分が下されたのかと冷や冷やしていたのに、護衛とはいったいどういうことか。

「あの……、違反行為の処分の話をしていたんじゃないんですか?」

「今のが違反行為に対する処分だよ」

「……つまり?」

 いまいち状況を飲み込めていないリアナを見て、レオルスは分かりやすく説明する。

「連日のリアナの活躍ぶりを見て、王都の魔法騎士団も錬金術に興味を持ったみたいでさ。それでリアナの護衛を務めることと錬金術についての知見を深めることを命令されたんだ」

 まあ俺も言われたときはびっくりしたけどね、とレオルスは付け加えた。実際、レオルスも魔法騎士を首になることくらいは覚悟していた。それがこの意外な結果を聞いた直後は少々驚いた。詳しい経緯は教えてもらっていないが、向こうとしてもそれなりに事情を汲んでくれたのだろう。

「それじゃあ……」

「ああ、これからも一緒にいられる」

 互いに見つめ合って、その事実を噛み締める。

 今度は正真正銘、なにも偽ることなく、ありのままの自分でリアナと向き合うことができる。もう負い目を感じる必要もない。それがレオルスにとってなによりも嬉しかった。

「とはいっても、こっちも仕事だからな。結果はそれなりに出さないといけない。というわけで、今から材料の採取に行くぞ」

「えー。もうちょっと嬉しさの余韻に浸らしてくださいよー」

 薄らと嬉し涙を浮かべるリアナから可愛らしい抗議の声が飛んでくる。

「そうは言っても依頼だって溜まっているんじゃないか? ここ最近は奇病の件にかかりっきりだったし」

 図星を指されたようで、リアナはうっ、と分かりやすい声を上げる。

「まあ、無理をするつもりはないし、ゆっくり行こう。先に外で待ってるよ」

 そう言ってレオルスは扉を潜って外に出ていく。

「なんか妙に張り切ってるなー、レオルスさん。ふふっ」

 リアナは最初に材料の採取へ赴いたことを思い出していた。もう一度こんなふうにふたりで採取に行けると思うと、日常に帰ってこられたんだと実感する。

 そんなことを思いつつ、リアナは出かけるための準備を始める。しばらくして、荷物の準備を整えたあと、彼女は写真の前に立つ。傍らからずっとリアナを見守ってきた母親の写真だ。

 その写真の前で佇まいを正して、リアナは告げる。

「お母さん。私、お母さんの言っていた『絆』がやっと見つかったような気がする。私はこれを一生大事にする。どんなことがあって絶対に離さない。みんなと一緒に立派な錬金術師になる。だから――私がいつかお母さんのようになるまでずっと見守っていてね」

 写真の前でリアナは手を合わせる。やっと見つけた絆はきっとこれから先、どんなに辛いことがあってもきっと力になってくれるだろう。その絆を繋いで母親もこの錬金工房をずっと守ってきたのだ。だから、きっと自分にもできる。

 扉の向こうで彼の呼ぶ声がする。リアナは、はーいと返事をして、

「じゃあお母さん、行ってくるね」

 踵を返してリアナは扉に向かっていく。その間際、写真の中の母親が微笑んだ気がして、リアナも微笑み返す。

 扉を開けると、準備万端というようにレオルスが立っていた。

「それじゃ今日はどこへ採取に行きます?」

「久しぶりだからなぁ。リアナの行きたいところで」

「なんですかそれ。遊びに行くんじゃないんですよ」

 そんなやり取りをしながら、ふたりは歩き出す。

 ふたりの歩く道の先を降り注ぐ日差しが照らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法騎士と錬金術師 moai @moai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ