山猫娘とおちゃらけ軍人
新巻へもん
痛ってえ。でも、ちょっと癖になりそうだぜ
キャズが
「ほんじゃ。しばらく世話んなる。よろしく」
へらへらと笑いながら手を差し出してきた。儀礼上やむを得ずキャズが手を差し出すとぎゅっと握って上下に振る。
「いやあ。こんなド田舎とはいえ、統治官があんたみたいな若いお嬢ちゃんとはね。しかも別嬪さんときた。こりゃいいや」
若いお嬢ちゃんで悪かったな。キャスは心の中で毒づきながら相手を睨みつける。
「おっと。何か気に障ることを言っっちまったかい。わりいな礼儀作法ってもんを習う暇がなかったんでね」
レブンは形だけ頭を下げて詫びを言う。
「それじゃ、お近づきのしるしに今夜一杯どうだい?」
「申し訳ないが政務が溜まっているので、これで失礼する」
今まで駐留していた正規軍の礼儀正しさを思い出し、キャズは腸が煮えかえる思いで踵を返した。
惑星ハーンは表面の95%を水面が覆っている水の惑星だ。陸地は高い堤防で海と隔てられている。一応の耕作面積はあり自給自足はできるが、特に重要な鉱物資源が取れるわけではない。裏で特産品は水と揶揄されていることぐらいはキャズも知っている。衛星軌道まで伸びる軌道エレベータでつながる宇宙港では寄港する宇宙船に水と食料、そして娯楽を提供する。
惑星の首府であるハーン・シティには人口2万人を数えた。ほとんどが第3次産業の従事者で、なかには際どい衣装を着て接客する商売をしている店もある。学校を出たてのキャズが仮にも惑星の統治官という要職にあるのは、家名の為せる業だということぐらいは知っていた。
惑星の統治官の職にある者は様々な恩恵が受けられる。無事勤めあげれば中央政府の評議会議員の席が約束されているし、一般人にはない権限もある。実際には行使されることは滅多にないものの貴族の告発をすることも可能だった。
レブンが着任して真面目とはいえないが一応は治安維持の任務をこなし始めて2カ月後、首都から連絡が届く。受信者のみ閲覧可とされたメッセージはキャズを驚愕させるのに十分だった。数日後に悪名高いナザールの宙賊が惑星ハーンを襲撃する。急ぎ高速艇で脱出せよ、との叔父からの緊急通信だった。
私室で相対するホログラフの叔父の顔は厳しい。ハーンに駐留する駆逐艦とミサイル掃宙艦10隻では太刀打ちできない。私有する高速艇を守備隊に護衛させて後方に逃げろとの指示だった。キャズは激高する。
「住民はどうするの?」
「見捨てろ。2万人を避難させるだけの足が無い以上やむを得ない」
「私には統治官としての責任がある。ちょうど入港した輸送船を使えば……」
「相手は巡甲艦なみの速度を持つんだぞ。逃げ切れるわけがない」
「今から準備をすれば間に合うかもしれない」
「ナザールの宙賊の過酷さは聞いたことがあるだろう? 人としての尊厳を踏みにじられボロのようにされて死にたいのか?」
キャズは通信を切った。奥歯を噛みしめる。もし、自分だけ逃げたとしても私のキャリアは終わりだ。元々私が職に就くのをあまりいい顔をしなかった叔父としてはそれで構わないのだろう。キャズは逡巡せず統治府の執務室へ赴きレブンを呼び出した。事は軍務の範囲だ。悔しいがレブンの知識と経験が必要だった。
呼び出されたレブンは酒臭い息を吐いた。服からは微かな甘い匂いも漂ってくる。どこにいたのかは明白だった。非難がましい表情になりそうになるのを抑えてキャズはレブンに状況を説明する。返事ははかばしくなかった。
「私も高速艇で逃げるのに1票ですな」
「なんだと?!」
「いえ。何もその若い身空であんな連中の玩具になる必要はないでしょう?」
「しかし、私には責任がある」
「とは言いましてもねえ。その辺の宙賊相手ならここの戦力でもなんとかなります。しかし、相手はナザールっすよね。うちの艦艇が束になって5隻仕留められるかどうかってのが20隻はいるんすよ。勝てっこありませんや」
そこで何かを思いついたように顎に手を当てブツクサいい始める。
「しかし、なんで、こんな宙域にナザールが出没するんだ? 元々の奴らの根城からは遠いし、資源が豊かなわけでもない。正規軍が警備していればやつらの被害も小さくないが……」
「それをなんとかするのが貴官のしごとだろう!」
「まあまあ。地球の重力圏に縛られて地表で剣を振り回してきた昔から、戦いには5つの要素があります。こっちが有利なら攻撃するし、不利なら守る。それも無理なら逃げるしかありません。一応私もプロなんでね。その私が逃げるしか無いって言ってるんです」
「残りの2つは?」
期待を込めたキャズの問いをレブンは打ち砕いた。
「降伏するか、玉砕するかですね。まあ、あんたが上官だ。戦えと言われれば戦いますが、無駄死にはしたくないですなあ」
「入港しているグルス級輸送船なら詰め込めば2万人運べるだろう?」
「この星系を出る前に追いつかれるでしょうね」
黙りこくった私を見てレブンは気の毒そうな顔をする。
「別にあんたが悪いわけじゃない。誰だって自分の身は可愛いんだ。意地を張らずに逃げましょうや。誰もあんたを責められやしませんよ」
「この星の人々はどうなる?」
レブンは肩をすくめる。
「必死に命乞いをすれば命だけは助けてもらえるかもしません。自ら全財産と体を差し出せばね。あんたの高速艇は100人は乗れるでしょう。大切な人を選んで……」
「そんなことをできるわけがないだろう!」
「じゃあ、どうします? あんたが一人で3000人の相手でもしますか」
キャズはレブンのとぼけた顔を睨みつける。
レブンはため息をついた。
「あんたみたいな別嬪さんはあのクソ野郎どもにゃもったいねえ。だったら減るもんじゃねえし、俺と先に……」
力いっぱい頬を張る。ガクンと首が曲がったレブンは笑った。
「こいつはとんだご褒美だ。いいでしょう。それじゃいっちょやってみますか」
***
漆黒の闇を背景にずんぐりとしたグルス級輸送船が最大速度で飛んでいた。牽引索で流線型の駆逐艦とミサイル掃宙艦が曳航している。その後方から宙賊の戦闘艦が縦列をなして追っていた。まるでクジラに群がるシャチの群れのように戦闘艦が近づいていく。護衛の艦艇は最初の砲撃が始まると同時に牽引索を外すとスピードを上げて逃走を始めていた。
「ははは。賢い奴らだぜ。俺達に敵わないことはわかってやがる」
宙賊の旗艦で筋骨たくましい男がゲラゲラ笑い声をあげた。
「おめえ達にも3人ずつ分けてやる。煮るなり焼くなりすきにしな。なんてったって2万人だ。俺一人じゃ一生かかっても相手しきれねえ」
モニターに映し出される宙賊の戦闘艦を見ながらキャズはゴクリと喉を鳴らした。戦闘艦が輸送船に追いつきそうになる瞬間にそれは起こる。グルス級輸送船を構成する4つの大きな船倉の扉が爆発したようにはじけ飛び、宇宙空間に輝く宝石がまき散らされた。
宙賊の戦闘艇はその数倍の大きさの巨大な氷の塊に次々とぶつかると爆発四散していく。なんとか難を逃れた3隻を出迎えたのはミサイルとビームの嵐だった。ハーン駐留の艦艇が大きく弧を描きながら左右から突っ込んできて乱射をする。先手を取られた上に数の上でも3対1で劣勢の宙賊は一方的に掃滅されて仲間の後を追った。
ハーンの地下壕で固唾を飲んでいたキャズや住民達は歓声をあげる。キャズは握りしめていた堤防の爆破装置から手を離した。作戦が失敗した時は皆と共に死ぬつもりだった。レブンが自分の艦に同乗するように言ったのをそれだけは頑固として拒否したのだ。
宇宙港に寄港したレブン達を住民は歓呼で迎える。若い女性達にまとわりつかれながら、出迎えたキャズにおどけた敬礼をする。
「な。これは俺が悪いんじゃないぜ。勝手にこいつらがまとわりついて。おい、どこに手を入れてんだよ。やめろって」
キャズは苦笑する。
「せっかくの役得だ。せいぜい堪能するんだな。私は仕事が残っているので失礼するよ」
女たちを振りほどいて歩み寄ってきたレブンはキャズの肩に手を回す。
「それこそ、せっかく九死に一生を得たんだ。今日ぐらいは羽目をはずしたっていいだろう?」
レブンの手を捻り上げながらキャズは冷たく言った。
「そう気安く触らないでもらえるかしら?」
手首をさすりながらレブンは性懲りもなくキャズにウインクする。
「いい男の前だからって照れるなよ」
キャズが握りこぶしを固めるのを見てレブンは慌てて言葉を継ぐ。
「分かった。分かった。お触りは無し。ただ、お祝いだ。乾杯ぐらいはさせてくれよ」
部下が手回しよくシャンパングラスを二人に手渡した。
「我らが勇気ある統治官どのに乾杯」
周囲が唱和しグラスが高く掲げられる。キャズの周囲に多くの人が列をなして賞揚した。次々と酒の栓が抜かれ、気分は盛り上がっていく。結局、その日はキャズも乱痴気騒ぎから逃れることができなかった。
***
近隣の星系から援軍が駆けつけてきたのを見届けるとキャズは高速艇を駆って首都に戻る。その足で叔父の住まいを訪ねると言い放った。
「ジャスパー・ビートラン。宙賊と共謀して惑星ハーンを劫略せんとした罪であなたを告発する」
「キャズ。これは何のまねだ。親切で情報を伝えたというのに」
「生き残った宙賊が全部吐きましたよ。私があなたの指示に従っても拒否しても私を排除して父の遺産を我がものに……」
「くそっ」
ジャスパーが取り出したブラスターをレブンの銃が弾き飛ばす。
「おいおい。うちの大事なハニーになにをするんだい?」
「人前だぞ。その呼び方はやめろ」
「いいじゃないか。な?」
バチン。景気のいい音が部屋に響くのだった。
山猫娘とおちゃらけ軍人 新巻へもん @shakesama
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