たねゆうびん

水涸 木犀

たねゆうびん

 川辺の公園、ある晴れた日の午後。みちばたに生えたたんぽぽから、白い綿毛が飛び立ちました。ほんの少しの風を受け止め、ふわり、ふわりとが舞いあがります。一瞬、強い風がふくと、ものすごい勢いで飛び立っていきました。みんな、どこにいくのでしょう。


   ・・・


 一匹のアリが、巣の近くで種を見つけました。

「最近、よく種を見つけるなあ」

 アリは種をくわえて、巣へと運び戻ります。石ころを越えて、芝を渡り、巣の入口まで辿り着きました。

「さて、中へと運ぼう」

 しかし白い綿毛が引っかかり、巣の中まで持ち込めません。じたばたしているさまは、外から見ると毛だけがゆらゆら、尻尾を振っているように見えます。

「それじゃあ中まで運べないよ。一旦出てきなさい。ほら」

そういって、親切な先輩アリが綿毛をちょきんと、切ってくれました。

「ありがとうございます」

 お礼を言って、アリは巣の中まで種を運んでいきます。

「今年も白いふわふわ、切り忘れて運んでくる新人がたくさん出てくるな」

「そうですね。このへんにはたくさん落ちてきますから。しっかり教えてあげないと。これも大切な、仕事のうちです」

 巣の入口では、先輩アリたちがそんな言葉を交わしています。

 今年も立派な働きアリたちが、たくさん活躍するようです。


   ・・・


 木々の間で、スズメたちがえさを探して土の上をつついています。その中でも、一匹のスズメが真剣なまなざして地面を見渡しています。

「食べ物と、何か小枝。それにやわらかいもの。早く準備しなくっちゃ」

 スズメはもうすぐ、こどもが生まれる予定です。こどもたちを守るため、居心地のいい巣をつくらなければなりません。

 くちばしの上に、小さな固いものが触れました。

「あ! これは使えそう!」

 長さがあり、先っぽはふわふわなたんぽぽの種。これなら巣の予定地まで運ぶことができそうです。スズメは近くに何個か落ちていたそれを、素早く丁寧にくわえました。巣の内側をふかふかにするのに、役に立つかもしれません。

「居心地がよくなるといいなぁ」

 まだ完成していない、こどもたちのすみかを思い描き、スズメは軽々と飛んでいきました。


   ・・・


 大きなゴールデンレトリーバーが、飼い主の人間と散歩しています。お日さまのひかりでぽかぽかして気持ちがいい日です。でも、さっきから何だか鼻がむずむずします。首をぶんぶん横に振っていると、飼い主さんが気がつきました。

「どうしたんだろう?」

「あ、たんぽぽ! たんぽぽが鼻についてる!」

 リードを持った飼い主さんと一緒に歩いていた男の子が、ゴールデンレトリーバーの前に回って声をあげました。

「白いふわふわが鼻にかかってくすぐったいんだ。ちょっと止まって!」

 男の子は目をじっと見つめました。

「じっとしてて。鼻のやつ取ってあげるから。……ほら」

 小さいけれど手先が器用な男の子は、あっという間に綿毛を取ってあげました。鼻のむずむずがおさまり、ご機嫌なしるしにしっぽをふわっとふりました。


「よかったね。もうたんぽぽが咲く季節なんだ」

 飼い主さんはふかふかの背中をなでて、辺りを見渡します。男の子はどんどん先に進んでいき、大きな声をあげました。

「あ、たんぽぽがある!」

 道端に咲いていた、真っ白でふわふわなたんぽぽを見つけたようです。男の子はすぐに手に取り、ふーっと息を吹きかけました。白いふわふわが、青空の中一気に広がっていきます。

「また、鼻についちゃったらどうするの」

「そしたら、ぼくが取ってあげるよ。ね」

 少し遅れて男の子に追いついた一人と一匹は、種のゆくえを見つめていました。

「きっといろんなところへ行って、いろんなところに春を届けるんだね」

 ゴールデンレトリーバーはワン、とほえてしっぽをふわっと振りました。まるで、たんぽぽの春の届け先を、知っているかのようでした。

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