37.束の間の日常?
授業も終わり、学園から帰宅する時間になっても捻った首は痛いままだった。
身体を動かすような授業が無かったのは幸いだったが、歩くだけでもやや痛い。こういう時に魔法でもあれば、パッと治せるんだろうななんて考えてみる。
「魔法ねえ……」
呆れたような顔でリリシェラが俺を見る。
何? 俺……心の声漏れてた?
「いくら元の世界と違うって言ったって、厨二病みたいな妄想してないでよ」
「べ……別に魔法が使えたらくらいの事を考えるくらいいいだろ?」
俺達は使えないが、そういうのが有るらしいとは聞いている。前世で言うオカルトのようなもので、実在するかどうかは定かではないらしい。
「まあ、お兄ちゃん剣や魔法でモンスターと戦うとか、そういうゲーム好きだったもんね……」
何か上から生暖かい目で見るような笑顔を向けられ、ムカついた。少しくらいは言い返してやらないといけないな、と思い立ち……。
「そういうお前だって、隠れて俺のゲームやってただろ?」
「んなっ……!」
何で知っているのか、という顔で慌てるリリシェラ。
「そ……そんなこと、するわけないじゃない?」
挙動不審に俺から顔を背けた。
俺が居ない間とか、寝ている間に持ち出して、後でこっそり戻していたことくらいは気付いている。むしろ今までバレてないと思っていたのか。
「それよりも……あ!」
リリシェラが何かを言いかけてから、俺の背後を指さした。
「誤魔化そうとしても無駄……」
「……兄様っ!」
「ぐえぇぇ……!」
ドスっという音とともに、背中に衝撃が走った。
腰が逆方向に曲がり、痛めた首にも激しい振動が伝わった。
どうやらミューリナと下校時間が一緒だったようで、俺たちを見つけた彼女は嬉しさのあまり、全速力で走ってきて俺に抱き付い……いや、飛びついたのだった。
彼女は俺を殺す気なのだろうか……。
「兄様、どうかしたのですか?」
ミューリナは背中に抱き付いたまま、うずくまる俺に罪の無い笑顔で問いかける。
「今の衝撃で……俺、首がもげて死ぬかと思った……」
「ん……?」
理解できていない様子のミューリナの横で、リリシェラは苦笑いを浮かべている。
「私に抱き付かれた嬉しさで死ぬのですか?」
「そんなんで死ぬか!」
「嬉しいは否定しないんですね?」
ミューリナは俺の肩に顎を乗せて、わざと頬をくっつける。
微妙な胸の感触がジャストに背中に感じられて、ちょっとだけイケナイ気持ちになりかけたが、首の痛みがそれを掻き消した。それに俺、ロリコンじゃないしな、多分。
ミューリナがブラコンだというのは良く分かるが、どうにもこの子の方向性がよく分からない。今は学園で一緒に居られない分、リリシェラへの対抗心でも燃やしているのだろうか。
ミューリナは不思議そうに周囲を見回すと、首を傾げた。
「……ところで、今日はメス猫は居ないようですね?」
「ああ、彼女なら先に帰った……みたいだ……よっ!」
リリシェラはミューリナの襟首を捕まえて、俺から無理やり引きはがそうとしながら答える。
「ふむ。メス猫め、ようやく諦めましたか?」
「何か、エミララに言われた事で何か思うところが有ったのかな……って、いい加減に……離れなさいよっ!」
「嫌ですっ! 兄と妹のスキンシップの邪魔をしないでください!」
必死に抵抗するミューリナ。背中から回した腕に力が入る。抵抗する度に首に振動が伝わるので、正直つらい。
「……いや、首も痛いし、恥ずかしいから離れてくれないか?」
「え~……」
俺に言われて、渋々ミューリナは離れた。いや、本当に渋々だった。
やっと体が自由になったところで、腰と首の痛みに耐えながら俺は立ち上がった。
「そういやさ……。オリエルはあの時、何て言ってたんだ? ……っと!」
ちょっとふらついたところで、リリシェラが支えるように腕を伸ばしてくれた。
「私もよく聞き取れなかったんだけど……『ナントカでもいい男なんて居なかった……』って言ってたと思う」
「なんだ、ナントカって?」
「そこ、聞き取れなかったんだよね……」
肩を貸すように寄り添ったリリシェラの良い香りが、鼻をくすぐる。
一瞬だけ、思い切り抱きしめたいような衝動に駆られたが、理性がそれを押しとどめた。
「何にせよ、少しは彼女も大人しくなってくれるといいんだが」
「そうだね。まあ、彼女の今までの感じからすると、すぐに元に戻るような気がするけどね……」
苦笑いをするリリシェラの髪が河原を抜ける風に弄ばれて、俺の目の前で踊ように揺れた。
「リリシェラ姉様、離れてください!」
リリシェラの腕を掴んでミューリナが引っ張る。河原の光景と二人のやりとりを見て、ふと思い出した。
「ああ、昔も……前世でもこんな光景あったっけ」
理紗と美里菜、幼い頃に二人は俺の周りではしゃいでいた。その思い出と今の姿を重ね合わせ、生まれ変わっても不思議な縁で繋がっていた運命に感謝する。
もしかしたら。エミララの前世も俺に関係のある人物なのか?
ふと浮かんだ疑問を掻き消すように俺は首を振った。
転生したら可愛い幼馴染の中身が一緒に死んだ妹だったんだが、俺はどうしたらいい? 草沢一臨 @i_kusazawa
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