36.エミララの笑みとオリエルの押し

 最近の日課というか何というか……。

 休み時間、ここぞとばかりにオリエルが寄ってきた。


「兄さん、兄さん……」

「何で俺に寄ってくるんだ? 兄だと思っているなら別に無理やり仲良くする必要ないだろ? 他にいい男でも探した方が後々役に立つと思うんだが……」


 俺が尋ねると、オリエルは不思議そうな顔をして首を傾げた。

「なんで? 格好いい兄さんが居たら自慢できるでしょ? もし兄さんでは無かったとしたら、それこそ大成功! って感じじゃない?」

「あのなあ……」

 何が大成功なんだかよく分からんが……。


 こんな話をしていると、自席に座っているリリシェラの意識がこっちの会話に向いている事がなんとなく分かる。多分、しっかりと聞き耳立ててるんじゃないだろうか。


「もしかして、兄さんには彼女が居るの? 例えば……リリシェラちゃんとか? ねえ、リリシェラちゃん」

「……な! ちが……」

 いきなり話を振られて動揺したのか、リリシェラは真っ赤になって口ごもった。


「なら問題ないでしょ?」

「と……言い……けど、……実は……ごにょごにょ……」

 うん、何か言いたそうだが、残念ながらもうオリエルは聞いてないぞ。


「それでね、兄さん」

 あっさりと話を切り替えてくるあたり、どういう思考回路をしているのだろうか。すぐに切り上げるような冗談半分の話に付き合わされたリリシェラが不憫に思えてくる。


「今度、うちに来てほしいんだけど……」

「ぁん?」

 あまりに予想外な言葉。リリシェラに向けていた視線を慌ててオリエルへ向けようと首をひねった瞬間、ゴキッという嫌な音がした。


「いってぇ……!」

 俺は激痛に首を押さえて机に突っ伏した。


「なに? すごい音したけど……」

 やはり会話を聞いていたのだろうか、リリシェラが慌てて駆け寄ってきた。


「いや、首……ひねっただけだ……多分……大丈夫……だと思う」

「……ほんとに?」

 首を抑えつつ動けないでいると、心配そうにリリシェラが俺の覗き込んできた。

「んぇっ!」

 息のかかるような位置まで彼女の顔が近付き、俺は気恥ずかしさのあまり慌てて無理やり体を起こした。俺自身が彼女を意識しているのは分かっていたが、この瞬間に改めて猛烈に自覚させられた。


「ん、大丈夫……そうだね?」

 俺の心を知ってか知らずか、リリシェラは首を傾げながら微笑んだ。


 その直後、別の場所から声が飛んで来た。

「なぁにぃ? 家で親に彼氏を紹介するのぉ?」

 分かっているくせに、わざとらしくエミララが絡んできた。


「……彼氏……?」

 彼女の言葉に反応した男女数名がこちらに視線を送る。


「おい……。周囲に誤解を招くような事を大きな声で言うのは止めてくれ……」

 苦笑いで返すと、エミララは悪戯っぽく笑った。

「そうねぇ。ユーキアの彼女はリリシェラちゃんだもんねぇ」

 してやったりの笑顔を向けるエミララ。そして会話を聞いていた男共の視線が刺さりまくって強烈に痛い。


「エミララ、それはちょっと……」

 言い淀むリリシェラ。


 ここは否定するなら否定しておいてくれ。俺が今すぐ周囲の男共に殺されかねない。いや、首が痛くてほぼ動けない今、何か手を出されたら真面目に抵抗できないんだが。


二人の反応を見ていたオリエルだったが、リリシェラが黙ったところで視線を俺に戻した。

「いや、だから彼氏とかじゃなくて、お母さんにこの人が兄さんです、って紹介を……」

「無理っ! ……いでっ!」

 被せ気味に拒否したのだが、その瞬間に首に激痛が走り俺は再び机に伏した。


 親父が関与している可能性もある訳だし、彼女の家庭環境については思うところが無い訳でもない。とはいえ、それところとは別だ。

 確定したかのように兄だと紹介されれば、この後でどんな災難が降りかかって来るか分かったものじゃない。下手をすれば、別の女に産ませた子という事で恨まれたり殺されたりしかねない。

 あっけらかんと「兄さん」なんて呼んでいるオリエルと同じように考えてはいけない。

 彼女のサバサバしている性格と、この押しの強さは我が親父には無いもの。もし半妹だったとしたら、彼女の母親の気質だろう。とすれば、やはり母親に会うのは非常に危険な気がするが。


「……どうすんの?」

 動けない俺の耳元でリリシェラがささやいた。

 絶対に嫌だ、と視線を送るとリリシェラは理解したというように黙ってうなずいた。アイコンタクトが通じるあたりはさすがは元妹。


「それは真偽がハッキリしてからでいいと思うよ。違ってたらあとが面倒だし。オリエルももう少し冷静に……、ね」

 リリシェラはオリエルを諭すように言った。

「そうそう変に男絡みで騒ぐと、金持ちの美形とか条件のいい男が居ても逃げていっちゃうわよ」

 即座にそれに乗っかるエミララ。敵なのか味方なのか、彼女は本当に掴めない存在だと感じる。そもそも口にしている内容が十代前半のそれではない。

「ぐぅ……」

 二人の言葉に言い返す事もできずにオリエルは黙り込んだ。


「……だっ……いい……」

 僅かな間の後、彼女は何かをぼそりとつぶやいた。

 俺は聞き取れなかったが、近くに居たリリシェラには何か聞こえていたようで、怪訝な表情でオリエルを見詰めていた。

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