保護性外来種メシア
小高まあな
第1話
見る角度で色を変えるバラのような花。ガラスのように光を通し、地面に虹色の影を落とす。
美しいその花は、地球にやってきた異星人によってもたらされた。
クヴァラー星人が、実は今から三百年前には地球にきていたと知らされたときは驚いた。そんな前からいるのに、そんなものを見たことがなかったからだ。
各国の政府がその存在を秘匿していたというのもあるが、それ以前に彼らがあまり活動していなかったというのもある。彼らは地球時間換算で、一日起きると、四年眠るというスパンで生きているらしい。四年も寝ているのならば、我々が目撃することは早々ないだろう。
地球全体で彼らを受け入れるという表明を出されたのが、今から二十年前。理論上、五日間は起きているはずだが、私は実物のクヴァラー星人を見たことがない。彼らは基本的に決まった場所で暮しているらしいから、仕方ないけど。ネットで写真を見たぐらいだ。
でも、彼らがもたらしたものは知っている。
この庭にいつの間にか生えていた、花。これは嫌というほど目にしている。
クヴァラー星人はいくつかの技術を地球にもたらした。それらはすべて、地球温暖化とか、環境破壊とか、そういうのをどうにかするためのものらしい。詳しいことは知らないけど。
このガラスや水晶でできたようなバラは、大気中の有害物質を吸い込んだり、酸素の放出量が他の花よりも圧倒的に多かったりするらしい。よくは知らないけど。
クヴァラー星人は、固有名詞をつける文化がない。だから、この花にも名前がなかった。地球人は、このバラにメシアという名前をつけた。地球を救ってくれる救世主。実際に、地球温暖化には歯止めがかかり、PM2.5とかも減ったらしい。難しいことはわからないけど。
そんなんだからこの花は、保護性外来種とやらに指定されている。外来種だけど駆除をせず、増やしていこうというもの。
でも、増やそうというこちらの意思がなくとも、メシアは勝手に増えていく。
最初は、各国政府管轄の施設だけで育てられていた。それが、今では個人の庭や、それこそ道端にだって咲いている。
メシアは繁殖力が高い。花が枯れ、花と同じ大きさの袋状のものをつける。それが弾けると、多数の種が現れる。それは軽く、簡単に風にのり、遠くへ、遠くへ、飛んでいく。既存の植物だとホウセンカとタンポポに近いと思う。
花と同じで、ガラス製のような種はキラキラと光を浴びながら飛んでいく。その光景は、とても美しいと評価されている。毎年、三月一日には、この種飛びの光景を撮った写真が、SNS上に多数流れる。種飛びは今や、春の季語だ。
そう、メシアの種飛びは毎年、三月一日きっかりに行われる。時間には差があるが、日がずれて種が飛ばされることがない。閏年も関係なく。四年に一度目覚めるクヴァラー星人といい、とても機械的だ。
メシアの花も、種飛びも美しいという。確かに、私も最初に見たときにはため息がこぼれた。花は作り物みたいだし、種飛びもオーロラってこんな感じなのかなと思ったのだ。
でも、それは最初だけ。
身を屈め、庭に生えたメシアを抜く。芽が出た段階で抜いたと思っていたのに、まだ残っていたか。
たった二十年で、メシアは地球上ほぼすべてにその種を飛ばした。どんな場所にでも生えてくる力強さを持っている。海の中で咲いたメシアもあるそうだ。
そこまでいくと、もはや怖い。
この庭は、亡くなった母が丹精込めて作り上げた庭だ。春夏秋冬、すべての季節を楽しめるように、考えて植えられている。そこにメシアはぐいぐいと入り込んできた。最初、気づかずにいたら、桜草が咲くべきところに、メシアばかりが咲いたことがある。
それ以来、保護しなければいけないと知りながらも、私の庭に入ったメシアは抜いている。
私の庭だけの問題ではない。この二十年の間に、メシアに場所をとられて絶滅しかけている植物が多数あるという。今、慌ててそれらの保護に乗り出しているそうだ。
この件について批判されたメシア推進派は、「メシアのおかげで地球の環境は保たれている。メシアがなければ、地球環境は悪化し、どちらにしろその植物は滅んでいた」などと答えていた。それは植物を舐めすぎだと思うが。
人を魅了する美しい花。どこまでも飛んでいき、美しい景色を作る種。地球に優しいその特性。メシアは確かに救世主なのかもしれない。でも、それを恐ろしいと考えるのは、私が悪いのだろうか? 地球古来の花を愛しているからなのだろうか?
だって、メシアの広がり具合は、地球を侵略しているようだから。異星人が、地球を侵略しているような。
人はこれを考えすぎだと笑う。失礼だとたしなめる。
住む星を失い地球にやってきたかわいそうなクヴァラー星人。地球のために技術を提供してくれた優しいクヴァラー星人。四年に一度しか現れない無害なクヴァラー星人。
彼らが地球を侵略するわけがない。善意でやっているのに失礼だ。そうやって言われる。
でも、四年に一度しか起きない彼らは長生きだ。この先、メシアが地球を覆い、我々地球人が死にたえ、クヴァラー星人たちが地球を侵略する未来があるのではないだろうか? なぜ、ないと言い切れるのだろうか? メカニズムもよくわからないメシアが、我々地球人にこの先毒を吐くとは考えないのだろうか?
ただ、幸いなことは、その時私はすでにこの世にいないということだ。私が生きている間にクヴァラー星人が目覚めるのは十回ちょっとだろう。なら、このままクヴァラー星人を見ることはないだろう。
余計なことは考えず、粛々と日々を生きよう。この庭を守って。
抜いたメシアを不安と疑いとともに袋にいれると、ぎゅっとその口をしばった。
保護性外来種メシア 小高まあな @kmaana
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