【KAC20204】悪戯の種

鶴崎 和明(つるさき かずあき)

青い鳥の詩

その夜 彼は複雑骨折した心を抱え

衝動しょうどうを 抑える気力も沸かず

憤怒ふんぬを 交換しようと持ちかけて

鬱屈うっくつを 腹の中から取り出そうと


苦しみを 一つの種に閉じ込めた

くやしさを 一つの種に閉じ込めた

恩讐おんしゅうを 一つの種に閉じ込めた

悪戯いたずらを 一つの種に閉じ込めた


青い鳥が幸せを呼ぶ

そのくちばしに種を持ち

海の彼方かなたへ飛んでいく


出来上がったいびつな種で

青年は助けを求めた

 声の上げ方も知らず

青年は助けを求めた

 仲間の作り方も知らず

青年は助けを求めた

 夢の追い方も知らず

青年は助けを求めた

 善悪の違いも知らず


青い鳥が想いを運ぶ

そのくちばしに種を持ち

わずかな陸地で羽休め


満員電車は不条理に

 朝から彼をつぶ

クレーム客は声高こわだか

 昼間に彼を踏みつぶ

ブラック上司は理不尽に

 夜まで彼をつぶ


彼は涙をこらええつつ

 つくねを酒のともとして

彼は嗚咽おえつこらえつつ

 大きなメンチカツで腹を満たし

彼は自傷じしょうこらえつつ

 ハンバーグだけを楽しみに


青い鳥が想いを運ぶ

芽吹いた種がつけた実を

ひとふさつまみさらに飛ぶ


朝から始まる喧騒けんそう

 青年の心を満たし

幾重いくえにも重なる旋回せんかい

 青年の心を満たし

次々つらなる好意の赤は

 青年の心を満たし


青年は久しぶりに笑った

 自らのおかしさに笑った

青年は久しぶりに笑った

 自らが認められて笑った

青年は久しぶりに笑った

 自らの大きな力に笑った


その先にある地獄じごくを知らず

 三途さんずわたしを越えたとえたと知らず


青い鳥がうらみを運ぶ

たわわに実ったひとふさ

ついばみ 落とし 根付かせる


荒波にある人々は

青年の無道にいきどお

その正義に火をける

青年は目を覚まし

 己が罪に恐れおのの


幾千いくせんもの劫火ごうかが襲い

幾万いくまんもの罵詈ばりが包む

海に広がる無数の声が

 青年ひとつにきば

万緑ばんりょくこと

 青年ひとつにきば

正義を自負する陽炎ようえん

 青年ひとつにきば


明るみに出た一つの悪は

 社会の波濤はとうで青年を

訳をも知らぬ人たちが

 悪だ 悪だとさわぎ立て

いい子ぶってる語り手が

 被害ひとつに眼を向けて

物知り顔の先生が

 「若者」のひずみをあざ笑う


仇花あだはなした青年は業火ごうかに焼かれ

 己が罪を初めて知り

無限に広がる種を見て

 己が罪を初めて知り


項垂うなだれた青年は

 すべてを失い葉を落とす


ただ 大樹は首をかしげる


彼は本当の悪なのか

 悪戯いたずらの代償は彼の生涯しょうがいあがな

彼の本質は悪なのか

 悪戯いたずらの代償は社会の悪罵あくばあがな

彼の身体は悪なのか

 悪戯いたずらの代償は傷ついた経歴であがな

彼の魂魄こんぱくは悪なのか

 悪戯いたずらの代償は電子の刺青いrずみあがな


彼を巻き込んだ人の波は

 今日も定められた鉄路てつろを進み

彼に罵倒ばとうを見舞った神様は

 今日も声高こわだかに重箱のすみを突き

彼の病巣びょうそうであった下士官かしかん

 今日も制裁の精彩を残し

彼一人だけ罪を負う


彼は本当の悪なのか


正義を語った仮面の主は

 次の獲物を探して海を

正義を広げた仮面の主は

 拾った種をせっせといて

正義をいた硝子がらすの人は

 集めた悪をひけらかし

正義をきわめた硝子がらすの人は

 無用な枯葉を積み上げる


彼は本当の悪なのか


仮面も硝子がらす松明たいまつを持ち

 常に不用に人を焼く

その言の葉は広がって

 更に不要に人を焼く

正義の味を知った人の苛烈かれつ

 残虐ざんぎゃくに死の海さえも燃え上がらせる

自らの「悪」を知らぬ者は

 広がる正義を丸みし


自らの欲望のままに

自らの鬱憤うっぷんを晴らすべく

自らの幸せのために


人を焼く


青い鳥は幸せを呼ぶ

そのくちばしに種を持ち

言の葉の海を飛んで


その種は無限に広がる

その種は人を呼ぶ

その種は絶望も呼ぶ


青い鳥は悲しげに鳴き

地平の彼方へ飛んで

明日の善悪の彼岸ひがんへと

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