戦国の「種」
七海けい
戦国の「種」
九州の南海に浮かぶ、縦長の島──種子島。
その南のへりに立つ、あばら屋の一室にて。
「──爺!」
「……なんじゃ」
「
「
白い浴衣に身を包み、ただ穏やかに死期を待つと決めた盲人──
「爺! また、『てつはう』の話を聞かせてくれ!」
「もの好きじゃなぁ、お前も……。……分かったから、あまり肩を揺らすな。……」
金兵衛は、ゆっくりと息を整える。
その間、清佐は行儀正しく、正座をして待っている。
「ぇえと……、この前は、どこまで話したかな?」
「全部忘れた! だから、最初から話してくれ!」
「がくしッ! ……まったく。島津の殿様よりも我が儘じゃのう、お前は」
「それは褒め言葉か? 爺」
「はぁ。……まあ良い。大して長くもない話だ。今日こそは、最初から最後まで、全部聞いて覚えるんだぞ?」
「わかった!」
***
・・・儂は、
だが、
親父と儂は
俺の親父は、腕の立つ刀鍛冶だったから、どこに行っても、鉄細工の仕事が舞い込んできた。種子島でも、そうだった。
種子島に来てから1年くらいして、親父は死んだ。飯や水が合わなかったのか、気候が合わなかったのかは良く分からないが、病気であっさりと逝った。
儂は地元の豪農から妻をもらって、親父の鍛冶場を継いだ。儂が『てつはう』に出会ったのは、それからすぐのことだった。
種子島の領主──
儂は、とりあえず『てつはう』を分解してみることにした。どの部品が、どこに嵌まっていたのか。一つ一つの部品はどんな形をしているのか。全て、弟子に写し取らせた。
儂は改めて、この『てつはう』という代物が、全く以て異質な何かであることを理解した。見たことのない部品が、理解を超える容量で複雑に組み上がっている。実を言うと、儂は以前に、親父との旅の中で、火薬を使った武器を目にしたことがあった。中国地方の有力者であった尼子氏は、主に明国から、『
『てつはう』の解体を終えた儂は、部品ごとに
ようやく『てつはう』が組み上がったとき、外見上は上手く再現できたと、儂は喜んだ。作ったことがないものを作ったという達成感が、儂の心を満たした。
儂は時尭様の使いを呼び出して、自分で『てつはう』を取った。20歩先に的を立て、自分で『てつはう』を構え、自分で引き金を引いた。
結果は失敗だった。
『てつはう』の後ろの部分が、壊れて破裂した。火薬が暴発して、『てつはう』の底を突き破ったのだ。その破片は、儂の目玉を潰した。時尭様の使いが、慌てて医者を呼んでくれた御陰で、大事には至らなかった。
***
「──ぃや、爺! それは大事だよ!」
「なんじゃ。急に口を挟みおって……」
「だって、爺はその事故のせいで、目が見えなくなっちゃったんでしょ?」
「まぁ、そうなるな。以後『てつはう』の開発は、儂が指図して、弟子たちが作るという形になった」
「……引退とかは、考えなかったの? だって、目が見えなくなっちゃったのに、それでも頑張ろうって思ったの?」
「そうじゃなぁ。あの頃は、儂も若かったからなぁ。……いま思えば、あそこで、諦めておくべきだったのかも知れんなぁ……」
金兵衛は、力なく肩を落とした。
「……爺?」
「……ぃや。話を続けよう」
***
儂の職人魂には、火が付いていた。どんな鋼鉄でも溶かすことができるような、そんな激烈な熱意が、儂の背中を突き動かしていた。
火が見えなくても、熱で分かる。焼き具合が見えなくても、匂いで分かる。鍛え具合が見えなくても、音で分かる。儂は何かに取り憑かれたように『てつはう』の複製にのめり込んだ。
暴発の原因は部品の欠陥にあった。『てつはう』の底を固定する『
半年ほど経って、ようやく『てつはう』が完成した。すぐに時尭様の使いを呼び出して、実演をした。儂の弟子がそれを構え、引き金を引いた。そのときの音が、儂は忘れられない。弓を弾くよりも、ずっと力強い、虎が吠えるような音がして、次の瞬間には、木製の的が木っ端微塵に砕ける音がする。しばらくの静寂が続いてから、立会人たちの感嘆や歓声が聞こえる。……儂は、そうした音を、心の底から噛み締めながら、悦に浸っていた。今まで、自分が払ってきた全ての労力と時間と犠牲が、みんな報われたような、そんな、満ち足りた気分になった。
儂が再現した『てつはう』には『種子島』という名前が付いた。この噂は、そう時を持たずして、日の本じゅうに広まった。
儂は、達成感の中に生きていた。──『てつはう』という訳の分からない物を、恐らくは、日の本で一番最初に作った男だ。
そう。
儂は、訳の分からないモノを作ったのだ。
ならば、それはいったい何なのか。
儂は、深く考えたことがなかった。
それの構造については、徹底的に調べた。誰よりも考察した。そして、ついには複製することに成功した。
日の本において、儂よりも『てつはう』の仕組みに通じている者はいない。そのことには、強い自信と自負があった。
だが。それが、訳の分からない武器であるということに、儂は、ほとんど関心を払っていなかった。それが、乱世の
儂はしばらくの間、その罪に、気が付きもしなかった。
それどころか。儂は罪を重ねたのだ。
時折、儂の元を訪ねてくる者がいた。
一人目は、
二人目は、
他にも、将軍に献上された『てつはう』は、近江の刀鍛冶の手に渡り、腕の立つ職人が、複製に成功したらしい。近江の
儂が自らの罪を知ったのは、天文23年──儂が『種子島』を完成させてから、9年が経ったときのことだった。
今の島津家の御当主──
***
「──ちょっと待ってよ、爺!」
「なんじゃ」
「爺の罪って、何なのさ」
「まだ分からぬか。清佐」
「だって、爺は凄いモノを作って、島津の殿様の役に立ったんでしょ?」
「そうじゃな。儂は、凄いモノを作ってしまった」
金兵衛は、溜息をついた。
「……そのせいで、たくさんの人が『種子島』に撃たれて死んだ」
「そんなことないよ!」
「そうか……?」
「だって、戦に行ったことがある農民さんも言ってたよ! ……『種子島』は雨の日に使えないし、弓矢みたいに連射できないから、戦場じゃ役に立たない。剣とか槍とかの方が、敵をいっぱい殺せるって!」
「はははっ……。……なるほどな。確かに、それも一理ある」
金兵衛は、清佐の頭を撫でた。
「清佐。お前は、刀と『種子島』……どっちが強いと思う?」
「ぅーん……。……やっぱり『種子島』の方が強いと思う!」
「どうしてじゃ?」
「爺が作った物だから!」
「そうか。……お前みたいな孫に恵まれて、儂は
「良かったな、爺!」
******
戦国の風雲児──織田信長が、長篠の戦いで采配を取る5年前のことであった。
戦国の「種」 七海けい @kk-rabi
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