戦国の「種」

七海けい

戦国の「種」

 元亀げんき元年8月。ヒグラシと曼珠沙華ひがんばなの季節。

 九州の南海に浮かぶ、縦長の島──種子島。

 その南のへりに立つ、あばら屋の一室にて。


「──爺!」

「……なんじゃ」


 ひさしを踏みならす音に、盲目の老人は身を起こす。


じい! 金兵衛きんべえ爺!」

清佐きよすけか。……なんじゃ。騒々しい」


 白い浴衣に身を包み、ただ穏やかに死期を待つと決めた盲人──八板やいた金兵衛きんべえは、孫の清佐と共に暮らしている。清佐は、金兵衛の骨張った体を容赦なく揺さぶる。


「爺! また、『てつはう』の話を聞かせてくれ!」

「もの好きじゃなぁ、お前も……。……分かったから、あまり肩を揺らすな。……」


 金兵衛は、ゆっくりと息を整える。

 その間、清佐は行儀正しく、正座をして待っている。


「ぇえと……、この前は、どこまで話したかな?」

「全部忘れた! だから、最初から話してくれ!」


「がくしッ! ……まったく。島津の殿様よりも我が儘じゃのう、お前は」

「それは褒め言葉か? 爺」


「はぁ。……まあ良い。大して長くもない話だ。今日こそは、最初から最後まで、全部聞いて覚えるんだぞ?」

「わかった!」



***



 ・・・儂は、美濃国みののくにに生まれた鍛冶職人だった。美濃国って言うのは、ここからずっと東に行ったところにある国だ。そこは、代々土岐って言う名家が治めていて、わりかし平和なところだった。

 だが、土岐とき陪臣ばいしんには、一人の野心家がおった。斉藤という男だ。こいつは、土岐家の家督争いに口を出して、美濃国を乗っ取ろうと画策した。にわかに国内がきな臭くなってきたのを見て、親父と儂は、諸国遍歴しょこくへんれきの旅に出た。

 親父と儂は近江おうみに行って、京都を経て、瀬戸内を進んで、下関しものせきを見て。そこから博多を通り、海沿いに南下を続けて、果ては種子島に辿り着いた。

 俺の親父は、腕の立つ刀鍛冶だったから、どこに行っても、鉄細工の仕事が舞い込んできた。種子島でも、そうだった。

 種子島に来てから1年くらいして、親父は死んだ。飯や水が合わなかったのか、気候が合わなかったのかは良く分からないが、病気であっさりと逝った。


 儂は地元の豪農から妻をもらって、親父の鍛冶場を継いだ。儂が『てつはう』に出会ったのは、それからすぐのことだった。


 種子島の領主──種子島たねがしま時尭ときたか様は、島に流れついた明と南蛮の商人から、とある珍品を献上された。それが『てつはう』だった。見た目は、ただの金属の筒としか言いようがない、退屈な代物だった。しかし、商人たちがそれの使い方を披露した途端、時尭様は目の色を変えたらしい。時尭様は儂を呼びつけるなり、この奇妙な鉄の杖を突き出して、これを複製しろとおっしゃった。献上された『てつはう』は二挺あったらしく、一挺が儂に託され、もう一挺は室町御所──将軍 足利義晴あしかがよしはる様の元に届けられた。


 儂は、とりあえず『てつはう』を分解してみることにした。どの部品が、どこに嵌まっていたのか。一つ一つの部品はどんな形をしているのか。全て、弟子に写し取らせた。

 儂は改めて、この『てつはう』という代物が、全く以て異質な何かであることを理解した。見たことのない部品が、理解を超える容量で複雑に組み上がっている。実を言うと、儂は以前に、親父との旅の中で、火薬を使った武器を目にしたことがあった。中国地方の有力者であった尼子氏は、主に明国から、『脇筒わきづつ』という武器を持ち込んでいた。ただ、これは『てつはう』よりも遙かに簡素で、とても槍や弓にとって代わるような道具ではなかった。


 『てつはう』の解体を終えた儂は、部品ごとに鋳型いがたを作り、それに融かした鉄を流し込んだ。型をトンカチで壊して、冷えた中身を取り出した。弟子が描いた図を確かめながら、それを組み立てた。

 ようやく『てつはう』が組み上がったとき、外見上は上手く再現できたと、儂は喜んだ。作ったことがないものを作ったという達成感が、儂の心を満たした。

 儂は時尭様の使いを呼び出して、自分で『てつはう』を取った。20歩先に的を立て、自分で『てつはう』を構え、自分で引き金を引いた。


 結果は失敗だった。


 『てつはう』の後ろの部分が、壊れて破裂した。火薬が暴発して、『てつはう』の底を突き破ったのだ。その破片は、儂の目玉を潰した。時尭様の使いが、慌てて医者を呼んでくれた御陰で、大事には至らなかった。



***



「──ぃや、爺! それは大事だよ!」

「なんじゃ。急に口を挟みおって……」


「だって、爺はその事故のせいで、目が見えなくなっちゃったんでしょ?」

「まぁ、そうなるな。以後『てつはう』の開発は、儂が指図して、弟子たちが作るという形になった」


「……引退とかは、考えなかったの? だって、目が見えなくなっちゃったのに、それでも頑張ろうって思ったの?」

「そうじゃなぁ。あの頃は、儂も若かったからなぁ。……いま思えば、あそこで、諦めておくべきだったのかも知れんなぁ……」


 金兵衛は、力なく肩を落とした。


「……爺?」

「……ぃや。話を続けよう」



***



 儂の職人魂には、火が付いていた。どんな鋼鉄でも溶かすことができるような、そんな激烈な熱意が、儂の背中を突き動かしていた。

 火が見えなくても、熱で分かる。焼き具合が見えなくても、匂いで分かる。鍛え具合が見えなくても、音で分かる。儂は何かに取り憑かれたように『てつはう』の複製にのめり込んだ。

 暴発の原因は部品の欠陥にあった。『てつはう』の底を固定する『尾栓びせん』という部品が、かなり難儀なことになっていた。蛇や竜を思わせるような蜷局とぐろを纏わせた部品は、『てつはう』を再現する上で最難関の工程であった。儂はこれを『ネジ』と呼び、心血を注いで、弟子たちに再現させた。


 半年ほど経って、ようやく『てつはう』が完成した。すぐに時尭様の使いを呼び出して、実演をした。儂の弟子がそれを構え、引き金を引いた。そのときの音が、儂は忘れられない。弓を弾くよりも、ずっと力強い、虎が吠えるような音がして、次の瞬間には、木製の的が木っ端微塵に砕ける音がする。しばらくの静寂が続いてから、立会人たちの感嘆や歓声が聞こえる。……儂は、そうした音を、心の底から噛み締めながら、悦に浸っていた。今まで、自分が払ってきた全ての労力と時間と犠牲が、みんな報われたような、そんな、満ち足りた気分になった。

 儂が再現した『てつはう』には『種子島』という名前が付いた。この噂は、そう時を持たずして、日の本じゅうに広まった。


 儂は、達成感の中に生きていた。──『てつはう』という訳の分からない物を、恐らくは、日の本で一番最初に作った男だ。


 そう。

 儂は、訳の分からないを作ったのだ。


 ならば、はいったい何なのか。

 儂は、深く考えたことがなかった。


 の構造については、徹底的に調べた。誰よりも考察した。そして、ついには複製することに成功した。

 日の本において、儂よりも『てつはう』の仕組みに通じている者はいない。そのことには、強い自信と自負があった。


 だが。が、訳の分からないであるということに、儂は、ほとんど関心を払っていなかった。それが、乱世のことわりをねじ曲げる武器でったということを、儂は知らなかったのだ。

 職人気質しょくにんかたぎの弟子たちに囲まれて、熱が籠もる鍛冶場の中にいた儂に、誰も、そのことを教えてくれなかった。これは不幸であると同時に、儂が犯した罪であった。


 儂はしばらくの間、その罪に、気が付きもしなかった。

 それどころか。儂は罪を重ねたのだ。


 時折、儂の元を訪ねてくる者がいた。

 一人目は、杉乃坊すぎのぼうという流浪の僧侶だった。この男は、儂の紹介で時尭様に謁見すると、『種子島』を一挺買い付けて、故郷にとんぼ返りした。この男。生まれは紀州で、根来寺の僧兵を束ねる人物であったらしい。紀州にも、儂のような職人がいたのだろう。今では、根来寺は紀州一の『種子島』生産地になっている。

 二人目は、橘屋たちばなや又三郎またさぶろうという商人だった。この男は、儂の弟子から『種子島』の作り方を教わると、すぐに、それを堺に持ち込んだ。聞いた話では、堺の周辺でも『種子島』の生産が始まり、膨大な数の『種子島』が、日の本じゅうに流れているらしい。


 他にも、将軍に献上された『てつはう』は、近江の刀鍛冶の手に渡り、腕の立つ職人が、複製に成功したらしい。近江の国友くにともという地域では、大量の『てつはう』が生産されているそうだ。


 儂が自らの罪を知ったのは、天文23年──儂が『種子島』を完成させてから、9年が経ったときのことだった。


 今の島津家の御当主──義久よしひさ様と、その 義弘よしひろ様の初陣に、多数の『種子島』が使われた。地元の敵対勢力が立て籠もる岩剣城いわつるぎじょうを攻めたこの戦は、苛烈を極めた。おびただしい数の人々が、兵士も民草も、女子供を含め、城が建つ崖の上から身を投げた。



***



「──ちょっと待ってよ、爺!」

「なんじゃ」


「爺の罪って、何なのさ」

「まだ分からぬか。清佐」


「だって、爺は凄いモノを作って、島津の殿様の役に立ったんでしょ?」

「そうじゃな。儂は、凄いモノを作ってしまった」


 金兵衛は、溜息をついた。


「……そのせいで、たくさんの人が『種子島』に撃たれて死んだ」

「そんなことないよ!」


「そうか……?」

「だって、戦に行ったことがある農民さんも言ってたよ! ……『種子島』は雨の日に使えないし、弓矢みたいに連射できないから、戦場じゃ役に立たない。剣とか槍とかの方が、敵をいっぱい殺せるって!」


「はははっ……。……なるほどな。確かに、それも一理ある」


 金兵衛は、清佐の頭を撫でた。


「清佐。お前は、刀と『種子島』……どっちが強いと思う?」

「ぅーん……。……やっぱり『種子島』の方が強いと思う!」


「どうしてじゃ?」

「爺が作った物だから!」


「そうか。……お前みたいな孫に恵まれて、儂は果報者かほうものじゃ」

「良かったな、爺!」



******



 元亀げんき元年9月8日。天下の名鍛冶師──八板金兵衛は、68年の生涯を閉じた。

 戦国の風雲児──織田信長が、長篠の戦いで采配を取る5年前のことであった。





















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戦国の「種」 七海けい @kk-rabi

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