第34話 「刈り取りの王」

僕は鎌を強く握る。

数秒前から気がついていた。

リディアに殺到する数多の死。

50を越す同胞の群れ。

その中央に、見知った紅衣が待っていた。


「カーマイン」

「やあやあ。月喰らいイクリプス、アンタのおままごとはまだ続いているみたいだね」

「そうかい?」

「だからまた、仲間を集めて止めに来たんだ。莫迦バカなコトはもう辞めよう」


カーマインはそう宣告し、両手を高らかに挙げる。

その手にふたつ、カマキリのように大鎌が現れる。

『二ツ月』僕から奪った現能チカラ


「デス太」

「なんだい」


「私は、アリエルを弔いたい」

「そうだね、僕もだ」


「彼女との思い出の、あの樫の木のもとに埋葬したい」

「ああ、彼女も喜ぶよ」


「ですが、その間に彼らが」

「ああ、すごく目障りだね」


リディアは冷たい眼差しで僕の同胞をながめる。

そして、これらは無価値だという宣告を下した。


「邪魔です、皆殺しにしてください」

「わかった」


――お姫様からの命令オーダー

――すべて皆殺せオールデストロイ


僕へ注がれるその絶対の信頼。

それを僕なら造作もなく為せるという確信。


全身が奮い立つ。


僕は石だたみから草の茂る地面へ降り立つ。

ゆっくりと歩む。


「おっ、その娘を引き渡す気になったか。

 そうだよね、さすがにこれだけ囲まれちゃ……」

「ねえそこ、邪魔なんだけど」


鎌を一閃、足元の雑草を薙ぎ払う。

雑草は雑踏と魂を共有リンク済み。


僕らを囲う黒衣カラーレスが5人、胴から輪切りに引きちぎれた。


「――なっ!」

「僕はこれからリディアの友人の墓地を整える。刈りの時間だ。

 不要な雑草を刈り取るから、どうか邪魔をしないでほしい」


さらに一閃、一閃。草が刈られる。黒衣が刈られる。

カーマインが両手に鎌を広げこちらへ疾駆する。


「あ、止まったほうがいい」

「――莫迦がっ!そんな手がっ……ぐうう!?」


同胞である紅衣は、強く強く一歩を踏み出し、そうして足元の雑草おのれを踏みつけていた。

彼の右足がぐしゃりと折れ曲がる。


「あっ……かっ……くっ……」

「『存在の耐えられない軽さ』、シャーズのヤツから取り返した」

「そんな……しかし、そんなヒマが……」

「あったからさ」


鎌を振り抜き、投擲とうてきした。

ぐるぐると回転しながら地面を滑るように薙ぎ払い、途上にある草がすべて刈り取られる。

数十体の黒衣ザコもちぎれ飛ぶ。

ついでにカーマインもちぎれ飛ぶ。



すでに数を半分まで減らされた黒衣たちはしかし、自慢の武器を手放した僕を見て笑いだす。


「これでヤツは丸腰だ」

「数は減ったが、取り分もまた増えた」


ぐちゃぐちゃと勘違いしたバカの独り言。

……聞くに耐えないな。


僕と、リディアに殺到する黒衣の群れ。

彼らが間合いに入った瞬間、両手に『二ツ月』を顕現けんげんする。


引き切りを繰り出す。

切る切る薙ぐ払う。

黒衣が5体、瞬きのあいだにコマ切れになる。


うん。

やはりコレだ。

僕本来の、僕の武器だ。

体が懐かしさで悲鳴をあげ、両の手で相棒が唸りをあげる。

音の速さを優に越え、あたりに暴風を巻き起こす。


黒衣が8体、恐怖で逃げ出した。

逃げたところで僕はこの庭の手入れをするだけなのに。


そうして。

まだ庭園に居座るヤツは直接的に、逃げ出したヤツは間接的に。

すべての障害を刈り取った。


「デス太」

「なんだい」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」


僕はただ、彼女の騎士であり続ける。


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私に友と呼べる存在はすくない。

幼なじみのアリエルと、まれびとのセレスぐらい。

ミリエルちゃんは幼すぎて自分と同格には思えなかったし、ユーミルは大事な妹。

そしてデス太は恋人であり私の所有物。

大事な、愛おしい、私のモノ。


アリエルの埋葬を済ませ、思う。

コレからどうしようか。

コレからどうしてやろうか。


ふと振り返るとデス太が静かに月を眺めていた。

あれだけ多くの同胞を殺しておきながら、まったく意に介していない。

私を守るためなら彼はなんだってやってくれる。

ほんとうに、愛おしい。

心がズキズキと痛む。


彼に手を伸ばす。


「リディア、ルールは守らないと」

「……ええ」


こんなときでさえ彼の手を握ることも、抱いて甘えることもできない。

さっきだって……。


そうだ。

なぜ、我慢しなければならないのだろう。

これから先、デス太と触れ合うことも愛し合うこともできないのでは、いつか私は狂ってしまう。

彼とひとつになることも、彼に私を与えることも。

すべて否定されつくすのであれば。


――そんな未来は許容できない。否定する。


そうだ。

それだ。


私はデス太に触れられて。デス太は私に触れて。

そういう未来のためにがんばろう。

そのために生きよう。


……もちろんアリエル。

あなたの無念はすべて、すべて晴らしてあげるからね。



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それから2年がたった。

王国の同胞はすべて狩りつくし、僕のチカラもずいぶん戻ってきた。


同胞が減って気がついた。

強い死の運命、その意味。


どうやら僕ら死神は大きな勘違いをしていたらしい。

または騙されていたというべきか。

月をひとつにしてしまったのも今では悔やまれる。

それに、【紅の導師】ジェレマイアもつい最近亡くなったそうだ。

非常に惜しい人を失った。


これからの戦いに必要な、強い炎の使い手だったのに。

彼なしで、アレと戦うのか。

あれほどの炎の使い手、代わりがいるとは思えない。

まったく気が滅入る。


でも……いいこともあった。

死霊術の名門、ラトウィッジ家をリディアが滅ぼしたという噂。


それを確かめに王都に来たのは正解だった。



「――ミリエル?」


王都の冒険者ギルドで、アリエルの妹であるミリエルに出会った。

元気で、成長した姿で。


「そう、私がラトウィッジを滅ぼしたという噂の正体は、我が妹ですね。

 ……ミリエル、ユーミルは?」


「えーと……そのですね。私はみけなんです」

「?」

「ユーミルお姉ちゃんからもそう言われたんですけど……記憶がなくて」

「――そう、」


リディアが魔眼でミリエルちゃんを視る。

どうやら、彼女の記憶にはフタがされている。

この術式は……姉のアリエルのものだ。


「壊されているワケではない……と。いずれあなたが欲した時に戻りますよ」

「……そう、ですか」


あれ、リディアにもわかっているはずなのに。

姉がかけたものだと教えてあげないのかな。


「それでミリエル、私の妹はどこに?」

「ユーミルさんは河原で訓練ですね。たぶん師匠さんとイリムさんも一緒かと」

「……ありがと。ところであなた、冒険者登録を断られたのでしょう?」

「ええと、……はい」


そうなのだ。

ミリエルはギルドの受付から離れ、なにやら困っていた。

不意に懐かしさを覚える。


そうだ。

4年前のリディアも同じだったな。

あのときはジェレマイアに助けてもらった。


「なんでしたら私が後見人というていで登録させましょうか?」

「えっ! いいんですか!?」


にこりとリディアがほほ笑む。

ずいぶん久しぶりに彼女の優しい笑顔を見たな。

そしてそうか。

こんどは自分が先輩ぶりたいのだな。

なんだか僕は、おかしいのと懐かしいので笑ってしまった。


ミリエルにちょっとお姉さん風に話すリディア。

その肩越しに、つい……といつものクセで『視て』しまった。


……ああ、やはりこの娘もいずれ。


受付にむかいがてらリディアが小声でささやく。


「……今はまだ、見えない?」

「ああ。でも遅かれ早かれ」


「……そう、いずれこの子にも」

「まったくフザケたカラクリだよ」


「……まあ、王国のはすべて滅ぼしましたし」

「西方諸国も本腰いれないとね」


ミリエルのためにも残りの同胞を。

それに有用な人材をこれ以上勝手に殺されても困る。


僕はこの世界でリディアとふたり、生きていきたいのに。

その舞台を滅ぼされたらたまったものではない。


僕が考え込んでいるあいだに、ふたりの話は終わったようだ。

どうやらジェレマイアの真似をして、一ツ星を取らせている。

まったく……彼女が楽しそうでなによりだ。


「では、久しぶりに我が妹と話をしましょうか」

「河原だっけ」

「なんでもそこで仲間と修行しているとか」

「へえ。……ユーミルにしては珍しいね」


彼女はだいたい一匹狼で、パーティをふらふらしていたはず。

彼女の実力ならどこでだってやっていける。

でも、気の合う仲間を見つけたのなら幸いだ。


「……ところでデス太」

「なんだい?」


「そのお仲間の師匠さんとやら。

 ……彼、精霊術師なんですって」

「ええっ?」


「ミリエルが言うには」

「子どもを騙していい気になってるだけだよ」


大陸にはもう、あの術の使い手はほとんどいない。

真のエルフハイエルフは西に逃げた。

あとはアスタルテのような古代竜エンシェンントドラゴン

そして【氷の魔女】だ。


「おおかたそこそこ魔力の多い魔法使いあたりかな」

「そう……ですよね」


そんなバカな話より、久しぶりにユーミルに会うんだ。

僕はそれが楽しみで仕方がない。


僕は姉妹と3人で話している時間が好きだ。

最初の、あの時間に戻ったみたいな気持ちになる。


できればあのままでいたかった。

でもヒトは歳を取るし、変わっていく。


変化は変えられない。

時間も待ってくれない。


でも、僕は彼女を守る騎士であり続けよう。

ずっと、ずっと、最後の時までも。




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これからは本連載に集中しますので、彼らサイドからの物語はいったんここまでとします。

気が向いたり補足をしたくなって加筆することはあるかもしれません。


最初はほぼユーミルの過去話&ちょっとサイドキャラ紹介のつもりでしたが、それよりだいぶ伸びました。

わるい人たち書くのは楽しかったですが、やはりだんだんと……。

イイ人書くほうがテンション維持しやすいのかもしれません。


一応のカタチとはいえWeb小説初完結、ポイント評価など残していただけると励みになりますm(_ _)m

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かつて最強の最弱死神、ひとりの少女を死の宿命から守るため、かつての同胞達に叛逆します。 しびれくらげ @SIG0808

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