第33話 「帰郷」

それから僕らは西方諸国を巡り、王国にもすこし顔を出し、また西方諸国に戻ってきた。

警戒がゆるんだのか、隙だらけの黒衣カラーレスは狩り放題だった。

何体かはアタリで、チカラ……特に速さを取り戻せた。


あれから1年とすこし。

リディアも成長し13になった。

妹のユーミルはどうだろう。

去年会ったときは見た目はそんなに変わらなかったな。

魔法はずいぶん成長していたけど。


霊を尊重し友達とするユーミルは、もともとレーベンホルム向きではなかった。

ネビニラル家で育つほうが彼女の成長には合っていたのだろう。

もちろん、僕が教えた下地があってこそだけどね。

そこは元家庭教師として譲れない。


「デス太、ちょっといいですか?」

「なんだい」

「デス太はかわいいと、キレイと。……どちらが好みですか?」


唐突になんだろ?

ネコ派かイヌ派か、みたいな話か。


「ぼくはかわいいほうが好きかな」

「……わかりました」


ふーむと納得しているリディア。

15歳前後でどうたらとか、ブツブツなにかを呟いている。


今日も平和だな。

最近は「お掃除」もナシでまっとうに冒険者として稼いでいる。

体もちょっぴり成長したリディアは、そろそろ大人の体になる。

人間は15で成人、そして成長には個人差があり、彼女はたぶん早いほうだ。


だから、子どもでなくて「お掃除」をすればそこに正当性はなくなる。


変質者狩りではなくなる。

だから、僕からきりだした。

もうそろそろダメだよ、と。

リディアも納得してくれた。


……女の子の一人旅。


それにつけ込んで襲いかかるようなやからは容赦なく、文字通りの血祭りだけどね。

これはまさしく正当防衛。

正義しかない。

じゃんじゃん殺っていいよ。


そうして今日も路地裏でひとりを始末した。

その彼は、ギリギリ生き残って、意味深なことを呟いた。


「邪悪な死霊術師ネクロマンサーよ……今に、貴様らに地上神罰の代行が……ぐふっ」


「……彼は……」

「三角帽子じゃないけど、異端狩りっぽいね」

「ふむ」


リディアは即座に『招霊』を編み上げ、今しがた死んだ男を呼び出した。

死した肉体に強制的に戻されるのは耐え難い苦痛をともなう。

言葉も明瞭めいりょうではない。


ぐぎゃ、とか。

殺じでっ、とか。

ムダな発言が多い。


それでも、彼女は情報を聞き出した。


彼女の故郷、自由都市に異端狩りが大量に潜伏していると。


------------


凄まじい速度で馬車が街道を駆ける。

馬はすでに2時間前に疲労で息絶えた。

そして即座に魂を叩き込まれ、また走り出した。


痛みも疲労も無視した亡者に引かれ、馬車が爆走する。


「……デス太だけでも先行は!」

「ムリだ! キミも知っているだろう、僕はキミに帰属している!」


そう。

僕はリディアからあまり離れることはできない。

それはこの旅でなんども確かめたことだ。

そんなことを忘れるほど、彼女は焦っている。


教会の異端狩り、まれびとを筆頭に世界の邪悪を刈る、地上神罰の代行者。

ようするに異常者の集まりだ。

それが自由都市に潜伏してなにを企んでいるのか。


ユーミルやネビニラルの姉妹を心配するのは当然だ。

彼女ら死霊術師は、異端狩りからするとまさしく異端じゃあくそのものだ。


しかし教会の組織といえど、手続きなしで名家は狩れない。

死霊術そのものは違法ではないからだ。

どうか、杞憂であってほしい。


そして杞憂でない場合。

どうか、間にあってくれ。


------------


自由都市についたのは深夜だった。

街は静かに眠り、なんの騒音もない。

それが逆に恐ろしかった。

間にあったのか、そうでないのか。


記憶をたよりにネビニラル邸へ。

扉をくぐり、庭園を抜ける。

そこで違和感に気づく。


……『感知』などの守りの結界が取り払われている。

リディアもそれに気づいたか、自然足が速くなる。

そうして表玄関を押し開けると、すべてが終わっていた。



破壊と殺戮のあとが残る廊下を駆け抜けるリディアと僕。

そこかしこに教会の聖なる(と彼らが思い込んでいる)マークが刻まれ、あるときなど使用人の背中に深々と。

その死体の様子から、すでにだいぶ時間が経っている

それに先ほどから異臭が鼻につく。

なにかが焦げたような、トロリと粘つくような。

その臭いは地下から漂っていた。


急いで冷たい石造りの階段を駆けおりる。

通路をすすみ、臭いをたどる。


そうして……地下の工房の一角にソレはあった。

灰とススにまみれ乾燥した棒きれの山。

リディアは手や服が汚れるのもいとわずその山を漁りだす。


そうして、

そうして。


目的のものを見つけてしまった。

彼女の、数少ない友人を。


「……アリエル」


そうか……そうだね。

ソレが彼女だ。

去年会ったときよりすこし大きくなった。

たぶんリディアよりさらに成長が速かったんだ。

もう、それを見ることはできないけど。


リディアは彼女だったものを手に、声をあげずに泣いていた。

ぼろぼろと、涙だけを流す。

実に静かな、感情の吐露。


僕はいくぶん冷めた心でそれを見ていた。

ヒトはいつか死ぬ。

長いときを生きてたくさんたくさん見てきた。

みずから手にかけた者も大勢いる。

強い死、弱い死、いろいろだ。

これもそうした現象のひとつ。


……気がつくと、リディアに抱きしめられていた。


「うう……デス太……アリエルが……」

「……リディア」


僕は静かに彼女を引き剥がす。

そう、人と死神は触れ合ってはいけない。

ローブ越しの抱擁でさえ10秒が限界だ。

直接僕の体に触ろうものならさらに。


――僕の体は、彼女をむしばむモノでできている。


「……デス太、お願いします……」

「ダメだ」


「……いま、このときだけでも……」

「わかってくれ」


僕は2歩、彼女から離れる。

強い意思で彼女の瞳を見つめる。

泣きながら頼まれようが、ここは譲れない。


しばらく、本当にしばらくそうしていた。

しばらくが終わるころ、リディアは顔を伏せ涙をぬぐった。

そうして顔をあげた彼女は、いつもの彼女であった。


強い意思の瞳に、黒壇こくたんのような黒髪がふわりと。

ただしく僕のお姫様だ。


「アリエルを集めましょう」


リディアは灰と骨の山から丁寧にアリエルだけを拾っていく。

広げた布に次々と。


「こうしてわかりましたが、ここには4人ですね」

「うん」

「そしてこの中にミリエルちゃんとユーミルはいない」

「そうだね」


友人を集め終わると、リディアはその両親に短く言葉をかけた。

すでにこの場に魂はなく、魔術的には意味のない行為だった。

けれど人間的、あるいは魔法的には意味のある行為だ。


「……ここの4人。みな送られています。

 しかもレーベンホルムの術式で」

「ユーミルだね」


「とても丁寧で優しい術式です。また、成長しましたね」

「ああ」


リディアは広げた布をたたみ、アリエルを包み込む。


「彼女が好きだった、裏庭のかしの木のそばに埋葬します」

「……ああ、彼女も喜ぶよ」


そうして館内をゆっくり歩み、裏手にある扉を押し開ける。


月が青白く庭を照らし、その中央に大きな樫の木。

ブランコが2つ据え付けられている。


幼かったころ、リディアの姉妹とアリエルの姉妹はコレをよく取り合ったな。


きゃっきゃっと騒いだり、大声で笑ったり。

そういう時期がリディアにもあった。

ずいぶん早めに卒業してしまったけど。


その、思い出の場所と、僕らのあいだに。

大量の同胞たちが群れを成していた。

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