拡散する種

瀬川

拡散する種




 それに気がついたのは、偶然だった。

 スマホを見ていて、何故かそれが急に視界に入ってきたのだ。


「……愚痴を吐き出しませんか? かあ……」


 特に文字が大きかったわけでも、そこだけ色が違っていたわけでもない。

 しかし無性に、それが目に付いて仕方がなかった。

 どこかにリンクしている、その文章。

 危険かもしれないと思ったけど、気がつけば触れてしまっていた。


 すぐに読み込みが始まると、後悔してしまいそうになるが、戻ることはしなかった。

 私はきっと、魅入られてしまっていたとしか、他に言いようがない。


 読み込みに少し時間がかかり、それから画面が一瞬白くなった。

 そして現れたサイトは、想像していたようなおどろおどろしさはない。

 むしろどちらかというと、堅苦しささえ感じる雰囲気があった。


 それが逆に興味を引いて、私は書かれている文章を上から目を通す。


「……なになに。ここはあなたのストレスを吐き出す場所。ストレスの大半が、人間関係によるものが多い社会で、上手く消化が出来ないあなたに。ここはぴったりの場所です。完全匿名のチャットの中で、愚痴を吐き出したり、悩みを相談したりしませんか? どなたでも、お待ちしております」


 若干の怪しさを感じもしたけど、私はチャットへ移動していた。

 きっと都合良く、今日まさに人間関係で嫌なことがあったばかりだからである。

 簡単に言うと、友人の裏切り。

 今思い出すだけでも、怒りが収まらないぐらいだった。


「……匿名なら、少しぐらい愚痴を吐き出してもいいよね……」


 誰もいないのに言い訳を口にしながら、私はチャットに愚痴を書き込み始める。





 これが、始まりだった。

 その後、私はチャットの手軽さとストレス解消効果に惹かれて、毎日のように利用をしている。

 それぐらい愚痴がたまるというのもあるし、チャットを利用している他の人が、現実も知り合いよりも優しいのが魅力的なのだ。


 友人関係に悩み、最初に愚痴を吐き出した時も、返ってきた言葉は私にとって優しいものしかなかった。


「それは大変だったね」


「あなたは何も悪くない」


「よく頑張った」


 ただ話を聞いてもらいたかったから、特にアドバイスがない方が良かった。

 これだけで私は、自分の中にあったストレスのほとんどが無くなったのを実感した。

 自分のことながら、とても単純である。


 みんな優しい。優しすぎるぐらいだ。

 だから最近、少し不思議なことがある。

 毎回どんな時間に愚痴を吐き出しても、誰かしらが反応してくれる。

 その中には常連の人もいるのだけど、まるでチャットに張り付いているのではないかと思うぐらい反応が早い。


 反応が返ってくるのは嬉しい。

 でも不思議だ。

 しかし困っているというわけではないので、私は気にしないようにしている。

 そうやって気にしたとしても、完全匿名のおかげでどうなることもないのだから。





 インターネットという媒体の中で、人々の悪意を持って大きくなっていく存在は、効率のいい食事の方法を見いだした。

 人間というものは、常に己の内に秘めた悪を吐き出したがっている。

 それに対し、優しい言葉をかけてやれば、喜んで食事を提供してくれるのだ。


 インターネットという場も、都合が良かった。

 こちらが顔を出さなくても不審に思われず、匿名だとうたえば、勝手に安全だと判断する。

 全世界の人が利用する環境で、一つのきっかけを与えれば、どんどん大きくなっていく。


 拡散する種は、やがて花を咲かせ、実になる。


 近いうちに起こる未来に、それは静かに笑った。





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拡散する種 瀬川 @segawa08

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