【KAC2020】勇者転生からは逃げられない

白川嘘一郎

勇者転生からは逃げられない

 夕暮れの校舎の屋上のへりから、間雁まがり彩子さいこは一歩を踏み出した。


 死ぬのにふさわしい場所はどこか、どんな服装で死ぬべきかを考えているうちに面倒くさくなったので、学校で制服のまま死ぬことにした。

 特に最期に見たい景色もなかったので目を閉じて、予想通りの浮遊感を身体で味わう。しかし、次に予想していた衝撃はやってこなかった。


 目を開けると、珍奇な衣装を着た金髪の女が目の前に立っている。

 社会的礼儀を考え、制服を選んで死のうとした自分が馬鹿みたいだと彩子は思った。


「若くして命を散らしたあなたに、転生の機会を与えましょう」


 金髪の女はやっぱりそんな馬鹿みたいなことを言った。

 冗談じゃない。あと一歩で死ねるところだったのに。

 そう文句をつける間もなく、彩子の世界は暗転した。



    *    *    *


 そして彩子は、異世界にいた。


 彩子が昔、ストーリーの先の展開が読めてつまらなくなって放り出してしまったゲームの世界とよく似ていた。

 勝ち方のわかっている戦闘を何度も何度も繰り返して、何の意外性もなく予想通りの結末にたどりつく。それの何が面白いのか、彩子にはわからなかった。

 お約束通りの展開で、王様から勇者と呼ばれて武器を渡された彩子は、城を出ると街の人々を全て無視して外の森へ向かい、モンスターに出会って殺された。

 ――はい、これで終わりでいいでしょ。


「おお勇者よ、死んでしまうとは何事だ」


 彩子は困った。まさか、本当に蘇生の魔法が存在する世界とは。

 海に飛び込んだり、なるべく城から遠く離れたところで死んでみたり、餓死や服毒などいろいろ試してみたが、やはりどうしても蘇生させられてしまう。

 何とかして死ぬ方法を探さなくては。


 彩子はまっすぐ魔王の城に向かおうとし、やはりモンスターに出会って死んだ。どうやらモンスターの出現する地点はある程度決まっているようなので、今度はそこを避けて進む。死ねばまた同じことを繰り返す。ただただ、延々と。

 そうして彩子はひたすら一歩一歩、先へ進み続けた。おそろしく単純で退屈な作業だが、彩子にとってはどうせこれまでの人生と大差なかった。


 そして、彩子は、魔王の前に辿り着いた。


「来たな勇者よ! よくぞここまで――え、君、ガチで勇者? なんかその、弱々しすぎない? 本当によくここまで来れたね?」


「あなたこそ、そこまで強くなるためには、たくさんのものを犠牲にしてきたんでしょう。仲間も大勢死んだでしょう。……それで、今のあなたのその姿は、本当に望んだ姿なの?」


 困惑する魔王に向かって、彩子はただ淡々と質問をぶつける。


「求めたものは手に入った? 世界を征服したとして、それであなたに何が残るの? 何の意味があった? そのあと、あなたは何をして生きていくの?」


「それは……その……」


「……ねぇ、教えて? 私がもし魔王だったとしたら、それで楽しいとか幸せだとか、ぜんぜん思えそうにないんだけど」


 彩子の問いかけに、魔王は遠い目をして虚空を見つめた。


「そうだなぁ……故郷の村で父ちゃんと母ちゃんと、幼馴染のあの子と一緒に暮らしてたころが、いちばん幸せだったなぁ……」


 魔王はゆらりと玉座から立ち上がり、フラフラとした足取りで、背後で煮えたぎる地獄の溶岩へと身を投げた。


 彩子はひとつ溜息をつき、魔王のあとに続いて、赤く燃える溶岩の海を見下ろした。

 そして一歩、足を踏み出す。



    *    *    *


『勇者様、万歳!』

『ありがとう、勇者様!』


 歓声に包まれ、彩子は生き返った。

 ――ゲームをクリアしても駄目だった。ならば次はこれしかない。


 彩子はつかつかと王様に歩み寄ると、その首に剣を突き付けた。


 ――勇者だから蘇生させられる。大罪人の反逆者となれば話は別でしょ。


 一瞬の静寂のあと、歓声がさらに大きくなった。


『新たな女王様、万歳!』

『ありがとう、新たな女王様!』


 年端もいかない少年少女を勇者と称して送り出すだけの無策無能な国王に、皆うんざりしていたのだ。


 女王に祀り上げられた彩子は、仕方なく魔法の研究を始めることにした。

 何度も何度も何度も魔法で蘇生されたために魔法の適性ができていたらしく、研究は順調に進み、数年後には転生の呪文が完成した。


「理論上はこれでいけるはず……。今度こそ、蘇生魔法のない世界に転生してから死んでみせる」


 自分が金髪の女によってこの世界に放り出された、あのシーンを強くイメージしながら、彩子は目を閉じた。



    *    *    *


 ――目を開けると、彩子の前にはセーラー服の少女がいた。


「あと一歩で死ねたのに、どうして邪魔をするの?」


 彩子はまた溜息をつき、少女に向かって言った。


「元の世界に戻してあげるから、寿命を迎えるまで生きなさい。それがいちばん手っ取り早いわ」

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