陽炎の追走曲 -迷いなき選択-
宵薙
例え、過去に戻ったとしても
雪が、今日も静かに降っている。
小さな窓からは、外の景色をよく見ることは出来ないが、この硝子の向こうにはきっと一面の銀世界が広がっているのだろう。
私、スィエル・キースはこの城の中でたった一人、幽閉されている。とある罪の報いを今でも受け続けているのだ。
「はぁ……冷えるな……」
痺れるような冷えが、私の指をきりきりと刺す。堪らず、私は焚いていた火の中に木片をくべる。勢いを増した炎は、私の膝をじんわりと温めていく。
暖炉の前に置いた揺り椅子にゆっくりと腰掛け、燃え盛る炎をぼんやりと見つめる。炎を見ると、思い出すのは忌まわしい記憶ばかりだ。
もう、何年も前のことになるが、私は軍の計画の材料として育てられ続けてきた。酷い暴力を受け、厳しい訓練にも耐え続けていたある日、軍は十分に育った私を生贄として、悪魔を召喚しようと考えたのだ。
しかし、悪魔は私を食らおうとはしなかった。それどころか、私に契約をもちかけてきたのだ。
悪魔と契約を交わして力を得ることに成功した私は、復讐として街を焼き尽くし――罰としてこの氷雪の城の中に、もう何年も閉じ込められている。
己の罪を、許してほしいとは思わない。血だって啜った。骨も砕いた。飢えを凌ぐために、何人も犠牲にした。
でも、と私は思う。少しだけ言い訳をしてもよい理由が、私にはある。
私は、別に殺したくて殺したわけではなかったのだ。外に出れば、孤児院で味わった屈辱はないと、甘く見ていた。でも、それは間違いだった。
――赤目を捕らえろ!!
――国のために犠牲になるべきだ。
そんな声と共に、別れを告げたはずの暴力が、私を襲った。ただ、生きたかっただけなのに。ただ、皆と同じように過ごしたかっただけなのに。
それすらも、私には許されていなかった。孤児院の外には地獄が広がっていた。赤目の人間を救いたい。私はそう思った。
幸いにも、赤目の人間達は市街から離れた場所での生活を強いられており、究極術式を行使しても問題ないほどの距離があった。だから、私は赤目以外の人間を残さず犠牲にした。
今でも、私の腕や胴体、首筋には縦横無尽に傷がはしっている。それも、全部孤児院や外で受けた傷だ。
悪魔に頼んで残して貰ったものだが、見てもあまりいい気分ではない。だが、昔を忘れないために残しているのだ。あの、屈辱的な仕打ちをいつまでも覚えておくために。
「私が、復讐をせずに……あの孤児院から出たなら。何が変わっていただろうか」
いろんな展開は思い浮かぶ。誰も傷つけずに、一人で遠くの街へ出かける事だって出来ただろう。孤児院の中で、唯一手を伸ばしてくれた友人――その子と一緒に暮らすことだって出来たかもしれない。
私が無力だったために、どれも叶わなかったが……この手からこぼれた可能性は、幾つもあったはずだ。
だが、私は一つも手にできなかった。それが、偶然だったのか。それとも、必然だったのか。今の私には分からない。
街を一面灰に染めた現実は変わらない。今さら変えようとも思わない。私には「力を得て復讐したい」という望みしかなかった。それ以外の考えや可能性は眼中になかった。
どうせ、何があったとしても私の心は変わらなかっただろう。私は、得た以外にも多くの仲間を失っている。
遠くの街に行ったとしても、戻ってきて赤目の子供達を救おうと思ったはずだ。
私にはこの道しかなかったのだ。これは、私が選んだ運命だ。だから、この罰にも耐えてみせる。
そして、いつかこの封印が解け、幽閉されているこの城から出られたなら――。
今度こそ復讐を完遂し、世界を変えてみせよう。
陽炎の追走曲 -迷いなき選択- 宵薙 @tyahiyo
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