私の師匠と弾丸里帰りの旅

砂塔ろうか

Q:三度のメシより酒が好きな男が『酒が万能薬になる加護』を手にしたらどうなるでしょう? A:借金が増えるので勘弁願いたい

「うー寒い寒い。やっぱり冬至が近いと一段と肌寒くなりますねー。師匠、お手紙届いてますよー……って、し、師匠!?」


 手紙を取りに行った隙に、師匠が死体になってました。


「生きてるよ」

「あ、師匠!」


 勘違いでした。


「……ていうか、なんで私の考えてること分かったんですか」

「お前は色々と表に出やすいからな」

「……表に? 製造魔術師の助手なんて裏方の更に裏方じゃないですか」

「そういうことじゃねぇよ。あと裏方で悪かったな」

 あ、やばっ。なんとか話題を変えないとまた師匠の機嫌が悪くなる。もうすでに悪くなってる気がするけど。もっと悪くなってしまう。

「あ! そ、そういえばその、式典用舞踏ゴーレム、もうすぐ完成するんですねー」

「まだこの世に一台きりの、プロトタイプだけどな。これから調整を何度か重ねて、量産可能にしていかないと……あと、見た目ももうちょっと良くしていく必要がある。こいつは俺らと違って、表舞台で活躍するわけだし」


 ……ダメです、もうかなり怒ってますこれ。

 ――まずい。このままでは高確率でクビになってしまいます!


「し、師匠! それはそうとちゃんと寝ないとダメですよ! 今だってすごいクマ出来てるし!」

「ん。でも平気だよ。お前も知ってるだろ、このあいだ俺が三日三晩不眠不休で『絶対に過労死しない加護』を開発したこと」


 ――たまに私、師匠が頭いいんだか馬鹿なんだか分からなくなります。


「寝るとしても、こいつの調整をもうちょい済ませてからだな。今日、王国騎士団の団長さんが作業の進捗を確認しに来るから、それまでに既知の不具合は潰しとかねぇと……なんせこいつは、表舞台で活躍するんだからな」

「し、師匠! 謝りますから、謝りますから許してくーだーさーいー!」

「はっははははは!」

「……師匠?」


 師匠は私の方に振り返って言ってくれました。


「大丈夫だよ。さっきのからかっただけだからさ」

「……そ、それなら良かったぁ」

「ところでお前、その手紙は?」

「あ、そうそう。これ師匠宛ですよ。なんか速達で来てたみたいで」

「俺に手紙? ……母さんから? まさか――」

 師匠は手紙の差出人の名を見た瞬間、血相を変えました。滅多にしない舌打ちまでして――。

「たしか、そろそろ冬至だったよな」

「は、はい」

「あと何日だ?!」

「み、三日です」

「……今すぐだ」

「へ?」

「今すぐ出るぞ! 竜車の用意をしろ!」

「そ、そんな。ゴーレムの進捗報告は?」

「代理のやつにやってもらう! 俺達はすぐ出るぞ! 理由は後で話す! ついて来い!」


 師匠の慌てる姿を見るのは、これが初めてのことでした。



「師匠のお父様を止める?」

「ああ。あの酒狂いのクソ親父をなんとしてでも止めなくちゃならねぇ」

「はぁ…………」

「どうした?」

「いえ、師匠にも家族っていたんですね」

「どういう意味だよ」


 あ、これは今度こそクビかな、と背筋が冷えましたが、師匠は私をひと睨みするだけでした。

 まあ、今はそんなことを気にしてる状況ではない、ということなのかもしれませんが。


「……俺の親父はさ、三度の飯より酒が好きなやつなんだ。それで、金があればあるだけ酒に回すようなやつでさ……しまいにゃ、借金作ってまで酒を飲むようになりやがった」

「うわぁ……清々しいほどのロクデナシですね」

「ひでぇ言いようだがその通りだ。しかも俺の一族は代々酒豪でな。つまり体質的に酒にめっぽう強いんだよ」

「あー。それはつまりいくら飲んでも身体を壊す心配がないという?」

「ま、そういうことだな。とはいえ、酔わないってわけじゃあないし飲み過ぎりゃ二日酔いにだってなるんだけど……」

「けど?」

「来たる生誕祭の日。俺の故郷の町では飲み比べ大会が開催されるんだ。これ自体は毎年のことだから別に大したことじゃないんだけど……問題は今年の優勝者に与えられる景品でな」

「飲み比べ大会の景品というと……定番はやっぱりおしいお酒とか、うわばみとかですか?」

「うわばみが景品になる飲み比べ大会がどこにあるんだよ」

「私が昔住んでた村ではそうなってましたよ?」

「まじかよ。やべーな500年前の村」

「それはさておき、で? 師匠が問題視する、今年の景品ってなんなんですか?」

「――『酒が万能薬になる加護』」

「あー……それは……」


 分かりやすく頭の悪い、酒飲みのためだけに存在するかのような加護ですね。つーかマジでなんなんですかそれ。


「お察しの通り、これを与えられた者は酒を飲めば飲むほど、疾病のたぐいは快癒し、健康になるそうだ。無論、健康体になるというだけなので、酒を飲めば二日酔いになったり酔ったりするはずなんだが……」

「それも酒を飲めば治ってしまう、と」

「そうだ。酒を飲む→酔う→酒を飲む→酔いが治る――という完全コンボが成立してしまう」

「もはやわけがわからないんですが」

「しかも最悪なことに親父はな、一昨年の飲み比べ大会で優勝してるんで既に『手から酒が湧き出る加護』を持っている。普段は『風味が悪い』とか言ってそれを使おうとはしないんだが、」

「酔い覚ましの薬代わりに手から湧き出た酒を飲めば良くなる、と」

「ああ。そういうことだから、親父の優勝を阻むために俺達も飲み比べ大会に出るぞ」

「……でも、そうなるとかなり厳しいですね」

「ああ。工房のある都から俺の故郷まで、普通なら竜車で五日かかるからな」

「しかも――」


 私は隣で同じように腕を縛られた師匠に言います。


「――こんな時に人攫いに捕まるなんて」

「三人程度ならお前のアレでなんとかならないか?」

「そうですねー。都合良く嵐や雷が起こって人攫いがいつの間にか全滅して、ついでに私たちを縛る縄も解けた――なんて展開も起こせないことはないですけど……揺り戻しが、ですね?」

「……五日の道のりを三日に短縮しようとした結果がこれだしな。やっぱダメか」

「すみません。私のは魔術や加護と違って魔力を代償にすることはできなくって……で、どうするんですか? マジで」

「……一応、さっき救援を呼んだ。あいつならきっと、そろそろ来てくれるはず――」


 その時、竜車の外で人攫いが声を上げました。


「あぁ? なんだテメェ――グハァッ!?」

「うおぉ!? よくも、よくも弟を――ヴッ!」

「ふっ、貴様、中々の武人らしい。いいだろう、ならば人狩り三兄弟の長男、首狩りの――あ、ちょ、人の話は最後まで――ギャ――!!」


 三人目の悲鳴が聞こえてから間も無くして、竜車の貨物室の戸が開きました。


「すまない。遅くなった」

「師匠、誰ですかこのイケメン?」

「俺の幼馴染だ。ああ、ありがとう。助かったよ」

「構わないさ。ところでお前、なんでこんなとこで竜車に乗せられてんだ?」

「この竜車は俺のだよ。なぁ、お前。もし暇だったら、ちょっと付き合ってくれないか?」

「ん? よくわからないがいいぜ。お前の頼みだしな」


 そんな感じで私たちの旅に新たなメンバーが加わりました。



 師匠の幼馴染のイケメンさんのおかげで、私たちの旅は一気に進みました。

 私が短期間で都合よく師匠の故郷に到着するよう願って、『不幸を吸引する加護』を持つイケメンさんが、揺り戻しを受ける――そんな、良いんだか悪いんだかよくわからないコンビネーションでどうにか、私達は笑えたり笑えなかったりする不幸に見舞われながらなんとか、師匠の故郷の町にたどり着いたのでした。

 ――しかし。


「クソッ!」


 町に着く頃にはもうすっかり夜も深まっており、時間的にはもう、飲み比べ大会が終わっていてもおかしくはない状況でした。


「まあ待てよ。まだ、諦めるのは早いんじゃないか?」

 イケメンさんが言います。

「……ああ、そうだな。お前の言うとおりだ。飛び入りでも何でも、いまから参加できないか交渉してやる――!」


 叫び、師匠は飲み比べ大会の会場があるであろう町のシンボル、「酔いどれ剣士像」の設置されている中央広場へと駆け出しました。

 もちろん、それを私も追いかけます。


「あれ⁉ あなたは行かないんですかー?」

「僕は下戸でね。ここから応援しているよ」

「そーですかー! ありがとうございまーす!」


 雪の降る町は肌寒く、その中を走るというのは、まるで見えない刃が次々に肌を切り裂くかのよう。

 ……息が、苦しい。

 いまにも肺が凍てついてしまいそうです。

 でも、ここで止まるわけにはいかないから――!

 永き眠りから私を解き放ってくれた師匠に、少しでも報いるために――



「今年の飲み比べ大会、優勝は、1024本のボトルを開けた、ルストラシュ・メーニアット・フルルクス・ケイ・マルシー! なんということでしょう! 自称魔王のこの少女が優勝してしまうなんて!」



「おい、帰るぞ」

 いつの間にか私の前に来ていた師匠が言いました。

「おや? そんなすぐに引き返してしまっていいのかい?」

「ああ。どうせ今やってる仕事が終わったら都の工房は破棄するつもりだしな」

「ふぇ!? 初耳ですよ師匠!」

「そりゃ言ってないんだから。……元々、都に工房を構えたのは自分の実力や程度を測るためだったんだ。それも、国から依頼をされたことで十分なものになっていることが分かった。来春からは、生まれ故郷のこの街で工房を構える。

 だから、さ」

 師匠は私の手を握ってくれました。私の、ひどく冷たい手を。

「お前も、ついてきてくれるか?」

 ――その、不安そうな目を見せられて、断れる人間が一体どこにいるのでしょうか。

「……まったく、しょうがないですね。師匠は」

 師匠の顔が綻ぶのを見て私は、とても、嬉しく――


「いい雰囲気になってるトコ悪いんだが、とりあえず急いで都に戻ったほうがいいんじゃねーのか? 国からの仕事、まだ片付いてないんだろ?」

「…………」

「…………」



 帰りは行きよりもずっと速く、およそ二日足らずで都に戻れました。が、イケメンさんが請け負いきれなかった揺り戻しが一緒になった結果か、雷に撃たれて、私達の工房は全焼していました。ゴーレム? それはもう、跡形もなく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の師匠と弾丸里帰りの旅 砂塔ろうか @musmusbi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ