僕は未来に繋がっている

常盤木雀

未来は

 見慣れた道を車で走っていた。

 久しぶりの帰省。無駄に広い道路は交通量が少なく、両脇に広がる景色は相変わらずのどかだ。毒々しい色の看板も、鬱陶しいほどの信号機もない。この道を走る旅に、僕は「もっと頻繁に帰って来よう」と思う。

 運転しながらお気に入りの曲を口ずさんでいると、ふと見知らぬ建物が見えた気がした。

 どこかの家が建て直したか、新しい家ができたのか。それとも店だろうか。通り過ぎてしまったが、どうにも気になった。

 ――引き返してみよう。

 戻って確認すれば、もしかしたら久々の景色での勘違いだったと分かるかもしれない。もしくは、新しくできた店であれば、実家での話の種になる。


 他に誰もいない広い道路で、Uターンをした。



 車を走らせて数分も経たないうちに、異変に気付いた。

 初めは少しの違和感だった。


「Uターン、したよな?」


 独り言をすれば、余計に不安が高まった。

 先ほどまで走っていた道と、流れる景色が違う。

 もちろん、進行方向が逆になったのだから、全く同じわけはない。そのくらいは僕も承知している。そういう差異を考慮した上で、何かが違うのだ。

 例えば、民家が古びているように見える。向きが変わったから、こちら側から見ると古かったのかもしれない。

 例えば、畑に作物が植わっていない。しっかり見ていたわけではないから、元から何も育てていない土地だったのかもしれない。

 例えば、街路樹の緑がやけに繁っている。これほど緑ではなかったような覚えがあるが、自信はない。

 どれもはっきりと断言はできず、気のせいなのかもしれなかった。



 周囲を眺めながら走っていると、突然動物が道路に飛び出してきた。

 慌ててブレーキを踏む。

 停止した車の前でその動物は立ち止まり、こちらを向いた。猫だった。


「もう行って良いんだよ」


 車の中から声をかけるが、猫は動こうとしない。何を考えているのか、じっとこちらを見つめている。びっくりして固まっているのとは違う、何か意志をもって動かないように見える。

 こうなった猫は、身の危険を感じない限り動こうとしない。僕は実家で猫を飼っていたため、猫のこういった行動にはよく困らされていた。対処方法は、人間が譲る、または待つ。それだけだ。

 猫を避けて車を動かそうとして、僕は目を瞠った。

 車は、猫たちに包囲されていた。



 待つこと十五分。予想に反して、猫たちは全く去ろうとしない。

 フロントガラスに寝そべる猫の腹を見ながら、僕はそろそろ待つことに飽きていた。

 そっとドアを開けると、たくさんの目が見上げてくる。


「にゃ」

「にゃあ」

「みう」

「なんっ」


「ごめん、何が言いたいか分からないんだ。とりあえず車から離れてくれれば危ないことはないから」


 車から降りる。

 よく見ると、猫というには疑問の残る動物も混ざっていた。

 どことなく犬のような猫や、キツネの面影のある猫。この辺りは個性かもしれない。しかし、鶏のとさかのようなものが頭にある猫や、鹿のような角が生えた猫などは、果たして猫といえるのだろうか。


 近づけば怖がって逃げるだろうという目論見は外れた。

 足の周りにぴったりとくっつかれ、ぐいぐいと押される。ぎっしりと猫が集まった中で、僕は猫に押されるままに動くしかなかった。一度足を引き抜いてしまえば、猫を踏みつける以外に足の置き場がなくなりそうだったのだ。また、猫の波に逆らい続けてその場に立ち尽くすというのも、難しかった。


 猫に導かれるまま、民家の庭に入った。

 もし住人に会ったらどう挨拶しようかと、心の中で何度もシミュレーションした。

 怪しい者じゃないんです、ちょっと猫に連れられて来ただけで、すぐ去りますから。……こんにちは、勝手に入ってすみません、ちょっと猫のせいで。……こんにちは、猫に拉致されて来たんです、助けてもらえませんか。

 どれだけ考えても、怪しい男だった。第一、猫を引き連れて歩いている時点で不審だ。実際は猫に連れられているのだが、仮にそうだったとしても不審さの度合いが上がるだけだ。


「連れてきたか」


 人の声が聞こえて、庭を見回した。

 人はいない。いつの間にか猫たちは僕の後ろにいて、僕の前には一匹だけが向かい合うように座っていた。

 目の前にいる猫は、妙に人間くさい顔をしており、じっと僕を見ていた。


「人間だな?」


 声は目の前の猫から発されているようだった。



 まじまじと猫を見ていると、座るよう促された。

 腰を下ろすと、猫は「少し目線が近くなった」と嬉しそうに耳を震わせた。


「さて、君は人間なのだね」

「はい、人間です。あなたは猫なのですか」


 僕は、もうわけが分からず、成り行きに任せることにした。

 人間の言葉を離す猫など、聞いたことがない。そもそもここに至るまでの経緯も不思議なのだ。抵抗のしようがない。


「私は猫である。しかし少し人間も混ざっている」

「どういうことですか」

「その前に、まずは謝罪しよう。君を巻き込んでしまって申し訳なかった」


 僕は瞬きをして、説明を待った。


「君は我々の実験に巻き込まれて、時をこえてしまったのだ。申し訳ない」

「時を超えた? 猫の実験で?」

「順番に説明しよう。君が生きている時代のもう少し先で、この地球は我々猫が頂点に立つようになった。かつての人間のように、だ」

「猫に、人間が負けた?」

「猫を甘く見すぎたのだろうな。我々の先祖が人間を排除するのは、簡単なことだったという。支配下に置いて共存する道もあったようだが、どこかで諍いが起きたようだな」

「それで、猫の世界に」

「そうだ。しかし我々は、猫以外、異種族への愛を貫く者を否定はしなかった。私は人間の血が混ざっているし、そこにいるのはペンギンが混ざっているらしい」

「人間と、猫の、子」

「その子孫だ。君の匂いはどうやら我々に近しいようだ。君か、君の子孫か、誰かが我々の仲間と親しくあったようだな」

「僕が」

「そういったわけで、人間の言葉の分かる私が説明役を引き受けたのだ。巻き込んでしまって申し訳なかったが、ちゃんと元の時代に戻すから許してほしい」

「……戻れるんですか」

「もちろんだ。もともと、過去の時代に助けられなかった仲間や異種の者を救うための実験だからな。そろそろ準備が整うから、もう一度車に乗って、またUターンして走ると良い」

「……はい」


 僕は頭がぼんやりしたまま、言われるがままに立ち上がり、車に戻った。

 道端では、たくさんの猫が並んで僕を見守っていた。


 ゆっくりと車を動かし、向きを変える。




 実家には無事に着いた。

 道中のできごとは、整理できずにいる。きっと、運転の疲れから変な夢でも見たのだろう。事故を起こさなくて良かった。帰りはときどき休憩を挟みながら運転することにしよう。

 玄関を開けると、飼い猫のおもちが出迎えてくれた。


「ただいま、おもち」


 抱き上げて、ふと人間のような猫の言葉が脳裏に浮かぶ。

 もしあの言葉が本当なら、僕か僕の子孫は、猫との愛を選ぶのだろうか。そして猫に愛されるのだろうか。

 あれは夢だ。でも、もしかしたら。


「なあ、おもち。お前、僕のことが好きか?」


 尋ねながらふかふかの体に頬擦りしようとすると、肉球を押し付けられ、やんわりと顔を遠ざけられた。

 おもちは、嫌そうな顔をしていた。


「そうだよな、やっぱりそうだよな」


 おもちは身を翻して、廊下を走っていった。

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