ユーターン・アイターン

阿井上夫

本文

「時間を巻き戻す装置を発明しました」


 そう部下から言われた上司は、複雑な表情になった。

 前々からどうも何かおかしな動きをしているとは思っていたが、まさかタイムマシンを作っているとは思ってもいなかった。

 極めて優秀な部下であり、

「彼であればそのくらいのことは成し遂げるかもしれない」

 という確信がある一方、生真面目な変り者で、何をしでかすか分からないあやうさもある。

 ともかく彼は融通がかない性格で、特に話をしていると言葉の使い方に偏執狂へんしゅうきょうのようにこだわるので、そのため同僚も煙たがって誰一人近づこうとしない。

 上司も内心は鬱陶うっとうしくて仕方がないのだが、職務上仕方がないので話を聞いていたところ、どうやら他にまともに相手にしてくれる者がいないらしく、真っ先にやってくるようになった。

 その日もそうである。

 今からデモをするという話なので、ともかく上司はその場に立ち会うことにした。


 *


 彼の研究室に行ってみると、部屋の真ん中には白くて四角い電話ボックスのような箱が置かれていた。

 箱に取り付けられた扉が大きく開いており、中が丸見えになっていたが、そこには何も置かれていない。

 いさぎよいほどにない。

 そこで上司は素直な感想を言った。

「なんだか素っ気ない、豆腐みたいな装置だな」

 多少嫌味のような響きが含まれてしまったが、部下は動じない。

 平然とした顔で、

「外見は大した話ではないです。この機械の中に入れば、今のままの姿で確実に時間をユーターンできます」

 と言い切る。

 そこで、

「本当かね? UターンじゃなくてIターンじゃないのか? まあ、それでも凄いが」

 と、言葉にうるさい部下が言い間違えるはずもないと思いつつ、上司がそう尋ねてみると、

「いえ、アイターンではなく、あくまでもユーターンです」

 と、部下が生真面目な声で言ったので、上司は鼻白はなじろんだ。

 しかしながら、ともかく成り行きを見守ることにする。

 部下は、

「この装置は、時間の遡行時そこうじに影響を受けないように、特殊な力場を内部に発生するようになっておりまして—―」

 という話をしながら、壁際に追いやられたいくつかの装置の電源を入れてゆく。

 上司はそれを半信半疑で眺めていたが、そこであることに気がついた。

 周囲に置かれた装置から、豆腐のような電話ボックスのようなタイムマシンにつながる線は、一本もない。

 念のため周囲を一周してみたが、やはり一本もない。

 そこで上司は部下に、それが意味するところを問いただそうとしたが、

「それでは実験を始めます」

 と言って、彼がタイムマシンの中に入ってしまったので、聞きそびれてしまった。

 周囲の装置の作動音は高まってゆく。

 しかし、タイムマシンの中にいる部下は何をするでもなく、ただ立っている。

 上司はどうすることもできずに、扉の向こう側にいる彼を見つめる。

 そして―—やっと上司は、扉に書かれている文字に気がついた。


「You Turn」


 先ほどまでは、扉が大きく開かれていたので気がつかなかったが、そう書かれている。

 それを見つめながら、上司は先ほどの彼の言葉を思い出していた。

「時間の遡行時に影響を受けないように、特殊な力場を内部に発生」

 彼が言い間違えることはない。

 だからあの装置は内部に力場を発生させて、時間遡行の影響を受けないようにするためのものに違いない。

 それに、彼が書き間違えるはずもない。

 そうすると、ターンするのは「You」である。「I」ではない。

 そのことに気がついた上司は、とっさに近くにあった装置に手を伸ばしたが、すでに遅い。


 部下が入っている箱——タイムマシンの影響を受けないようにする装置を除き、周囲のすべてのものが時間の遡行を開始した。


( 終わり )

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ユーターン・アイターン 阿井上夫 @Aiueo

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