あずさ17号

ritsuca

第1話

 運行し始めて2年も経たない車両は、草臥れた様子もなく、けれど新しい臭いがするでもなく、私を飲み込んだ。

 なんだかとても疲れてしまって、ぐるぐると渦に沈み込むひと月を過ごして、友だちがいないわけではないと思いたいけど、かと言って急に会いたいと連絡するには遠慮してしまって、気づけばこの車内。2年ぶりの帰郷になる、はずだ。

 仕組みが変わってややこしくなったのよと母からは言われていたものの、スマホから発券なしの予約ができるようになったのはありがたい。最寄り駅から乗った電車の車内で乗り換え検索をしてほどよい時間の指定席をポチポチと予約して、乗り換えを1回、2回。わざわざ改札外に出て指定券を発券しなくてもよくなって、ICカードでそのまま乗り継いでいけるようにもなったおかげで、乗り換え検索の案内どおりにホームに降り立って、そしていま。

 時刻は昼過ぎ。車内販売情報を確認し忘れていて、弁当はない。弁当の販売はないとのアナウンスに、ぐうと腹が鳴る。駅の売店に寄る程度の時間はあったので、寄っておけばよかったなとまさに後から悔やむ後悔。

 車窓を流れる景色の速さは記憶のそれより速いような気もするが、一方で、記憶のそれより揺れないような気もする車体に、不思議だなと思う。技術の進歩すばらしい万歳ありがとうと手放しに喜べなないのはまだ渦から抜け出しきれていないせいなのか、疑い深い性格故か。

 周りとの違和感を覚えるようになったのは、小学生の頃。中学生の頃はひたすら違和感の嵐で、高校生になると違和感を感じる場面と感じない場面のそれぞれがあった。違和感を感じない場面の大半を過ごした友人たちと同様に大学進学に合わせて家を出ることを決めて、そのまま就職。大学に行っても違和感が消えることはなく、就職先でむしろ増発。そして、渦。

 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる毎日毎日螺旋階段を一段一段降りるように渦の中を下へ、下へ。

 疲れたね。疲れたよ。

 窓枠に凭れて、流れる景色を見るともなく視界に入れる。進むごとに山が近づいては遠ざかり、トンネルに入っては出て、街をすぎて町へ、町を過ぎて街へ、そしてときどき駅へ。ひたすら通過駅を見送り続けて、先へ、先へ。

 写真を見ても山の名前のひとつも言えないのに、流れる景色に増える山々に、ゆるゆると引き上げられる。あんなに違和感だらけだと思っていたのに、それでもきっと、私が「ふるさと」と呼ぶ場所は生まれ育ったあの町なのだろう。

 引き上げられて、ほどけて、線になって、点になって、ブラックアウト。


 着いたらこの空腹をおさめて、それからどこに行こうか。今日は日曜日でお休み、明日は月曜日でやっぱりお休み、明後日は火曜日で出勤。今日のうちに帰ってもいいし、明日帰ってもいい。少しの贅沢で自由で、渦からの逃避。

 きっと明日にはまたいつもの6畳ワンルームでお気に入りのお茶を飲んで、明後日は職場で笑みを貼り付けて、渦。それでも私が選んだ場所だから。


「ただいま」


 降り立ったホームに呟いた言葉は、冬の冷気に融けた。

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あずさ17号 ritsuca @zx1683

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