第6章 異変
「へっくしゅっ…寒い…」
この森を抜ければ聖坂の社に着く。日向さんに話さなければいけないことと、聞かなければいけないことがある。
ガサガサッ…
後ろから飛んできた短刀を咄嗟に避ける。続けて投じられる短刀を避け続け、その中の一本を投げ返すと、カンッと、木に刺さる。
「随分と派手なお出迎えですね。日向さん。」
語りかけると、木の裏から日向さんが出てくる。
「貴方はいつまで経ってもその他人行儀な呼び方をやめないのね。兄妹同然でしょう。」
短刀を回収しながら言うが、その兄妹同然の相手に短刀を投げつけてきたのは何処の誰だよ…と、思いながらも俺は月音さんの症状を書き留めた紙を日向さんに渡す。
「…なにかしら、これ。」
「今回の月音さんの症状を書いたものです。読んでください。」
それを読み進めるごとに、日向さんの表情は険しくなる。
俺の嫌な予感は当たってしまったようだ。
「お聞きしたいことがあります。昔、母から、水知様には蛇の血が入っていると聞きましたが、本当でしょうか。」
「えぇ、本当よ。でも姉さんにはほとんどうちの血は継がれていないはずなのだけれど。」
そうだ、そのはずなのだ。
月音さんへの聖坂の血はかなり薄いはず。だから幼少期の傷の治りは人より遅かった。
だがどうだ?今は日向さんの治癒力に勝るとも劣らない。
それに毒もほぼ効いていない。
「日向さん。こんなこと考えたくもありませんが…その…これは」
「「先祖返り」」
「でしょう?。よくある話よ。血が薄かった神子が何らかの出来事をきっかけに、最初の遺伝子により近く、血が濃くなってしまう現象。」
やはりか…考えたくはなかったがこれは…かなりまずい。
帝にバレやすくなってしまう。
月音さんが月に連れていかれ、跡を継ぐなんてことになればここら一帯の地は生物が住める場所ではなくなってしまうし、日向さんを抑えられる人も居なくなってしまう。そんなことになればこの地だけじゃなく地球が終わる。
「何を考えているのか知らないけれど、最近姉さんの心が読めなくなってきたの。読まなくてもわかることは沢山あるけれど、少し不安よね。帝、もう気づいているんじゃないかしら」
「気づいていたら俺の家にいる月音が危ないが。」
「大丈夫よ。仁がいるでしょう。あの子、ああ見えてしっかりしてるわよ。あなたの家にいるのは知ってるから分かるけど、知らなきゃ私でも、姉さんの場所を辿れないわ。結界でも張ってるんじゃない?」
仁がしっかりしているのは分かっている。だが問題はそうじゃない。仁だって人だ。いくら輝夜様に育てられたとはいえ限界はある。俺にだって限界がある。
どうすれば…
「なぁ日向…聞きたいん」
「黙って。」
黙ってと言われてしまった。傷ついたが直ぐにその意味がわかった。
俺と日向以外に誰か、もう一人いる。
日向が俺に背を向けたので、俺も日向に背を預け、互いに武器を構えた。
『そないけったいなモン出さんでよ〜。別に戦いに来たんとちゃうんやから。』
「誰だ。」
ソレがこちらに歩いてくる音がする。木々が枯れ、ソレが踏みしめた地面が干からびる。
日向がボソリと俺に告げる。
「鬼だ」
鬼…?よりにもよって今遭遇するとはつくづく俺はついてない。
『誰や言われてもなぁ…そっちが名乗るんが先とちゃうの?』
なんだコイツかなり性格悪い。
そして、かなり人とは違う容姿だ。正直鬼を見るのは初めてだが、一言で言うなら嫌な見た目だ。そんなことを考えていたら日向がこちらを向き、俺の隣に立った。
「私は水知の日向だ。こいつは諏佐野だ。」
日向がソレにそう告げるとソレは驚いた顔を見せる。
『なんや!諏佐野ってまだ生きとったんかいな!!世の中不思議なもんもあるんやなぁ…。水知と月に呪われてたんやろ?大変やったやろ〜』
げらげらと笑いながら言うそいつに腹立たしさを覚えるが、日向は至って冷静だった。
武器は離さず、だが話はしっかりとするつもりでいるようだ。
「こちらは名乗ったが、お前は名乗らないのか。」
『そやったそやった。僕の名前は棘。トゲって書いてオドロって読むねん!かっこええやろ〜』
人であればとても無邪気な笑顔に見えるが、この棘と言うやつがこんな笑みを浮かべると不気味でしかない。
「なぁあんた、ここに何しに来たんだ。」
俺はそいつにそう言った。だがそいつは答えない。
こいつなんなんだ。
無視はないだろう。女としか話すつもりないのか?ただのたらしか?もしそうなら俺はキレてしまいそうだが。
『うーん。月音ちゃんって知らんか…っって!?』
日向が短刀を投げた。
俺は日向を止めようと日向の方を見たが、これは止まらない。
そう一瞬で察してしまうほど、日向の表情は怒りに満ちていた。
「姉さんには何の用だ。答えによっちゃ私はお前を殺す。」
そう言いながら日向は構える。
もう止められない。俺に出来るのは、双方が死なないように結界を張る準備をすることぐらいだ。
意識を集中させる。気の流れを感じ取って、それを捻じ曲げる。二人を渦巻く気が相対するように、必ず受け止めないように弄る。
『別に何かしようって訳じゃないんよ。俺は。』
「俺は?どういうことだ説明しろ。」
日向が距離を詰めようとするので止める。
「邪魔するな。姉さんを守るのは私しか」
「その月音を守るために止まれって言ってるのが分からないのか。」
そう言うと日向は動きを止める。
それと同時に棘は干からびた地面に座った。
そして俺達に巻物を投げる。
『それあげるわ。書いてあること掻い摘んで話すとやな、須ケ原と冴木が動くってことやな。』
俺はさっぱり分からないが、日向の様子がおかしい。
青ざめ、震えている。
「…おい…日向?大丈夫か…?」
「須ケ原と言ったか。棘とやら」
震える声で日向が棘に近寄る。目の前まで行くと、日向も地面に座った。
『あんた僕に近づきすぎると死ぬで』
「そんなことどうでもいい。須ケ原、と言ったかと聞いている」
巻物を読み、俺も震えてしまう。かなり危険だ。日向が怯える理由もわかる。
『そうや。須ケ原 水岐。初代水知にして神を自ら辞めた馬鹿げた女や。そいつが鬼の飾と月音ちゃんを探してるってことや』
「初代が…姉さんを…」
その須ケ原が、月音を探していて、探す理由は月を得たいからで。
月音は帝の血を引いていて、帝は月音を探している。
須ケ原は帝と月音を殺すつもりで…。
『つまりは、月を乗っ取るつもりでおるっちゅーことやな。』
「だとして、なんで君がそれを私達に教える?君は何者ですか。」
その通りだ。棘がそれを知っていたとして、わざわざ俺たちに教えに来る理由がない。
『そんなん理由なんて一つに決まっとるやろ。俺は鬼の頭領や。俺らからして神殺しは御法度やし、そもそも須ケ原も飾も、異血の鬼や。ここら治めてる俺からすると邪魔でしかない。それに…』
棘が言い淀む。
こいつの言い分を信じるのならば、こいつを仲間に引き入れることが出来るかもしれない。
「理由は分かりました。つまり君は初代とその異血の鬼を殺したいと。違いますか?」
『その通りや。』
「手を組みましょう。私達は姉さんを守るために須ケ原と飾を殺す。そして帝も殺す。君は縄張りを荒らす異血を殺す。目的はほぼ同じでしょう?」
『あんた、神様のくせに鬼と手組むんか。』
「目的は同じですから。恐らく暁も同じ意見でしょうし。」
俺は頷く。そのいけ好かない奴と手を組むのは嫌だが、そんなことを言っている暇はない。
真剣な表情をする日向を見ていると、急に棘が笑いだした。
『あっはっはっは!!!あんたらほんまおもろいなぁ!!神と人間が、鬼の頭領と手ぇ組むって聞いたことないで!?』
「そりゃあ前例のないことをしているんですから聞いたことないのは当たり前でしょうに。」
日向が立ち上がると、棘も立ち上がった。
あの無数の目と角を見る度に、あいつが人間でないことを認識させられる。
そして、俺は恐怖を感じてしまう。あんなちゃらちゃらとしているが、あいつの気は尋常じゃない物だ。鬼とは言うが、力はほぼ神と変わらないだろう。
『よっしゃぁ!その話、俺ら噛ませてもらうわ!!姉ちゃん気に入ったし、なんかあったらいつでも言うてくれな!』
そう言って棘は日向に手を差し出すが、日向はそれを跳ねのける。
予想していなかっただろう出来事に、棘は目を丸くさせる。
「お言葉は嬉しいですが、私男が嫌いなので。触れないでもらってよろしいですか。」
俺は棘が怒らないかヒヤヒヤしたが、そんな心配は必要なかったようだ。
棘は目をハートにさせている。
あぁ…こいつそういう奴なのか…
『俺冷たい女の子だいっ好きやねん!!惚れたわ!!結婚しよ!!!』
「嫌です気持ち悪い。」
心底嫌がる日向とまとわりつこうとする棘。さすがに日向が可哀想なので止めに行こうとした。
「暁、来ないでください。」
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俺まで嫌われたのだろうか…?
「棘を見て気づかないのですか。こいつは生物の命を奪います。」
そういえばそうだ。こいつが来た時、ありとあらゆるものが枯れていた。なるほど、日向だから大丈夫だったのか。
『すまんなぁ…どうにもこれ。抑えられんくてな』
困ったように言う棘に俺は提案をする。
「それなら家に来てください。完全にとはいかないかもしれませんが、抑えられるかもしれません。」
目を丸くする棘と、理解したような顔をする日向。
棘の生気を奪う力を抑えるために、棘に結界を張り、俺は二人を連れて家に帰った。
『水面の月』 小鳥遊 月兎 @Tuki_0821
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