第5章 再会、思うは貴女一人。
黄昏時、草を踏み分ける足音がした。あぁこの匂い。そう、この匂いだ。
飾が来てくれた。やっと、会いに来てくれた。
「水知様、いらっしゃいますか?」
鈴の音のような美しい声色。あの時と比べたら低くはなったけれど変わらず美しい。こんな美しい声を持つ人間に会うのは初めてだ。
『待っていたぞ。ずーっと。』
驚かせるために後ろから声をかけたら、飾は振り返って妾を抱きしめた。
「ずっと…ずっと会いたかった。」
思わず赤面してしまう。
綺麗な髪…背も大きくなって…妾より大きいのではないか…?
『ん…どうした?飾…君はそんな子だったか?』
少し笑いながら言ってみたが、離れもしないし、むしろ強く抱きしめられた。
「名前…覚えていてくださったんですね。」
驚いた。そんなことを気にしていたのか。忘れるはずがない。だってこの子は
『忘れるわけがないだろう。妾の愛し子の名を忘れてどうする?』
肩を掴まれ少し離れると綺麗な澄んだ瞳で見つめられる。なんて顔をしているんだこの子は。
「い、愛し子って…」
小さな声でそう告げる。耳まで真っ赤になって
愛いなぁ本当に…とても愛い。
あの時この子を選んで本当に良かった。
『そのままの意味だが?妾がここまで愛した人間はこの世界には存在しない』
ケラケラと笑いながらそう告げると、飾は片膝をつく。
何か気に触ることをしてしまっただろうか?
「水知様、御無礼な事をしてしまうのをお許しください。」
と言うと妾の手を取りその甲に口付けを落とした。
驚いた。こんなことが出来る子だったのか。
気が昂って、つい、水を放出してしまう。制御しようとした時、異変に気づく。
飾に向けられる鋭い形を成した水が瞬く間に変形し彼岸花の形を成したかと思うと忽ちそれは凍りつく。
「ねぇ、水知様。僕と一生を添い遂げてはくれませんか?」
あぁこんな…こんな素敵なことが起きるなんて!!
妾と同じ様に水を操るだけでなく凍らせることも出来てしまうなんて…!
力の量は妾程ないかもしれないが、それでも人にしては十分すぎるものだ。
色んな神からの見合いを片端から断っておいてよかった。
妾から言うはずが先に言われてしまったが、こんな素敵な言ひ名付け…断るわけもない。
『そのために君をここに呼んだんだ。本当に、成長したな。飾。』
嬉しさのあまりか、目から何か温かいものが流れる。
涙か。久しいな。こんな…涙を流すなんて。
「泣かないでください。」
そう言うと私を優しく抱きしめた。昔は私に抱きしめられていたのに、人の成長は早いものだ。
『なぁ、飾。君は私の名を知っているのか?』
キョトンとした表情を見せる。言ってもないのだから知るはずもないか。
「教えてくださるんですか?」
嬉々とした顔、キラキラと輝く目で妾を見据える。この辺りはまだ子供だなと思うと思わず笑みがこぼれる。
『妾の名は、須ケ原 水岐。ミナギ、と呼んでくれていいぞ。』
飾の頭を撫でる。純白でふわふわとしているが真っ直ぐな髪。見惚れてしまう。
「水岐…様…」
小さな声でそう呼ぶ。
あぁ本当に愛おしい。だが、飾には様付けはされたくない。
『水岐だ。妾を君のものにしたんだ。様付けはおかしいだろう?』
そう言うと、飾は小さく、だがハッキリと
「水岐。」
妾を呼び、そして強く抱き締めた。
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あの後、僕と水岐さんは口付けを交わし、その日は眠りについた。
あれから数ヶ月、未だなんの進展もない。あるとすれば彼女の口調が変わったことくらいだろうか。前までは神らしい話し方だったが、今は人らしい話し方をする。まぁ僕は一緒にいられるだけで死ぬほど幸せなので進展なんて無くていいのだが、ひと月に二日ほど、水岐さんからとても甘い匂いがする。そういう日に限って水岐さんは僕に沢山触れる。本人に自覚はないようだが、正直襲いそうになるのでやめて欲しい。
とても人間らしい方ではあるが、それでも神様だ。襲うなんてこと出来ない。未だに口付けも死ぬ覚悟でしているのに。だから今日こそは言おう。今月のこの二日間は触れるのを我慢して欲しいと。
「あの、水岐…さん」
僕を見つけた水岐さんは飛びついてくる。
『なんでまださん付けなんだ?』
呼び捨てはやっぱり無理だと何度も言ったんだが、どうしても呼び捨てして欲しいらしい。
そして今日はいつにも増して甘い匂いがする。
「その…水岐。大事な話があるのですが…」
『妾…なにかダメなことしたか?』
いや、していないと言うと安心した顔を見せる。ダメなことしてても僕はなんとも思わないのだが…まぁいい。
「あの…水岐って…発情期みたいなもの…あるんじゃないですか?」
『あるぞ?』
????
あるのか??いやあるんだろうが…あるということは自覚していたのか…。まぁそりゃそうか。
「その…今がそうでしょう?」
恐る恐る聞くと頷いた。
時期もわかっていて僕に近づいていたのか…
我慢するこっちの身にもなって欲しいが、我儘を言うわけにもいかない。
「時期がわかってるなら…その期間、あまり僕に近づいて欲しくないんです。」
そう告げたはずなのだが水岐は僕に引っ付く。
僕はしっかりと伝えられなかったのだろうか?
『妾、待っているのだが…?』
腕を絡めて上目遣いでこちらを見る水岐。上を見た際に甘い匂いがキツく香る。こんなの、我慢できるはずがない。
僕は水岐を押し倒した。
「こういうことですか?」
また一段と、甘い香りが強くなる。水岐は頬を紅潮させ、熱い吐息を漏らして頷く。
髪を踏んで痛めないように首元辺りから左右に分けてやる。
胸の包帯は解くにはもどかしいので氷の刃で切り裂く。
水岐はこういう体験をしたことはあるのだろうか。そんなことを考えながら水岐の口を塞ぐ。
もししたことがあったとしたら、そう考えると嫉妬で気が狂いそうになった。水岐との口付けはいつも血の味がする。彼女の唇はいつも割れているからだ。彼女とのそんな口付けが僕は好きだが、これを他に体験した奴がいたら…
『飾…?どうした?』
不安げな顔で僕を見る水岐。
もしそんな体験を、他の誰かとしていたとしても水岐は悪くない。
そもそも神様なんだ。僕が全部独占するなんて無理な話なんだ。
「なんでもないです。すみません。不安な気持ちにさせてしまって」
そう笑いかけるが、水岐は不安げな顔のままで、どうしたらいいか分からなくなってしまう。
『…その…何か…えっと…』
モジモジして何かを言い迷っている
もっと淡々とことを進められたらよかったのだが…
「どうしました?」
『…妾…交わるのとか…初めてで…』
初めて…?今、初めてと言ったのか…?
つまり僕とするのが初体験と…?
「あんなに僕を誘っていたのに?」
悪戯な笑みを浮かべる僕に水岐は恥ずかしそうにする。
それを見て、本当に初めてなのだと察した。
「神様でも人間みたいに恥ずかしそうにするんですね」
『当たり前だ!したことないことは神であろうと何だろうと怖いものだ!!』
怖い。そうか、やっぱり怖いよな。
せめて、痛くないように出来ればいいのだが、僕にそんな知識もなければ技術もない。
「水岐。できる限り優しくはしますが、痛かったらごめんなさい。言ってくれたらやめるので、ちゃんと言ってくださいね」
意を決したような顔をしてこちらを見上げる水岐の頭を撫でながら、足を開かせる。
そういえば水岐って…その…履いていないんだよな。
今まで襲われなかったのが不思議だ。
「挿れますよ?」
頷く水岐を見てゆっくりと少しずつ挿入する。
『いっ……』
痛がる様子を見て僕は動きを止める。
やはりやめた方がいいだろうか。
「すみません。痛いですよね…やめますか?」
抜こうとすると水岐は僕の腰に足を絡ませる。
動けなくなった。というか抜けなくなった。
『…やだ。やめない。』
涙で潤む目を僕に向けて、手を伸ばす水岐。
その瞬間、僕の中の何かがプツンと音を立てて切れた。
「わかりました。その代わり…その、我慢できそうにありませんので、僕の肩でも噛んで我慢してください。」
そう言って一気にモノを突き立てた。声にならない声をあげて僕にしがみつく水岐が愛おしくてたまらない。肩に噛みつき血が流れる。でもそんなこと気にならない。
神とか人とか、今更もう関係ない。それで水岐が怒って僕を殺すなら。僕はそれでいい。
今はただ、僕に縋るしかない水岐を独占できることに喜びが隠しきれない。
動き続けていると、水岐の声が、痛みに耐える声から嬌声にかわる。
「気持ちいいですか?」
そう問うと、喘ぎながら頷く。
可愛すぎる。誰にも渡したくない。ずっと僕の腕の中にいればいいのに。
『っ…あっ…のさ…っ』
喘ぎながらも話しかけてくる水岐僕は動くのをやめない。が、話は聞く。
『ずっと…さびし…かった…っ』
思わず止まる。
水岐が?寂しい?
「どういうことですか」
『飾に会うまで…こんなことなかった…。飾に会って初めて、寂しいという感情を知ったんだ…』
そうか…十年も待ってたらそりゃ寂しいか…そうだよな。
僕は水岐を抱きしめた。
「水岐…愛してます。とても。」
『愛す…そうか、そうだな。妾も愛している…飾。』
そう告げて、口付けを交わし、二人共に果て、その夜は眠った。
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朝になって、妾は目が覚めた。飾は眠っている。
外に出て水浴びをする。陽の光がが眩しい。
水が妾に昨日の出来事を告げる。
飾の村が焼けたそうだ。
そうか。と、一言水に告げると、水の記憶は妾に入ってこなくなる。
まだ燃えているのだろう。舌を出すと匂いがもっと敏感に感じられる。少し焦げ臭い。
雨を降らせよう。火も消えて、匂いも分からなくなるだろう。
昨日、妾に飾は一生を添い遂げたいと言った。
人の一生など妾にとっては瞬きをするにすぎないほどの短い時間で終わってしまう。
飾が人じゃなければ。
人じゃ…なければ?
そうだ。人じゃなくせばいい。
神…にはなれないだろう。そう簡単になれるものでは無い。
なら…妖怪。妖怪がいいな。
なるものは決められないが、鬼がいい。
妾の血に耐えられれば、飾は人じゃなくなれる。妾と同じになれる。
「…水岐?」
後ろから呼ばれる。
思い立ったが吉日。待つ必要なんてない。なんてったって十年も待ったのだ。
『なぁ、飾。』
川から上がり、飾に近づく。
『人をやめな』
やめないか?そう言おうとした時に、腕に鋭い痛みが走る。
血が大量に流れ出す。
?
なんだ?これは。
「人を辞める。水岐の血を僕に取り込めば、僕は人を辞められる。そうでしょう」
妾に添い遂げたいと告げた時のように、片膝をついて、妾の腕を取ると、傷口に噛み付いた。
「僕の体が耐えられなければ僕は死ぬ。耐えられれば貴女と本当に一生を添い遂げられる。ほぼ不死の貴女とずっとそばにいられるんだ。そして貴女は、神から、神だったものに成り下がる。」
あぁ本当に…本当に飾は妾を飽きさせない!!!
『あ…あはっ…あははははははははははははははっっ!!!!!最っ高だ!!!!本っ当に最高だ!!!!』
妾の血が川に流れ込み、川が赤く染る。
「う''…っ…あ''ぁ''…」
血を飲み干した飾は頭を抱え、地に伏した。
「あ''ぁ''ぁ''ぁ''ぁ''ぁ''!!!!」
首を掻き毟る飾の爪は鋭く、また黒く染まっていた。
髪は地に付くほど伸び、また、おでこの左側に角が生える。
赤い傷が目元、口、耳、そして首元に浮かび上がる。
目の白い部分は黒く染まり、虹彩は赤く、そして瞳孔は青く染る。
「あ''…っ…あぁ…ん''ん''っ…はぁ…」
ゆらり、と。飾は立ち上がる。
あぁなんて、なんて素敵になったんだ。
『おはよう。そしておめでとう。新しく生まれ変わった飾。』
「…おはようございます。水岐」
赤い川を見ると、妾にも二本角が生えていた。
本当に神ではなくなった。だが、力は前より増している。
そして何より、
飾と一緒だ。ずーっと。
ずっと。
『飾。妾は夢を叶えたい。』
「夢、ですか?」
『あぁ。沢山準備をして、そして…』
そして妾は、月が欲しい。
そのために、帝を、月帝を、妾の地に引きずり降ろしてやる。
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