第4章 死と美と花


あの少年は元気にしているだろうか。名はたしか、飾、だったはず。

家族と仲良く過ごせているだろうか。時々川に食物を流してやったりはしたが、受け取れただろうか。

手紙を誰かが読んで、彼に伝えていればそろそろ、ここに来る。

あぁ、楽しみだ。


あの時と比べれば、ここも随分と美しくなった。洞窟にもかかわらず、隙間から降り注ぐ日光を頼りに、花が咲き、妾の水で満たされた花々はまた瑞々しく育った。

妾の寝床に生えた桃木も随分と大きく育ったものだ。


妾が愛した人の子もまた、大きく育っただろう。あぁ飾。早く会いたい。妾の飾。



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僕は十八になった。

この10年間、様々なことがあった。

妹二人が死に、次に父が死んだ。

母は父の後を追うように自殺。

その時はとても悲しかった。だが、僕は泣きもしなかったし叫びもしなかった。


それは、美しくないから。


僕を産んでくれた母が死ぬのは少し嫌だった。父は死んで当然だ。妹二人が死んだのは事故に近い殺人。

どれも最後は美しくなかった。


二人は父に弄ばれた末死んだ。酷く汚い最後だった。父は崖から落ちて、枯れ木に一突きされ死んだ。母は縄に首をかけ、椅子から飛び降りた。鈍い音がした後に、呻き声を上げ、白目を剥き、赤い泡を吹きジタバタと暴れた末に、失禁して死んだ。

これのどこが美しいと。

穢らわしい。


僕の村では死は美しいものとされている。死に際こそ、人間という生物が1番飾られるものだと。


たしかにそれぞれの人生を歩んだ後に得られるものが皆同じ死で、皆平等であることに美しさを見出すのならば、それは美しいのかもしれない。だが僕の村の皆は口を揃えてこう言う。

『苦しめば苦しむほど死は美しくなる』と。

正直、頭がおかしいと思う。


儚く尊い命は生きるからこそ美しいのであって、死ぬのは花が枯れることと同義。枯れたもののどこが美しいのか僕には分からない。

枯れればゴミと同じ。忘れられる。

また人も死ねばゴミと変わらない。同じく忘れられる。


十八の夏、僕にとっては特別な夏になるだろう。

約束の日は今日だ。


10年前のあの日、僕の人生は大きく変わった。

水が枯れ、生活がままならなくなったあの時、この地の水の神である水知様を探す話が出た。


水知様の話は母からよく聞いていた。興味が出たので書物という書物を読み漁った。禁忌、と呼ばれていた書物もあったが、気にせず読んでいた。そこで知ったのは、「水知様は酷く優しく、また酷く残酷である」ということ。

清く正しいものには優しさを、穢れ悪逆非道をなすものには罰を。

そんな神様だった。

また、命の尊さを知っている神様だった。


水知様を探すのは、長旅になるだろうから女は連れて行けない。

村の男たちが編成される中、村長がある一言を言い放った。

「神に会うのに、貢物が何も無いのは些か無礼ではないか?」と。

それはとてもいい事だと思った。礼儀正しくしていれば、水知様はとても良くしてくれる。だが、問題はその後だった。

水もないのに、いい貢物なんてあるはずがない。

村人たちがざわめく。


だったら何を捧げればいい?


人間だ。


人間を捧げる。つまり生贄を用意しようと言うのだ。

それはいけない。非常にいけない。

命の尊さを知っている神様が、善行を好む神様が、人の命を捧げるなんて非道な行為を許すはずがない。


僕は反対した。だが齢八歳のガキの意見を誰が聞くだろう?それにこの村の奴らは、人の死を美しいと思う奴らだ。神に捧げられて死ぬなどなんと光栄な事だろうと。


頭が痛くなる。そんな馬鹿な考えにどうして至るのか。

当時の僕は必死に反対し続けた。そしたら村長は僕にこう言った。「なら君が生贄になりなさい。」

死を美しいと思えない君はおかしい。神に愛され殺される瞬間、君は美しさをその身をもって知ることが出来るだろうと。

僕はその時、呆れて頷くことしか出来なかった。


結果僕は死ななかったし、水知様は生贄何てものを用意したことにお怒りになって、僕以外の大人を殺した。

怒っていても、僕が死体を見ぬように、死に際の声を聞かないように、抱きしめていてくれた。

僕に微笑みかけてくれた。食べ物をくれて水も流してくれた。

そして僕に、大人になったら来るようにと、言葉を残してくれた。


あぁ、本当に美しいものは死なんかじゃなくて、神様だ…。と僕は知った。水知様に勝る美しさを持つものなどこの世に存在しない。

絶対的な美しさを誇る水知様は僕を神子に選んでくださった。だから僕は水知様に会える。


水知様…水知様…早く会いたい。

早く会ってたくさんお話をしたい。こんな考えは烏滸がましいだろうか?

でも、それでも…あの時に…あの優しい神様に…僕は早く会いたいんだ。


「水知様。今から会いに行きますからね。」


僕はポツリと1人そう告げて、聖山を登り始めた。

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