戻りガラス

押見五六三

全1話

 決して戻って確認してはいけません。


 戻って確認すると…




      ◇ ◇ ◇



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 :鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥:

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「何これ?」


 休暇を取った私は、独り車を走らせ山奥の秘境にやって来た。

 目的地の村へと続く山道に差し掛かった時、道端に古びた看板が目に入り徐行する。

 見つけた時は村の案内図だろうと、車を止めて確認したのだが、看板にはびっしりと“鳥”の文字が書かれて有るだけだった。


「誰かのイタズラかなぁ?意味不明…」


 道は一本道なので迷う事は無いだろうと、私はその妙な看板を無視して車を走らせた。

 そして角を曲がるとすぐに村は見えて来た。


「凄ーい!桜満開だー!」


 民家の庭には至る所に沢山の山桜が咲いている。

 見てるだけで癒やされて、仕事で溜まったストレスが抜けていきそうだ。


 私は車のウインドウを開け、畑のあぜ道を歩く白髪の老人に声を掛けた。


「すいませーん!温泉宿はどっちですかー?」


「ああ、この角を曲がって坂道を上がったらすぐじゃよ。手前に無料の駐車場が有るので車はそこに停めるとええ」


「ご親戚に有難うございまーす!」


 私は礼を言って車を走らせた。


 何か村の人達は皆んな優しそうだ。

 女独りで不安だったけど…

 のんびり出来そう。


 程なく砂利場の駐車場が見え、車をそこに停めて荷物を下ろす。

 緩やかな坂を上がると、ひときわ大きな屋敷が見えた。

 屋敷の前には既に女将と女中らしき人が出迎えてくれている。


「いらっしゃいませー!」


「すいませーん!二日間お世話に成りまーす」


 女将さんと軽く世間話をした後、レトロな旅館のロビーに通される。

 ロビーの一角には卓球台が置いて有った。

 本当に素朴で昔ながらの旅館だ。

 仕事疲れを癒やしに来た私には、この飾り気の無い温泉宿がちょうどいい。


「もうすぐお昼ですがどう致します?お食事にされますか?それとも先にお風呂になさいますか?」


「先にご飯を頂いて、後でゆっくりお風呂に浸かります」


「かしこまりました」


 女中のオバサンに案内され、和式の部屋に通される。

 窓ガラスの向こうには新緑の山々が一望出来た。


「う〜ん!最高!来て良かった!」


 広縁ひろえんに置いて有る椅子に座りながら、外の景色を堪能する。

 暫くしてオバサンは山の幸盛り沢山のご馳走を運んで来てくれた。


「いっただきまーす!」


「どうぞ、遠慮なさらずにドンドンおかわりしてくださいね」


 愛想のよいオバサンは、食べてる私の向かいに座り、村の景観スポットを色々教えてくれた。

 本当に人が良さそうなオバサンだ。


「あっ!そうだ、オバサン!」


「はい、どうしました?」


「この村に入る時、道の端に変な看板が立てて有ったんだけど…アレ、何?」


「変な…看板?…」


「そう。“鳥”って文字がズラーと書いて有って…」


「と、“鳥”!?ほ、他には?!他には何て書いて有りました?!」


 急にオバサンは身を乗り出し、顔色を変えながら私を問い詰めてきた。


「えっ?…いや、たぶん…鳥しか書いて無かったですよ…」


「本当に“鳥”だけですか?」


「は、はい…」


「良かったぁ…」


 オバサンは一息吐いて、胸を撫でおろした様子だった。

 オバサンの慌てようが尋常じゃ無かったから私は透かさず聞いた。


「オバサン!あの看板何なんです?何か有るんですか?」


「えっ…いや…その…」


「気になるじゃ無いですか!教えて下さい!」


 オバサンは躊躇ためらっていたが、他の人には話さないという約束で教えてくれた。


「もう一度確認しますが、お客様!看板には間違いなく“鳥”しか書いて無かったんですね」


「はい」


「その看板は“もどガラス”が立てた物です」


「“戻り烏”?何ですか?それ?」


「この村にふるくから伝わる妖怪です」


「よ、妖怪?」


「ハイ。実はお客様が見た看板…アレは“とり”だけで無く、一箇所だけ“からす”って文字が書かれているんです」


「えっ?うそ!気づかなかった…」


「それでいいんです。“戻り烏”はそれに気付いた人の元にだけ現れるのですから…」


「アハハハハハッ…何、それ?何で妖怪がそんなクイズみたいな事するの?オッカシー!で、その妖怪さんは気付いた人の前に現れて何をするの?景品でもくれるの?」


「気付いた人の腹を横一文字よこいちもんじに切り裂きます。横一文字よこひともじ足りないと言う事です…」


「…………」


「そして流れ出たハラワタを、沢山の烏がついばみにやって来て、その人は生きたまま烏の餌に成り、やがては…」


「ちょっと!やめて下さいよッ!食べてる時に!」


 聞くんじゃ無かった。

 迷信でも気持ち悪い。


 でも、あの看板…本当に“烏”って文字入ってたかな?

 そこまでしっかり確認した訳じゃ無いけど…

 結構そういうクイズは得意だから、あざとく見つける方なんだけどなぁ…


「オバサン。看板に“烏”って文字は絶対書かれて無かったと思うわ。たぶん誰かが迷信を利用して、イタズラであの看板を立てたんだと思う。私、後で確認しに行ってみるわ」


「いけません!!お客様!!確認しに戻ったら確実に死にます!!」


「平気、平気!私この村の人間じゃ無いし、妖怪さんも人見知りして出て来ないかも…」


「駄目です!絶対確認には戻らないで下さい!!」


 オバサンが血相を変えて止めるもんだから、私はその場は確認に戻らない事を約束した。

 そして食事を終えるとオバサンは、浴衣を片手に大浴場まで案内してくれた。


「ロビーに居ますので、何か有ったらお気軽に声を掛けて下さい」


「有難うございます」




 私は木々に囲まれた露天風呂に浸かりながら、先程の話を思い返していた 。


「う〜ん…言われてみたら、上から二段目の右から五番目が“烏”だったような…」


 駄目だ!気に成り出したら止まらない。

 本当に“烏”は入ってたの?


 どうせ温泉を上がったら、夕方まで付近を散歩するんだから、オバサンには黙ってコッソリ確認しに行ってやろう。

 大丈夫、迷信を利用した誰かの悪ふざけよ。

 そんな巫山戯ふざけた妖怪なんて居るわけ無い。


 私は露天風呂を上がると、浴衣に着替えて旅館を出た。

 出ていく時、ロビーにはオバサンは居らず、旅館の女将さんが居たので夕方には戻る事を伝えた。


「確かコッチの方角だったわね」


 来た道を私は歩いて戻った。

 行きは車だったので、看板までは結構な距離を歩かないといけない。


 浴衣で出歩くにはまだ肌寒く、そして歩きにくい。

 しかも山奥の村だから人気ひとけは少ないとはいえ、かなり目立つ。

 私服に着替えてから来るべきだったと、私は後悔した。




 バササッッッ__


「キャァ!!」


 民家が見えなく成った山道を歩いていると、いきなり羽音を立てながら何かが茂みから飛び出して来た。


「もう…脅かさないでよ…」


 私を脅かしながら飛び出して来たソイツは、近くの木に止まった。

 つがいの山鳩やまばとだ。烏じゃ無い。


「確かこの辺りに…有った!アレだ!」


 午前中に見たあの看板は、変わらずに同じ場所に立てて有った。


「大丈夫。大丈夫。妖怪なんて居ないって…」


 私は自分にそう言い聞かせ、恐る恐る看板を覗き込んだ。



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「アレ?明らかに“鳥”の文字数増えてない?最初からこんな沢山有ったっけ?」


 私は一文字、一文字、“烏”の字が混じって無いか確認した。


「そういえば文字の端に『:』って有るけど…あんなの有ったかな?てかっ『:』の形が違ったような気がする。う〜ん…思い出せないなぁ…」


 最後まで確認したが、看板には間違いなく“烏”の文字は入って無かった。

 有ったのかも知れないが、誰かが『一』を足して“烏”を“鳥”に変えたのかも…


 何にしろ“烏”の字が見つからず、私は内心ホッとした。

 迷信を信じてた訳では無いが、やっぱり見つけていたなら気持ちが悪い。


「今から戻ったら、暗くなる前には旅館に着くわね…」


 モヤモヤが晴れてスッキリした私は、来た道をUターンして旅館に帰ろうと振り返ったのだが…


「キャアッ!!」


 あの女中のオバサンが、いつの間にかすぐ後に立っていた。


「びっくりしたー…オバサンかぁ…脅かさないでよ」


「お客様…何をされているのですか?こんな所で?」


「アッ!オバサン!やっぱり“烏”の文字は無かったわ!誰かのイタズラだったのよ!」


「確認…されたのですね…」


「ごめんなさい。約束破って。どうしても気に成っちゃて…オバ…サン……?」


「私は言ったはずです。と…」


 右手にナタを持ったオバサンの背後には、沢山の烏が舞っていた…


 そう…餌を…烏は私を待っていた………




      ◇ ◇ ◇


 あなたは大丈夫でしたか?


 戻って確認しませんでしたか?


 もし、戻って確認していたのなら…





 おしまい。

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