この物語のヒロインは、大学受験を控えた高校三年生。その彼女のクラスには、ひとつだけ、誰のものか思い出されることのない空席がある。
その空席に疑問を覚えつつも、受験に向けて勉強に勤しんでいた。
ある秋の夜、塾の帰りに正体不明の声と、見上げた月に呼ばれ、こことは違う世界「日本国」へと転移させられた。
その時、途方に暮れていたヒロインを救ったのは、中宮と名乗る少女と彼女の女房である照であった。
その世界で暮らすうち、自分と同じ境遇の者がもうひとりいることがわかる、ふたりは運命のように引き寄せ合う。
互いの記憶が呼び起こされたところから、それぞれの運命の歯車が動き始めた。
神の起こす奇跡の傍観者を目指す者や、自分の叶わぬ望みに心酔する者、更に、それらを利用して、過去の権勢を取り戻したい者などが入り乱れる。
神の玩ぶ宿命に抗い、互いを護るために立ち上がり、一緒に元の世界に帰ろうと約束するふたりはどうなるのか?
雅な世界で繰り広げられる、壮大で色鮮やかな絵巻物を見ているような、とても素敵な物語である。
優月は美しい光を放つ満月を見上げ意識を失うと、彼女の世界・時代とは違う日本にいることに気づいた。平安時代に近いその「日本」において大君の中宮である千夜(ちや)に預けられ、そして同級生であった晴とも出会う。優月は陽の存在として舞手となり、晴は陰の存在として大君を守ることになる‥‥。物語の内容と結末についてはぜひ本作を読んで欲しい。ここでは私が特に印象深かった、この物語を彩る色について紹介したいと思う。
この物語は常に美しい色に満ちている。赤い牛車、桔梗の襲色目の二藍(青紫)と濃青(緑)、薄桃色で染められた布でできた桜の簪、鮮やかな赤と蘇芳の紅梅襲、白拍子の鮮やかな桃の色、桜の押し花、若草色の珠の帯飾り、桜火の夜(詳細は本作で)等、日本の伝統色が華やかに物語を彩るのだ。そして最終話ではため息の出るような色の拡がりが主人公たちを包み込んでいく。
読者は平安から続く日本の色の美しさを思い描きながら本作を読んでほしい。美しい話が色彩を以って脳裏に再現され、より印象深くなるはずだ。