第32話 このオチって、必要か……?

 ラオンと別れて、たった一人の自分の小屋に帰る。


 軋(きし)む扉を、いつものように開く。

 今朝、ラオンと二人で並んで出た小屋。帰りは、俺一人。今まで通りの日常。


 ベットとチェスト。椅子が一脚。

 狭くて、殺風景な小屋。

 いつもは当たり前に受け入れられるのに、今日はなんだか酷く淋しく俺の眼に映り込む。


 ベットの方に眼を移すと、昨夜ゆうべラオンに貸した俺のTシャツとスエットが綺麗にたたんであるのが見えた。



 たった一夜限定の、夢のような非現実。


 昨夜ラオンが着て眠った、Tシャツとスエット。

 俺、今夜これ着て寝ようかな……。そんなスケベ心の誘惑に駆られる。


 いや、それはなんか、もったいねえ。もういっそ、絶対洗濯せずにラオンの温もりをとっておこう。この考え、なんか凄く変態っぽいな、俺。


 ふーっと息を吐いてベットに仰向けになりながら、俺は今日一日の余韻を噛み締める。


 眼を閉じる。頭の中がわんわんしていた。

 胸の中は、騒がしくて落ち着かない。


 不意に、枕からいい匂いがした。

 ラオンの、髪の匂い。甘い、匂い。


 ラオンが残していった、甘い夢の記憶。恋の香り。




 ……こんな事、しちゃいけないのかな。……俺、いけない奴なのかな……。



 いいや、我慢なんてする必要ない。

 次にラオンに会えるまでの長い時間、俺は堪えなきゃならないんだから。



 俺は、ラオンの余韻が残る枕を胸に抱き締めると、刻みつけたラオンの記憶を思い出しながら、ひっそりと唇を押しあてた。



           ♡



 朝、夢から目が覚める。

 いつも通りの朝。時間と連動する日常。

 なんにも変わらねえ、俺の日常。


 一昨日おとといまでと違うのは、俺の中に13歳のラオンが棲みついた事。

 13歳の、ちょっと女の子らしく成長したラオン。

 俺の記憶の中に刻みつけたラオンは、いつでも俺に微笑んでくれる。



『約束だよ』


 ラオンの声の、リフレイン。

 それだけで、俺の心はふわふわの春になる。



 世間はマーズ王生誕祭のお祝いムードで休みの店とかも多いけど、俺の働く集積所は通常営業で休みじゃない。到着する荷物は、それでもいつもよりはかなり少な目だった。


 相棒のオリンクが休みだから、これくらいでちょうど良かった。


 俺は、不意に空を見上げてみた。

 相変わらず、砂混じりにかすむ赤い空。


 遠く、蜃気楼のようにぼんやりとしたオリンポス山。首都ファインの中心にあるマーズ城は、もちろんここからじゃ見えるわけもなくて。


 ラオンは今頃、ジュピターからの来賓王族としてマーズ城の生誕祭に参加してる時刻。

 姫らしくドレスで着飾ったラオン、見てみたかったなあ。すげえ、綺麗だろうなあ。


 そんな妄想にうつつを抜かしてた俺は、荷物の角に足をひっかけて派手にずっこけた。その上、荷物を粗末に扱うな! と、親方にまで怒られた。



           ♡



 マーズ王の生誕祭も無事終わり、俺の暮らすサンタルファンの街の店もすっかり通常営業に戻り、完全にいつも通りの日常が始まった。



「おっはよう、ソモルゥ!」


 デカイ図体を揺らしたオリンクの、朝からやたら陽気な挨拶。これも、いつもの恒例行事。


「お土産にお菓子たくさん持ってきたから、ソモルも食ってくれ」


 オリンクが指差す休憩所のテーブルの上には、一瞬なんかの見間違いだろうと眼を疑う程の大量のお菓子が置いてあった。何を考えてあんなに持ってきたのか、どうやって持ってきたのかすら見当つかねえ。積み上げられて、天井まで届いちゃってるし……。


 まあ、オリンクだから仕方がないか……。気を取り直して、俺は一昨日おととい世話になった礼をオリンクにした。トロッコの件はまああれとしても、オリンクが通報してくれたおかげで俺とラオンは難を逃れる事ができた。

 トロッコは結局ぐるり螺旋するように走っていただけで、俺とラオンが落ちた谷底は首都ファインのマーズ城のほんの裏側だったのだと、後で警官隊のおっさんに聞かされた。


「遠慮しなくていいから、好きなだけ食えよ!」


 オリンクは、俺がお菓子の礼を云っていると勘違いしていた。説明するのも面倒だし、まあいいか。



「ところでさ、オリンクの家って、どの辺なんだ?」


 俺は何の気なしにオリンクに訊いた。

 あの日、わけの判らねえ遠回りをしてたオリンク。あの後、オリンクは無事に家に帰れたのか気になっていた。


「うん、ちゃんと帰った! じいちゃんの誕生日もちゃんと祝ってきたぞ」


「じいちゃんの、誕生日?」


 家に帰った用事って、それか。じいちゃん大切にするのは、いい事だもんな。



「誕生日って、もしかしてマーズ王と同じ日?」


「うんそう。だってマーズ王って、おいらのじいちゃんだもん」





 ……………………はっ?


 云ってる事が、理解できなかった。


 オリンクの日常の会話の約半分以上は大体理解できない内容ばっかで、考えても仕方ないからスルーする事が多い。けど今の内容は、さすがに訊き返さずにはいられなかった。



「……はっ? なんだって?」


「マーズ王は、おいらのじいちゃんだよ。今年70歳!」




 …………オリンク、お前が何を云ってるのか、判らねえよ……。



「なんだ……? どういう事だ?」


「だって、おいらのじいちゃんだもん」


 会話が、一向に先に進まねえ。



「なんだソモル、お前知らなかったのか? オリンクはマーズの王子だぞ」


 堂々巡りの不毛な会話を続ける俺たちの横を通りかかった親方が、さらりと云った。



 オリンクが、王子………………? 何、それ…………?



 なんだソモル、知らなかったのか? と、運び屋のおっさんたちまで笑ってるし。

 知らなかった俺の方が、何かおかしな奴みたいにされてるし……。



 なんだよ、なんだよ、なんだよ、これ…………。



 なんでも、マーズ王家には代々決まった風習があって、15歳から2年間民間に混じって労働を体験するとか。オリンクは、まさにその労働体験の真っ最中! という事、らしい。


 親方はもちろん、他の運び屋のおっさんたちも公認。

 皆知ってるもんだから、当然俺も知ってるだろうと思われてたらしい。



 そんなの、知らねえよっ! マジかよ! 王子って、嘘だろっ!?


 なんだこれ? びっくりだけど、俺とラオンの物語には、一切関係ない。どうでもいい情報じゃん? わざわざ最後に持ってくるオチか……?



「ほら、これソモルに。この子、ソモルの友達だろ?」


 オリンクが丈夫そうな歯を剥き出しにニヤッと笑いながら、俺の前に差し出した一枚の写真。



 ラ、オ、ン。



 ご馳走のテーブルの前で、ワインを嗜むドレス姿のラオンが写った写真。


 うわっ! 想像通り、すげえ可愛い……というか、綺麗だ。

 食い入るように見ているうちに、俺の頬が興奮気味に火照っていく。



「……オリンク、お前最高の友達だよ」


 指紋で汚さないように写真の端っこを両手で持ったまま、俺はオリンクに云った。オリンクの王子様姿という、想像以上に似合わないオマケも写り込んでたけど。


 俺の心と記憶の中に棲むラオンと、写真に焼きつけられた姫様のラオン。

 俺の大切なモノが、もうひとつ増えた。


 ラオンと交換した、約束の5ムーアコイン。


 もう一度、必ず会える。


 そんな確信みたいな希望が、俺の内側をわくわく浮き足立たせていた。



『約束だよ』



 ラオンの心地好い声が、余韻のようにもう一度俺の鼓膜の奥をくすぐり始めていた。 




            see you again……♡






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒメゴト―俺はきっと、あの日アイツに恋をした― 遠堂瑠璃 @ruritoodo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ