第31話 約束だよ!

 夢みたいな時間が終わるのは、呆気ない。

 夢から目が覚めるのは、ほんの一瞬。


 今俺の、淡くて優しい夢が終わる。


 俺とラオンの、時間が終わるんだ……。




 何だ、変だな……。俺、全然駄目だ。言葉が、浮かばねえ。

 もう、これでお別れなんだと思うと、何も言葉が出てこねえ……。

 伝えたい事は、数え切れないくらい幾つもあるのに。


 気のきいた言葉でとか、そんな事もう意識しなくていい。

 俺の正直な気持ちを言葉にすればいいのに。


 気持ちはぐるぐると溢れ返ってるのに。喉でつっかえたみたいに、声に言葉が乗っからない。

 苦しくて、破裂しそうに心は張り詰めてるのに……。


 何も云えずに、俺は黙ったままラオンを見詰めていた。



 もうこれっきり、二度と会えないかもしれないのに……。

 今この眼に刻みつけたラオンの形が、急に現実から遠い場所に離れちまったみたいに揺らいだ。


 大好きな、ラオンの形……


 俺たちもっと大人だったなら、何か変わってたのかな……。


 苦しいな……。苦しいよ、どうすればいい……?



 本当ほんとはこんなの、嫌なんだよ。

 これが最後かもなんて、そんなの納得できるわけねえじゃん。


 もっとずっと、傍に居たいんだよ! 一緒に、居たいんだよ!



 本当はお前の事、一生守ってやりたいって、本気で思ってんだよ!


 離れたくねえ……。


 ずっと、俺の傍に居ろよ……。




 ……って、そんな事、絶対云えるわけねえじゃん。


 本当の本当、俺の本心。だから尚更、そんな事云えるわけもねぇ……。


 せめて、好きだって云えたらいいのに……。

 好きだって云った場合と云わなかった場合、どっちが後悔するだろう……。



「ソモル」


 言葉を忘れたように黙りこくってた俺より先に、ラオンが俺の名前を呼んだ。


 心地好い、ラオンの声。俺の名前を紡ぐ、ラオンの声。


「すっごく楽しかった! ありがとう、ソモル」


 そう云って俺を見たラオンは、今日一日の中で一番最高の笑顔を浮かべていた。


 俺の張り詰めていた感情の線が、酷く揺らいだ。

 隙を突かれたみたいに、涙腺が弛みそうになった。


 俺は奥歯を噛み締め、ぐっと堪えた。


 ラオンの前で泣くなんて、そんな恥ずかしい事できねえ。

 だって俺、男だから。


 弛みそうになった涙腺をごまかすように、俺も最高の笑顔で応える。


 感情が、交差していた。


 いとしい、苦しい、切ない。離れたくない、離れたくない、離れたくない……。


 そして結論は、たったひとつの感情に辿り着く。



 俺は、ラオンの事が好きなんだ。



 言葉にしなきゃいけない。ラオンに、伝えなきゃ。

 俺の、たったひとつの気持ちを。


 ラオンに…………。



「…………ラオン、俺………………」



 言葉を紡ぎかけた俺を、ラオンは綺麗な翡翠ひすいの眼で見詰めていた。

 俺も、ただ真っ直ぐにその眼を見詰め返す。



 息が、苦しい。


 心臓が、俺の事を邪魔するみたいに凄い勢いで、内側からどっどっと打ちつけてくる。


 このまま破裂して、死んじまうかもしれない。

 今死んだら、俺、きっと成仏できねえな……。


 だって肝心な事、まだなんにも伝えてねえ。



 せめて、せめてこれだけは、云わなきゃ……。




「…………また、会えるよな」


 結局、こういう逃げ方しちまう。俺、やっぱ意気地無しだ。


 けど、これでもう二度と会えないなんて絶対嫌なんだよ。

 また一年半……それ以上の時間が空いたって、俺、我慢する。我慢するから。


 だからもう一度、もう一度会いたい。


 そう、強く強く思う。



 ラオンは、俺の眼をじっと見ていた。真っ直ぐに、逸らす事なく。


 なんだか、急に恥ずかしくなった。

 けど、俺もラオンの眼を見詰め返した。もう眼が合ったって逸らさない。そう決めたから。


 刹那、ラオンの顔がふっとほころんだ。



「また絶対会いに来る。約束ね」



 そうだ俺、その言葉が聞きたかったんだ。ラオンの声で。

 またうっかり、涙腺が緩みそうになった。


 今日の俺、ヤバイや…………。



「ソモル、これ」


 ラオンはズボンのポケットから何かを取り出して、手のひらを俺の方に差し伸べた。

 広げたラオンの小さな手のひらの上には、5ムーアコインが一枚乗っかっていた。


「これ、ソモルにあげる」


 俺はラオンの意図が判らず、差し出された5ムーアコインをきょとんと見詰めた。


「おまじないだよ。自分の生まれた年に造られた5ムーアコインをもう一度会いたい人に渡すと、また必ず会えるんだって」


 ラオンは、嬉しそうに俺に教えてくれた。


「そう、なのか」


 占いとかまじないとか、女の子が好きそうなジンクス。俺はそんなもの、全く信じてなんてなかった。なのに俺の手は、いつの間にか自分の小銭入れの中の5ムーアコインを必死に探っていた。


 ジンクスとかまじないなんて、信じちゃいねえしむしろ馬鹿にしてた。けど今は、そんな頼りない希望にでも、すがりついていたかった。


 嘘でも出鱈目でたらめでも、なんでもいい。そんな事、もう構わない。

 ラオンと結びついていたかった。


「あった!」


 一枚だけ、俺の生まれた年の5ムーアコイン。


「じゃあこれ、ラオンにやる」


 俺はラオンの前に、5ムーアコインの乗った手のひらを差し出した。

 ちょっと、つっけんどんな感じに。


 俺、照れるとこんな仕草や云い方しかできなくなる。

 今度会う時までには、こういうのもちゃんと直さなきゃな……。

 甘ったるい男もどうかと思うけど、せめて自分の気持ちに正直に、素直に優しくできるようになりたい。


 ラオンはそんな俺に、とろけそうに可愛い笑顔で、云った。



「約束だよ」



 そう、きっと会えるよな。

 ラオンがそう云ってくれたから、俺、信じていられる。


 次に会える時までに、俺、ちゃんと大人になるから。

 もっともっと、強くなるから。

 お前に、ちゃんと伝えるから。


 お前に好きだって、必ず伝えるから。


 そしていつか、俺がお前の望みを叶えてやるから。

 俺が、お前に宇宙の果てを見せてやる。



 約束だからな、ラオン…………。





          to be continue








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