最終話 「祝福の夜、大精霊の涙」


大事な初めての友達を失い、仲良くしてくれた人間も失った。


大粒の涙を溢しながら、フィニは二度と戻らぬようにと固く言われた聖域へと

向かって飛んでいた。


研究所のマウラを連れて行かれた後の白い箱の中で、聞いてしまったのだ。


大精霊と人間とが交わした”契約”を―――。




休憩もろくに取らずボロボロになりながら聖域に戻り、フィニは同胞たちの白い眼も

気にせず大精霊の元へと飛んだ。


今は一刻も早く確認したい。


それが本当だというのなら、大精霊様は一体どういう思いで決断されたのか。


母なる大樹――そこで精霊たちは生まれ、そして大精霊は祝福する。


自分たちの知っている彼女はいつだって優しく大きく強い存在だ。


胸を張ってそう教えてくれたのは、今は亡き友達。



であるのに。



フィニが見た大精霊に、その姿は無かった。



『……大精霊様…?その…怪我は…』



大樹の根元で大精霊はフィニと同じく身体中をボロボロにして休んでいた。


彼女は自分に近寄るフィニに気がつくと、優しくその胸元へ引き寄せて抱きしめ

一粒の涙を流した。



『…よく……よく、戻りました…。ごめんなさい…私を、恨んでいるでしょう…』


『恨む…?どうして…?』


『外の世界へ出て、人間に捕まったのでしょう。そして…一人、失った…』


『わかる…の…?』



困惑してフィニが首を傾げると、大精霊はぽつりぽつりと語り出した。



その昔。聖域がまだ、閉ざされていなかった頃。

精霊と人間は互いに認識し合い、時に助け時に親友として行動を共にしていた。

それが崩れてしまったのは――ある噂が立ってから。

精霊の羽は万病を治す薬となり、血肉は不老長寿の源に、髪は魔を退ける守りに、

骨は枯れた大地を蘇らせると。

聞いた人間の商人や富豪たちはこぞって精霊を我が物にしようと狩人を雇い、

次々に聖域へと土足で踏み入ってきたのだ。

当然それに怒った大精霊は人間たちを追い出すが、既に外の世界へとはばたいて

しまった同胞を救うことまではできない。

彼女自身も、無限に力を振るえるわけではない。

だから。

精霊を狙う人間の中でも一番力のある者に”契約”を持ち掛けた。

夜に生まれる精霊の数は他のどの時間帯に比べて少ない。

その精霊たちをこの聖域から追放し、人間に差し出そう。

代わりに聖域への手出しは一切行わないようにと。

聖域が穢れれば、精霊は生まれなくなる。精霊が生まれなくなれば、自然は息を

詰まらせて崩壊するだろうと大きく脅して。

人間はそれを承諾し、大精霊は同胞を守りきれない自身を悔やんだ。



『…じゃあ…本当に…大精霊様は……』


『ごめんなさい。許してとは言いません。ですが…貴女たちを心から大事に思って

いることだけは信じてほしいのです…』


『でも、人間はその契約で聖域に来ないなら…どうして、怪我をしてるの…?』


『それは…。貴女たち精霊が、元はこの大樹――私の魂の一つだからです』


『私たちが…大精霊様の…?』



信じられないといったふうに驚くフィニに、大精霊は淡く笑んで優しく彼女の髪を

撫でやる。



『私の身一つだけでは、この広い世界中の自然を守ることができません。だから

自らの魂を、力を分散させて子供たちに視てもらおうと思ったのです』



恐らく誰も知らない、大精霊様の真実。


フィニは人間との契約の話以上に大切なことを教えてもらっていると実感しながら、

その言葉を真摯に受け止めた。



『貴女たちと私の感覚は常に繋がっています。故に、貴女たちが傷つけば私も傷を

負い、心を痛めれば私も悲しくなります』


『どうして…』


『フィニ?』


『どうして、大精霊様が一人で傷つかないといけないの?』



本当はその問いの答えも、わかっているのかもしれない。


多くを守る為に少しを犠牲にしなくてはならなかった大精霊様の、苦渋の決断。


聖域からの追放だって、人間に直接差し出さなかったのは彼女なりの最後の足掻きで

外の世界でも生き延びてほしいという願いだったのかもしれない。


魂では繋がっていて、離れていてもずっと心配してくれて。


こんなに想ってくれている大精霊様を…誰が恨むだろう。


悪い人間が生き続けて増え続ける限り、この悪夢の連鎖が止まらないというのなら。



『…私が悪い人間を懲らしめます。だから大精霊様、もう自分を傷つけないで

下さい。一人で悩まないで下さい。』



フィニは決意を固めた瞳で大精霊を見上げ強く言った。


反論も否定もさせないと感じさせる気迫に、大精霊も開きかけた口を閉ざして――



『――…貴女に、この地上全ての恵みからの祝福を。天の星々からの護りを――』



温かくまばゆい光がフィニを包み、自身の内側から沸く力を感じる。


本来なら生まれた精霊がすぐに授かることのできる、大精霊からの祝福だった。



『小さくて大きな貴女に授けます。どうか――祝福されるべき夜の子たちを…』


『必ず助けます。私が、終わらせてみせます』



呪われた夜を祝福の夜へと。


フィニが決意し祝福を授かったその夜、一つの星が天から落ちた。

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たとえば、ひとつの物語が終わるときーⅢ 花陽炎 @seekbell

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