第4話 「全て終わりにしよう」
『…マウ…ラ…?どうしたの…その、目…』
『その声は…っ…フィニ!良かった!弱虫がちゃんと連れ出してくれたんだね』
フィニを探して空を掻くマウラの手を取って、二人はひしと抱き合った。
元通りとはいかないが再会できたフィニとマウラが喜びに言葉を交わす中、それを
静かに見守っていた人間は苦笑して小さく呟く。
「弱虫って…ひどいなぁ…」
数分して落ち着いた頃に、フィニはマウラの状態について話を聞いた。
詳しい実験の内容に関してはまさに酷いとしかいえないものだったので省かれたが
そのせいでマウラは両の目を失った。
飛んで逃げられたら厄介だと羽を破られ薬の副作用で数日間は身体がうまく動かせず
倦怠感に襲われているという。
聞いたフィニは改めてマウラを心配し悲しむのと同時に、酷いことをした人間に
静かな怒りを覚えた。
「ごめんよ。僕がもっとしっかりあちらの動きを把握していればこんなことには
ならなかったはずなのに…」
だけど、項垂れて心からの謝罪の言葉をくれる優しい人間が目の前にいる。
自らも見つかってしまう危険を顧みず自分たちを助けてくれた、そんな良い人間も
この世には存在している。
フィニは小さく首を横に振って先の怒りを向けるべきは”人間”という種族全体
ではなく、マウラを傷つけた、精霊に酷いことをする人間だと思い直す。
『ううん。私、あなたは悪くないと思う。だって…ずっと、私たちのことを守って
くれていたんでしょ?』
「守るなんて、そんな…。結局はこうして君たちを傷つけてしまう原因を作った。
僕は…取り返しのつかないことをしてしまった」
『でも…』
『あーもうっ!二人してうだうだと!面倒くさいなぁ!弱虫!あたしに話してた
計画をさっさとフィニにも説明して!』
「あっは、はい…!」
マウラの叱咤に陰鬱とした空気は一気に吹き飛んでしまった。
一番傷ついて辛いはずなのに、彼女は持ち前の根性と明るさでどんな暗い状態も
明るく照らしてしまう。
フィニはそんな強い友達を心から誇らしいと思った。
マウラの言葉に突き動かされるようにして人間は”計画”について語り出す。
この研究所からの脱出についての話だろうと聞いていたフィニは、途中から爆弾が
どうのと出て来て予想と違っていたことに内心で焦って話を切る。
『ば、ばくだん…?危なくないの…?』
「扱い方を間違えれば危険だけど…大丈夫だよ。こう見えて僕は優秀だからね」
『いざとなったら弱虫もろとも爆破すれば一件落着だから心配ないわよ。あんたも
同時に贖罪できて嬉しいでしょ?』
「うーん…あはは…できるなら爆破以外がいいなぁ…」
それからフィニとマウラは計画の為にも負った心身の傷を可能な限り癒して、人間は
他の人間に嘘を吐きながら他の囚われた精霊たちと交流を図った。
当然、白い箱から姿を消した二人のことが騒がれ人間も十分に疑われたが、一体何を
したのかその騒ぎも二日で落ち着いてしまった。
心配でフィニが何度か尋ねても彼は『大丈夫』としか答えない。
そうしてあっという間に過ぎた一週間。
研究所の誰にも気づかれない複数の箇所に人間がどうやって入手したかわからない
爆弾は仕込まれ、後は実行に移すのみの段階までやってきた。
爆破する少し前に囚われた精霊たちを白い箱から出し、事前に調べておいた外へ
通じる今は使われていない古い換気口から逃してやる。
飛べない者は飛べる者と組んで、まだ体力のある者は先行して外の安全を確認して
きてもらう。
フィニとマウラ以外の精霊全員が無事に外へ逃げ出したタイミングを見計らって
最後に爆弾を爆破させれば――全てが終わる。
『本当に…精霊はもう、傷つかないの…?』
「研究という点では恐らくね。一番設備が整っていて、大きく行っているのは僕の
知る限りではここ以外に無いし…残す脅威としては見世物やコレクターだね」
『ずーっと不思議に思ってたんだけど…あんた、何者なの』
「うん…?僕は人間だよ。精霊が大好きな、ただの人間」
『そういうこと聞いてるんじゃないんだけど』
「さあさ。僕たちも逃げないと。せっかく眠らせた悪い人間たちが起きてしまう」
くすくすと笑って楽しそうにはぐらかした人間に、何やら不満そうにするマウラ。
破られた彼女の羽は完全でなくとも一人で飛べる程度には回復し、外へ逃げるまでの
短時間ならどうにか飛んで行ける。
あと少し。この真っ直ぐの廊下を渡り切れば、研究所の外へと通じる扉が見える。
そこまできたのに。
”不幸”はどこまでも、ついてくる。
背後で何かが倒れる音がした。
フィニが急いで振り向けば、白い服を真っ赤に染めた人間がいた。
悪い人間はみんな眠ってしまったと思っていたのに、彼の行動を注意深く観察して
いたらしい人間がいて、その一人だけが無事だった。
「…フィニ!マウラ!僕に構うな!逃げるんだっ!」
『弱虫…!』
「僕が何の為にここまでやったのか…忘れないでくれ…!」
『マウラ…っ』
フィニは人間の望む通り、宙に止まってしまったマウラの手を引いて扉を目指す。
立ち止まって彼を助けたいのはフィニも一緒だった。
それでも小さくて、怪我も治せない無力な自分たちでは何もできないのだ。
あと…少し。ほんの少し。
なのに―――繋いだ手は、解かれた。
『…ごめん。本当に、ごめんね。フィニ。あたし、弱虫を一人置いていけない』
『マウラ…?なに、言って…』
『それにほら。あいつ、鈍くさいから…着火できなかったら、あたしたちが自由に
なっても意味無いし。だから…その…』
―――本当…理由はなんだっていいんだ。ただ、あいつの傍にいたい。
フィニはマウラに押し出されるようにして研究所から外に出た。
その少し後に中から響き渡る爆音と、建物が崩れていく激しい音。
衝撃に飛ばされたフィニはなんとか態勢を立て直したものの、もはや二人は生きて
いないだろうという現実に心が打ちのめされる。
大精霊様。どうして…どうして、私は…――
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