第3話 「誰にも言わないで」
フィニは自分と友達になってくれたマウラと過ごす中で、少しずつ彼女のことを
知っていった。
マウラは炎に愛された火の精霊。
燃えるような陽の沈みかけた頃に生まれ、紅い髪と金の瞳がとても目立つ活発で
好奇心旺盛な可愛い子。
笑顔がキラキラ輝いていて不安も何もかも吹き飛ばしてしまえるような、優しくて
強くて頼もしいお姉さん。
だけどたくさん考えたり頭を使うことは苦手で、ちょっと強引なところも。
ついこの間も、初めて見た人間を燃やしてしまいそうになったっけ。
あの時は人間の方にもこちらへ敵意があったわけではなく、興味を引かれて声を
かけてきただけだった。
大精霊様やマウラは人間を悪く言うけれど…あの人は違う気がする。
じゃなかったら今も、こうして私たちを隠して守ってくれているはずがない。
フィニたちは一週間ほど前に初めて人間と出くわした。
空に浮かぶ雲と同じ真っ白な丈の長めな服を着た、茶髪で細身などこか儚い印象の
ある人間。
「こんにちは。聖域から出て来た精霊さんたちかな。僕は君たちにとって初めて見る
…人間、かな…?」
彼は一目見てすぐに逃げ出さなかった私たちが”人間”がどういった姿形をしている
のか知らないのだろうと悟って、わざとらしく自分は人間だと告げた。
しかしその後すぐに自分が燃やされそうになるとは露ほどにも思っていなかった
らしく、しばらくは顔を真っ青にして様子を窺っていた。
「ま、待って!僕は別に、君たちを捕まえに来たわけじゃないよっ!」
彼が違うと意思表示したから、フィニはマウラを止めた。
いくら人間でも危害を加える気が無い人を”危ないと聞いたから”という理由だけで
攻撃していいはずがない。そう思ったから。
そこから三日ほどはマウラと人間との口論が続いて――和解したらしい。
彼はたくさんいる人間の中でも精霊との友好的な交流を図る研究をしている、無害な
存在だとわかった。
こうして聖域から出た精霊の行きそうな場所を探っては行動や性格を観察して時に
声を掛けてみたりして意思の疎通を図っているという。
ただ、彼と同じ研究者でも同じ格好の違う人間は酷い研究をしているからと私たちの
ことを秘密にして隠してくれると言った。
あれから半信半疑にでも人間の言うことを聞いて動けば、フィニたちは知らずの
うちに自分たちへ近寄っていた危険を回避することができた。
ある森では野犬が多いから実りの多い反対側の森がいいとか、ある平原では人間が
精霊を捕まえる為に調査へ出るから花畑に身を隠した方がいいとか、外の世界に
ついて全く知らない二人を助けてくれる。
だからフィニとマウラは、人間でも彼だけは信じようと思った。
そうして続いた秘密の交流がひと月を経とうとしていた頃。
外の世界を知っている人間にでも予測できなかった事態が起こってしまう。
フィニたちに会いに行こうとこっそり向かっていた人間を、また別の人間が怪しんで
後をつけていたのだ。
「今はあっちの方は危険だから、次は――へ行くといいよ」
そう告げた人間の言葉を木の陰から盗み聞き、向かったフィニたちを他の仲間と
共に捕らえてしまう。
マウラは自らの火の力で襲い来る人間の魔の手を払ったが祝福を授かっていない
無力なフィニは簡単に捕まり、人質となってしまった。
「力を持っている精霊とは珍しい…!これは研究がはかどるぞ…っ」
「こっちの精霊も力は無くとも、他とは比べものにならない容姿をしている。もしや
噂の大精霊とやらの資質があるんじゃないか?」
「精霊は生まれの時期も関係するからな…じっくり愛でてやろうじゃないか」
二人は人間に囚われどこかの大きな研究所の小さな白い箱に入れられた。
怯えて人質になってしまったことを何度も謝るフィニを、マウラは気にしないでと
慰め続ける。
外の日差しも入らない部屋の明かりだけの中で、何時間何日経ったのかもわからない
くらいの時が経った頃――箱の扉が開いて抱き合うようにして眠っていた二人を
裂くようにマウラだけが連れていかれた。
マウラは必死に抵抗したがフィニを傷つけるぞと脅され、それ以上の抵抗を許されず
箱に一人残されたフィニは小さな手で扉を叩くことしかできない。
大精霊様。どうして私は、夜に生まれてしまったのですか。
私は本当に、不幸を振り撒くことしか出来ないのですか…?
力も無く、大事な友達も守れず、ただ泣くことしかできない。
こうして人質となり続けてマウラを傷つけてしまうのなら、いっそのこと死んで
しまえば彼女の枷にはならないのに。
だけどフィニには精霊がどうしたら死ぬのかなんてわからない。
何も無い真っ白な箱の中で、どうやったら自分が死ねるのかなんて。
刻々と過ぎていく時間に比例して絶望が心の大部分を占めていく。
涙は枯れて、考えることを諦めた。
生きることさえも――…
ガタン。と突如箱の扉が開く音がした。
力無く横たわっていたフィニにはそれが何を意味するのか、もはや知ろうという
気力さえ起きなかった。
開いた扉のすぐ向こうにマウラがいるわけではないとわかっているから。
「フィニ…!ああ、可哀想に。早くこんな所から出してあげないと。すっかり弱って
いるじゃないか…」
心配そうな声、温かく優しい手。
仲良くしていた人間がそこにはいて、フィニを隠すようにきゅっと抱きしめて
どこかへと走り出す。
目的地にたどり着きふわりと降ろされ見えた視界の先には――
白い布で両目の部分を覆ったマウラの姿があった。
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