第2話 「迷子になった君を探して、」


ガサガサと手入れの全く行き届いていない自由に伸び伸びと生えた草むらを分けて

一人の精霊はふらふらと、危なげに飛ぶ。



『こ…ここ…どこ、なのかなぁ…』



彼女の名前はフィニ。


星々の煌めきのような金の美しい髪と澄んだ藍色の瞳をもっている。


つい先程まで聖域を追放されてしまった同じ仲間と行動を共にしていたのだけれど、

野犬に襲われて散り散りに逃げてしまったのだ。


そして早く仲間と合流しなければと懸命に小さな羽をぱたつかせて飛び回るも……

明るかった辺りは徐々に光を失っていくし経過もよろしくない。


フィニは延々と続く同じような景色に泣きそうになる。



『ふえ…っ…みんな…どこぉ…っ…』



生まれてすぐに故郷から追放されて、何も悪いことをしていないのに冷たい目で

見送られ、外の世界ではいきなり独りぼっち。



どうして私は、夜に生まれてきてしまったの。



追放される直前――大精霊は自分たちに言った。


夜の精霊はその身に不幸を宿してこの世に生を受ける。

その不幸は宿主の意思に関係無く聖域を侵し穢してしまう。

だからそれを防ぐ為に、自分たちを聖域から追放するのだと。

ここには二度と、戻って来てはならないと。


時を同じくして生まれてきた他の仲間は俯き、そして絶望していた。


信じられなかったフィニだけが大精霊の顔をよく見ていて、その時の彼女の表情は

どこか泣いているように見えた。


去り際に小さく呟くように聞こえた”ごめんなさい”が今でも忘れられない。


ただ、そのことを追放された仲間に話しても彼らは信じてくれなかった。



『気のせいだよ。先に生まれてた精霊はみんな、冷たかったじゃないか』


『厄介払いができてせいせいしたってことなんじゃない?』



すぐ目の前に晒された”追放”という現実に囚われて、彼らは同胞さえも信じられ

なくなってしまった。


聖域のみんなが自分たちに冷たいのは、本当に”不幸を振り撒く”から――?


大精霊の見せた表情と最後の呟いた言葉がフィニの中ではそれを否定して、真実を

知りたいという衝動に変えていく。


だけれど…二度と聖域に戻れない以上、答えを知ることはできない。


寂しい心細い思いから、ぽろぽろと大粒の涙を溢して木の枝に小さく座り込む。


森の中は既に真っ暗で一体どこが前で後ろなのかもわからない。



『…ひっく……ぐすん…、ひとりは…やだよぅ…!』



ぐすぐすと声を上げて泣いても、静かすぎる森はフィニの泣き声をただ通すだけ。


そうしてしばらく泣き続けた後――自分とは別の声がした。


真っ暗なはずの森の中を、明るい何かが駆け抜けている。


なんだろう。そう思って明るい方へと手を伸ばし、フィニは自分が今、木の枝の上に

いることをすっかり忘れて落下した。



『きゃああっ…!』



すぐに羽をはばたかせて飛べばいいのに、驚いて混乱した頭がそこに辿り着かない。


まるで深い深い闇の中へと呑まれていくようで、フィニは恐ろしくなって固く目を

瞑って自らの身体を抱いた。


しかし闇はやってこない。


代わりにやってきたのは。



『…あっぶないなぁ。もう。自分の羽でちゃんと飛ばないと!』



落ちた自分を抱く、優しい温もりだった。



『……あ、の…?』


『初めまして。かな?あたしはマウラ!よろしくね!』



無邪気に笑って名乗ったマウラの周囲には、暗闇を照らす火の粉が舞っていた。


これが森の中を駆け抜けていた明かりの正体なのかと知った途端、フィニは安堵の

息を吐いて――また泣いた。


相手が慌てている様子なのがわかっていても涙は簡単に止まってくれない。


もうずっと独りぼっちで不安の中で過ごしていかなければならないかもしれないと

思っていただけに、仲間に会えたこの喜びは言葉にできない。


フィニが落ち着く頃には、辺りは薄く明るさを取り戻していた。


改めて二人は自己紹介をして、ようやく話は本題へと入る。



『あたしね、フィニのことをずーっと探してたの!あなたと友達になりたくて!』


『私を…探して…?どうして…?』



フィニが理由がわからないと首を傾げると、マウラは光輝くような満面の笑みを

崩さずに答える。



『あたし見ちゃったんだ。あなたが生まれた瞬間、空の星たちは雨のように降って

いて…あなた自身も輝いていて素敵だった。それを見たらね、もーあたしの直感が

フィニと友達にならなきゃ!!って騒いだの』


『それはとっても嬉しいけど…でも…』


『ん?ああ…聖域を出ちゃったこと?気にしない気にしない!あーんな狭くて退屈

する所にいるより、あたしは外を選ぶわ』



マウラはあくまで、フィニを追いかけて友達になる為だけに聖域を抜け出したわけ

ではないと言い切った。


それが彼女を心配する自分への気遣いからなのか本気なのかはわからない。



『そんなことより。ここに来る途中ですっごい綺麗な花畑を見つけたの。一緒に

行こうよ!』


『えっ…あ、う…うん…!』



半ば強引に手を引かれながらも、フィニは初めてできた友達に心からの笑顔と

感謝の言葉を言いたくなった。



『…ありがとう。マウラ』

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