たとえば、ひとつの物語が終わるときーⅢ

花陽炎

第1話 「呪われた夜、精霊族の掟」



―――とある聖域で生まれた、小さな勇者の話をしよう。




この世界の果てには『精霊』と呼ばれる、小さき存在がいる。


人間よりも遥かに小さな彼らは個々に透き通る薄い透明な羽を背に生やし、自然から

力を分けてもらいながら日々を過ごす。


そんな精霊たちのはっきりとした生態は解っておらず世には精霊狩りと呼ばれる

人間と、その人間たちを雇う研究者たちがいる。


彼らは好奇心と精霊の希少価値に惹かれてそれを捕らえ、モノとして扱う。



ある精霊は見世物として人間に乱暴を働かれ、


ある精霊は薬漬けにされ人間に侵され自然に還れなくなった。



だから精霊たちの長である大精霊は聖域を人間から隠し、彼らが外の世界への興味を

持って出て行くのを固く禁じた。


ここより外へ出ればどんな酷い目に遭うことか。


大精霊は同胞たちが生まれて間もないうちにすぐに説いて聞かせた。



『…いいですか。聖域よりも外には、決して出てはなりません。そして、夜に生まれ

闇に愛され追放された者たちを追ってはいけません』



大精霊が定めた掟には、聖域から出てはならないこと以外にもう一つ。



――”夜に生まれた精霊は不吉の象徴。即刻、聖域から追放すること”



夜の闇は多くの不幸を呼び込むと大精霊は自身の体験談を交えて話し、朝と昼に

生まれてきた精霊が不用心に夜に生まれてきた精霊へ近づかないよう指導する。


ただ、よくよくそう言い聞かせていても守れない精霊もやはり一定数はいて。



『夜に生まれた子たちが闇に愛されてるって、どうして大精霊様にはわかるのかな?

私たちと姿が違うのかな?』


『きっとそうだよ!羽に色がついてるとか!』


『いやいや。きっと髪の色が違うんだ。闇だからー…僕たちの鮮やかな色とは反対の

暗い色ばっかりとか!』


『見てみたいなぁ…夜の子たち』



最初は静かに密談するように話していた会話も、きっとこうだと自論を展開する度に

賑わい声が大きくなる。


大精霊はそれに呆れて毎回止めに入っては叱るのだ。


何かに関心を持つことは自分の視野を広げようとする意識の表れであるから必要

以上に制限を設けるつもりはないが、放っておいて実際に行動に移されてしまうのは

いただけない。


そこで、大精霊が手を焼いた時の先輩精霊たち。



『あんたたち!夜生まれは本当に恐ろしいんだからね!』


『大精霊様のお話、聞いてただろう?』


『えーっ、でもでも。生まれたばっかりは僕たちと同じでしょう?』


『夜は例外よ。祝福を受けなくても、不幸の力を聖域にばら撒けるもの』



祝福とは、大精霊が生まれた精霊に与える自然界に準じた力のこと。


原則その加護が無ければどんな精霊もこの世界において自身に秘められた相性の良い

属性の力を発揮することができない。



『不幸の力?』


『それは少しずつ聖域を侵して、森を枯らせてしまうんだ』


『ええっ!そんな!』



聞いて怖くなった精霊たちは互いに身を寄せてふるふると震えた。


なかなか言うことを聞かない精霊は、こうして生まれた時期の近い先輩が諭すことで

ほとんどの場合に諦めてくれる。




そして。



夜が来た。不幸なことに、何人か精霊が生まれてしまった。



『可哀想に…あなたたちは闇に愛されてしまった。私は掟に従い、あなたたちを

この聖域から追放しなければなりません…。その前に少しだけ、外の世界について

お話をしましょう…』



大精霊は聖域の中心にそびえ立つ母なる大樹で生まれ目を覚ましたばかりの彼らに、

優しい嘘ではなく残酷な現実を教えて追放した。


希望も絶望も知らない、去って行く彼らの背を寂し気に見送りながら。

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