神意を伝う者
楸 茉夕
神意を伝う者
盛大な宴が行われている。
その中心にいるのは、年端もいかぬ少年だった。首には幾重にも花輪がかけられ、村中の人々の祝福を受けている。
「まさかうちの村から『勇者』様が出るなんてなあ」
「こんなに誇らしいことはないよ。代々語り継がれるんじゃないか」
「もうすぐ法王様もくるんだろう? 国を挙げての祭りになるよ」
「まだ信じられないな」
人々は口々に噂をする。
王都からの使者が訪れたのが数日前。辺境にある人口二〇〇〇にも満たない小さな村なので、それだけでも大騒ぎになった。しかも、その使者が携えてきた知らせが、神託が下ったというものだった。この村に住む一人の少年が、「勇者」に選ばれたと。
折しも村は収穫祭の準備の真っ最中で、それは自然と少年を祝うものになった。更に、「勇者」を祝福し、また、王都へ呼び寄せるために、神託を聞いた法王自ら村へ足を運ぶという。それを踏まえ、祭りは今までで最も盛大なものとなっている。
「おーい! お着きだよー!」
「法皇様だ! 法皇様がいらっしゃった!」
村の入り口から、法王の行列をいち早く見つけたらしい子どもたちが駆けてくる。それを聞いた村人たちは、我先にと入口の門に集まった。少年も人々に囲まれ、広場から門へと移動する。
やがて、何台も連なった馬車が村の前に停まり、その中でも最も豪奢なものから神官服の青年が降り立った。数年前に法皇を継承したばかりなので、かなり若い。しかし皆、一目で青年が法皇なのだと察した。
神官騎士と思しき一団が左右に並んで道を作り、中央を錫杖を手にした法皇が進む。
「法皇猊下のおなりである。控えよ」
隊長の声に、村人たちは一斉に膝をついた。人々の前で足を止めた法皇は、鷹揚に彼らを見回して微笑んだ。
「お立ちなさい。膝をつくことはありませんよ」
人々は恐る恐るといったふうに立ち上がりながら法皇を見た。
「本物だ……」
「法皇様だ……」
「ぼく、初めて見るよ」
「わたしも」
民衆の囁きを意に介したふうもなく、法皇は言う。
「
「は……はい、ここに」
緊張しているのか、かすれ声で言う少年へ、法皇は笑みを向けた。
「こちらへいらっしゃい」
少年は皆に背を押され、ぎくしゃくとした動きで法皇の前へ出た。法皇は少年を改めて見ると、満足げに頷く。
「黒い髪、青い瞳。ご神託のとおりですね。勇者とお呼びしてもよろしいですか?」
「はい」
「では、勇者よ。私と共に王都へ行ってくれますか」
「勿論、喜んで!」
「よかった。あなたのはたらきによってこの世は救われましょう。この国も、民も、安泰です。勇者を育んだご両親とこの村に、感謝をと祝福を」
「ありがとうございます!」
法皇の祝福に人々は沸き立った。柔らかく笑んだ法皇は、隊長を振り返る。
「どうやら祭りの最中のようですね。―――隊長、例のものを」
「畏まりまして」
命じられた隊長は兵士や侍従と共に荷馬車へ向かう。
「ささやかですが、手土産をお持ちしました。どうぞ、お納めください」
荷馬車には、王都でしか目にできないような布や食料が満載されているようだった。人々は、村の歴史で最も盛大になるであろう祭りに心を躍らせた。
* * *
祭りは夜通し続くようだったが、法皇一行は早々に休むことにした。一晩の宿には村長の屋敷を丸ごと貸されて、おそらく最も上等だと思われる部屋に置かれた法皇は、窓辺に椅子を据えて広場を見下ろしていた。寝所の支度を終えた神官は声をかける。
「お疲れですか、猊下」
「いいえ。毎年のことです、慣れてしまいましたよ」
気遣う神官に法皇は笑い混じりに返す。しかし、その顔には疲労の色が濃い。何かを憂いているようでもあった。
「やはり、猊下は王都へお残りになるべきでした。ただでさえご多忙の身、我々だけではご心配でしょうが……」
「そんなことはありません。これは、私の役目です」
法皇は苦笑めいた表情を浮かべて神官を見上げる。
「世界のためにその身を
「……僭越ながら、猊下。一人の命で多くが救われるのです。どちらを選ぶか、幼子でも間違えません。村は潤い、少年の家族は一生食うに困らず、少年は喜びのうちに神の御許に旅立つ。そしてこの世界は安寧を得るのです」
心優しいのは法皇の美点だが、優しすぎるのは困りものだと神官は思う。毎年法王は心を痛める。だが、世界が永らえるには贄が必要だ。
「今日はもうお休みください。明日からまた数日は移動になるのですから」
「そうですね。休むとしましょう」
法皇は窓辺を離れ、寝台へ向かう。
鎧戸を閉めようと神官は窓に手をかけた。日がすっかり落ちた広場には火が焚かれ、未だ多くの人影が見えた。祭壇の前にいるのは「勇者」の少年だろう。
法王が昼間に言ったとおり、彼のおかげでこの世は救われ、この国も民もこの先一年は安泰だ。たとえそこに神意がなくとも、間違っているはずがない。否、法王こそが神意の代行者であるのだから、彼の口から語られることこそが神意なのだ。
今年も無事に連れ帰ることができそうでよかったと、神官は心からの笑みを浮かべた。
了
神意を伝う者 楸 茉夕 @nell_nell
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