最終話 勝ち組男の最期


『6日目 昼』



「なーんてね、図星だった?」


「時間を稼ぐのは止めろ。

 もう俺にもおまえにも、逃げ道は無い。

 (こいつ、一体どこまでが本音なんだ)」


最終局面だというのに、未だにみっぴーの真意が、実体が掴み切れない光。

形勢上は光がやや上のハズ。だが、この女だけは何を隠し持っているのか、何を考えているか分からない。

あまり急かし過ぎないように、言葉だけを逸らせないように、偽りの余裕を示す光。

だが、それももう限界に近かった。


「だけどね、もういいんだ。

 もうね、そんなことはどうでもいいんだよ、ピー君」


「どうでも、いいだと?

 (考えろ、こいつは無意味な言葉は口にしない。

 どうでもいいとは、どういうことだ?

 この状況が、現状が、奴にとってどうでもいいだと?

 ・・・ま、まさかっ!!)」


「フフッ。

 相変わらず、勘が鋭いねピー君は」


光の脳裏に走る悪夢。一目散に光はリビングを飛び出た。その背中を笑みで見送るみっぴー。

光が慌てて向かったのは、当然寝室。堂本千鳥が寝ている住処。

ノックもせずに飛び込む。視界に堂本千鳥は映らない。膨れていた布団を払いのけるが、そこにもいない。

さきほどまでの熱かった背中汗が、急激に冷たいものへと変化していく。

呼吸は乱れ、思考はぐちゃぐちゃになっていく。

タンスの中、ベッドの下、何処にも堂本千鳥はいない。

再び光は、リビングへと駆け込む。


「堂本千鳥を何処にやった!!

 答えろ、みっぴー!!」


みっぴーは何も言わず、ゆっくりと右手を持ち上げ、とある場所を指差した。

差し示した場所にあったのは、テレビ。光は無我夢中でリモコンを拾い上げ、電源を入れる。

みっぴーが何を意図してテレビを示したのかは分からない。

だが、今はこれしかヒントが無い。チャンネルを荒々しく、次から次へと変えていく。

指が止まったのは、ニュース番組。


『・・・繰り返しお伝えします。

 今日午後1時頃、00市の路上で、首を吊っている女性が発見されました。

 なお、死亡が確認されており、現在身元の確認が行われております』


言葉を失った。だが、光はまだ信じられなかった。

この首を吊った女性が、堂本千鳥である証拠など何処にも無い。

光は目の前にあったパソコンを起動させ、一言君のサイトを開いた。

一言君の「ポイント一言」と呼ばれる、ここ短時間で発信数の多かった文字・単語が

光の視界を邪魔する。


『自殺』 『首吊り』 『女子高生』 『可愛い』 『野次馬』

『写メ』 『警察』 『封鎖』 『救急車』 


今、一言君上はこの突如現れた非日常の首吊り自殺で持ち切り。

誰もが面白おかしく、好き勝手に一言を発信する。

涙目になりながら、必死に手掛かりになりそうな投稿を探す光。

そして。


「あ・・・あぁ・・・あっ・・・!!

 ど、堂本・・・ちど、り・・・!」


それは、心無き者からの投稿であった。首吊り自殺をした女の写真。

顔までハッキリと映された写メ。その顔は、堂本千鳥だった。

その瞬間、光は何もかも失った気持ちになった。心が空白になった。

体の何処かが破れてしまったかのように、力だけが抜け出ていく。

たった数十時間前まで、ちょうどこの場所、テーブルで3人でチーズケーキを食べていた。

堂本千鳥は生きていた。それがこうも簡単に潰される現実に、打ちのめされた。

そんな彼女の小さく、儚い命が、SNSの餌食になっているのに、泣くに泣けなかった。


「ちどりんがね、みっぴーに言ってくれたの。

 メールから、SNSから逃げたいって。

 だから、解放してあげたの」


「か、解放、だと・・・?」


「本当の友達だけで生活する世界、それがちどりんの幸せだって。

 だから、その魂だけを肉体から解放してあげた。

 その夢が次で叶うように」


「そんな、そんなもの・・・!」


「それがちどりんの幸せ。

 そして、私の、みっぴーの幸せは。

 ・・・私の幸せは、無の世界。

 誰も、他人も、人間もいない世界へ行くこと。

 人と人とを比べることが、不幸が始まらない、そんな無の世界へ行くこと」


みっぴーが真実を言っているのか、否かは分からない。

だが今の光には言い返す気力も、力も残っていなかった。

今まで自分と堂本千鳥が助かる道をひたすら考え、走って、行動してきた。

道源寺総一郎という、命の恩人の力も経て。それが消え去った今、光を支えるものは無いに等しかった。

勝ち組を否定され、守るべき堂本千鳥もいなくなった今。

光はどうすればいいか分からなくなった。


「・・・ピー君は、どうするの?」


「な、何?」


「みっぴーとちどりんは幸せを見つけたよ。

 ピー君の幸せは、何?

 ピー君の幸せを、教えてよ」


弱々しくなった光の体に、ゆっくり、ゆっくりと右手を近づけるみっぴー。

もう押せば倒れるほどの精神状態。「幸せとはなにか?」その質問に、光は答えられない。


「俺は、俺はぁ・・・」



 ・・・光君、君は生きるんだ・・・



「っ!

 (せ、先生っ。

 そうだ、道源寺総一郎先生は、先生の生き方は、まさしくそれは!)」


「?」


「俺は、俺は・・・!」


光の目に、再び火が灯った。走馬灯のように流れた、道源寺総一郎との会話。

生きろと説かれ、彼の低所得であり、一本道の人生を聞かされた。

それこそまさに、これからの光の生きる道しるべ。

彼の、幸せの姿。


「・・・見つけたんだね、ピー君。

 ピー君は、ピー君の幸せを」


「・・・」


「ピー君の中の勝ち組男は、死んじゃったんだね」


光は真っすぐ、みっぴーを見つめる。その目に迷いは無かった。

彼の中の勝ち組という呪いは、消え去った、殺されたのだ。

みっぴーは近づけていた右手を、そっと引っ込める。

みっぴーは光に背を向けた。そして、数歩歩き出す。

そのうち、光は気づき始めた。彼女の異変に。


「お、おい、みっぴー。

 おまえ、姿が・・・」


「もう体がもたないみたい。

 病室の方でも、何か騒がしくなってるね」


「おまえ、死ぬのか」


「解放されるの。

 ・・・そっか、だからピー君がそうなんだ」


「?」


「うん。

 ピー君が、大鳥羽未来の、みっぴーの・・・最後の友達」






それから、数年後





 あの奇妙な出来事の直後、俺の周りは色々と大変だった。

まずは大鳥羽未来の死。やはり彼女は俺の前から姿を消したと同時に、院内で息を引き取った。

後から聞く所によると、大鳥羽未来の父親、大鳥羽幸太郎は俺が彼女の病室に侵入したことを知ったらしい。

病院の関係者から、監視カメラの映像等で報告されたのであろう。

だが、お咎めは無し。やはり幸太郎にとっても、奇行を繰り返す未来の存在は邪魔だったらしい。

殺害容疑という事件性が生まれることで、世間の目に晒されるのを恐れた結果だ。



問題は、堂本千鳥。あれから数週間もしないうちに、警察が何度か訪れ、任意同行をさせられた。

あの首吊り自殺に事件性を嗅ぎ付け、誘拐の可能性を示唆したらしい。

そこで、防犯カメラから映し出された不審車両、そう、俺の車が炙り出された。

俺以外にも何人か候補者がいるみたいだったが、とりあえず俺は容疑を否定した。

何度も、何度も行われる任意聴取、そして脅迫まがいの警察からの質疑。

精神的にも参りそうだった。だが、それがある日、ピタリと止まった。

それから今日まで、警察は一度も来ない。

後から聞くと、大鳥羽幸太郎の存在が裏で動いていたらしい。

未来と関わっていた俺が、別件で捜査線上に上がっている。

そこで俺が逮捕されるような事態になり、芋づる式で大鳥羽未来の奇行が明るみに出るのを恐れたらしい。

まぁ、それにも二つの要因がある。

その事件が起こったのが、大事な、大事な、都知事選挙の年であったこと。

また、警察側も俺に関して決定的な証拠が無く、なおかつ都知事の圧力が加わったこと。

その二つが、俺を灰色から白色に変えた。



それからようやく時間が出来た俺は、約束を果たしに行った。

道源寺家に頭を下げて頼み込み、彼の墓の隣に、もう一つ墓を建てさせてくれ、と。

ある程度、彼の墓の費用も負担すると口にしたら、すんなり成立した。

今、立派な道源寺総一郎の墓の隅に、小さな墓が建てられている。

墓に刻まれるのは「小さな勇者」




そして、今。




 光は今、夜の商店街を会社の同僚と共に歩いていた。

行きかうサラリーマンの群れ。煌びやかな建物に、まるで火にたかる昆虫のように吸い込まれていく。

時刻はちょうど7時を過ぎたあたり。まさに佳境時。

すると、歩いている光の右肩を、誰かが軽く叩く。


「流課長」


「君は確か。

 早乙女有花、主任」


「課長、どうして花形の営業から開発に異動されたんですか?

 だって、出世コースじゃないですか。

 聞くところによると、課長は志願して異動されたみだいだし」


「そう、だな」


「今日は課長の歓迎会なんですから、色々教えて下さいね!」


主任という立場にも関わらず、ズバズバと上司に発言してくる早乙女に困惑する。

今日は光の歓迎会を兼ねた飲み会だった。あれから、光は出世コースの営業部を異動し、開発部へと来ていた。

異動させられたわけではなく、異動を志願したのだった。

流石にすぐには異動とはならなかったが、数年後の今、ようやく異動が実現した。


「(俺が異動をしたのは、そう。

 物を作るのが、新しい物を作るのが、子供の頃から好きで・・・)」


勝ち組、出世のため、光は自分を押し殺して営業部の出世コースを辿っていた。

だが、今は違う。光の顔に曇りはない、心にこびり付く虚無感は無かった。

目的地の居酒屋に着く。店内は金曜日の夜ということもあってか、人で混み合う。

案内された中央のテーブルに着き、一言二言部下の質問に答え、ビールを待った。

すると、ちょうど後ろの席から声がする。

どうやら、少人数の同窓会の様子。


「知ってるか?

 亮は今、年収200万だってよ」


「えー!亮君が?

 めっちゃ負け組じゃん!」


「学生の頃はあんなに勉強できたのにな!

 俺みたいに年収1000万、家庭ぐらい持ってないと、

 社会の成功者、勝ち組って言えねーよな!」


「自分で言ってるしー!」


聞こえてくる会話に、光は神経を尖らせた。

気が付くと、体が動き始めていた。立ち上がり、後ろを振り向く。

その姿を見ていた同僚が、不思議そうに見つめる。


「か、課長?」


光は止まらない。立ち上がったと思うと、イスを律儀に戻して、歩み始める。

歩んだ先は、後ろのテーブル席。光の存在に気づいたか、同窓会の連中は会話を止め、

光の顔を注視する。光は右手をテーブルに着きだした。

その顔は、以前の頃と一切変わりなく、自信に満ち溢れていた。


「まだ勝ち組だの負け組だのほざく原始人がいるとはな、この馬鹿め」




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勝ち組男と自撮り女が呪い殺されるまでの→7日間 げん @lecirque2000

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