第16話 勝ち組男と自撮り女はなぜ不幸
『6日目 昼』
「ぶっぶー!
ピー君、残念。
あとちょっとだったね」
「何が不正解なんだ」
みっぴーの顔に笑みが戻る。立場は完全に逆転した。光が生きているみっぴーの命を掌握している。
このままみっぴーが光を殺せば、解毒剤の在処が分からずみっぴーは毒殺される。
そんな窮地に立たされているというのに、さきほどの真剣な面持ちから一変、いつもの、あの緩い笑みが戻った。
逆に緊張走るは光。何を間違えたか?この余裕の意味は何か?
その動揺を悟られないように、みっぴーが否定した言葉の意味を探ろうとする。
「みっぴーはね、そんなちっぽけな幸せ欲しくないよ。
みっぴーが欲しいのは、本当の幸せ」
「論点をずらすな。
今はそんな話はどうでも良い。
俺が問いているのは、俺を生かすか、おまえが死ぬかの2択」
「ピー君、そこは問題じゃないんだよ。
死ぬとか生きるとか、そこは結果論だよ」
「じゃあ何だ!?
都知事の一人娘にして、他を超越するおまえが幸せを求めるだと!?
そんな馬鹿げた話あってたまるか!」
みっぴーが指摘した間違いは、今までの光が推理したみっぴー=大鳥羽未来の説では無かった。
この緊迫した状況の中で、みっぴーが指摘したのは「幸せになりたい」の意味。
光にとっては、あまりにもどうでも良い部分。極論、自分にも、みっぴーの生死にも関わらない蛇足部分。
だがしかし、みっぴーにとっては違っていた。そう、光は大きな勘違いをしていたのだ。
この「幸せになる」目的こそが、この一連の出来事の全てだったということに。
「お金があるから、幸せなの?
誰かより勉強ができるから、幸せなの?
おかしいな。みっぴー、全然幸せじゃなかった」
「後開発途上国に住んでから言うんだな」
「今は日本をベースでの話、それこそすり替えだよピー君。
お金があったから、何でも買ってもらえたよ。
何人も特別講師を付けてもらったから、何でも勉強できたよ。
だけど、ピー君、教えて。
この虚しさは、不安感は何?どうして全てがあるのに虚無感に囚われるの?
何でこの私が悩むの、満たされてないの、幸せになってないの?
・・・外を見れば、馬鹿そうな連中の方が、笑顔で幸せそうなのにさ」
「(これがこいつの、本性か)
そういうこと、か。
そこでおまえは馬鹿そうな連中、つまり俺や堂本千鳥を一言君で見つけ、ゲームに参加させた」
「せーかい!」
以前、堂本千鳥がふいに聞いた言葉。「なぜ光と千鳥が選ばれたのか?」
その大きな疑問に対して、実は堂本千鳥は正解を射抜いていたのだ。
だが当然、そこから話を膨らませることができなかったため、何も変わりはしなかったが。
「二人ともいっぱーい一言君上で友達いて、
人生も満喫って感じだったから、
一緒にいればその答えが分かると思ったんだ」
「鬼畜な女だ。
自分の落ち度で重度の食中毒になったことを幸いに、他人を弄ぶとはな」
「あれは違うよ。
表沙汰では食中毒になってるけど、本当は自殺未遂」
「じ、自殺?」
「うん!
お父様は食中毒に仕立て上げたけど、本当は自殺未遂」
「なぜだ」
「幸せが分からなくなっちゃったから。
援助交際とか最底辺の事まで、もう色んな事を経験して、それを探したの。
だけど、どんどん体も、心も傷ついていくだけで、何も分からなかった。
だから疲れて、自殺しちゃった!」
「(大鳥羽未来のゴシップ記事に、確かに黒い噂は存在した。
なるほど、父親としても病院暮らしをさせた方が得だったというわけか)」
実は大鳥羽未来が援助交際など闇に手を染めていることが、ゴシップ記事に取り上げられていた。
それは昨日、光が彼女について調べていた時にも発見することが出来た。
その存在を疎ましく思った父親が、みっぴーの自殺未遂を良いことに、病院に隔離することで存在をうやむやにすることに成功。
無事、みっぴーはこの世から無きものとされた。
「それで、俺や堂本千鳥等の木偶は
みっぴーちゃんの期待には応えられたのかな?」
「うん、とっても。
みっぴーなりの答えは出せたよ」
「何人も無残に殺した上でのその答え、言ってみろ」
「・・・何が幸せか、その前に。
じゃあ、ピー君。
人を不幸にするものって一体何?」
「不幸にするもの?
社会的地位の欠落、貯蓄の有無、学習能力の乏しさ、いくらでもある」
「みっぴーの答えは違うよ。
人を不幸にするのは、人であり、他人」
みっぴーは光に宣言してみせた。彼女が追い求めていた「幸せになる」その答えが出たと。
光はその話に惹かれながらも、壁に立て掛けられている時計の針に目をやる。
油断はしない。これが時間稼ぎの嘘偽りの可能性もある。時間が無いのは明白、一瞬の隙が命取り。
慎重に時間を把握しながら、みっぴーの話に答えを、自分と堂本千鳥が助かるヒントを追い続ける。
「随分と、安直な答えだな。
結論は誰かの、他人のせいか」
「正確には他の存在。
例えば、ピー君は勝ち組という言葉に縛られてるよね。
その言葉に優越を感じてるみたいだけど、そもそも何でそうなったの?」
「俺が優秀だからだ、自然にそうなったまで」
「違うよ。
あなたは他人と比較したから、勝ち組に縛られた。
他人と比較する上でしか勝ち負けを、幸せを認識できないから、
永遠に苦悩し、永遠に戦い続けているの、誰かと。
自分が無いから。支柱が無いから」
「ふ、ふざけるな!!」
「他人と自分を比較したって、本当に幸せになれるハズないのに、ね」
みっぴーの言葉に腹が立ったのか、怒声を張り上げる。
今まで自分の誇りにしていた「勝ち組」の否定。それは光の存在意義の否定にも感じた。
みっぴーは今にも襲い掛からんと鼻息荒くする光を前に、淡々と語る。
「でもね、そうなっちゃうの。
人はそうだと分かってても、他人と比較するの。
だから、人は進化が必要なの。
罵詈雑言、雑音の中で、自己分析、本当の自分、自身の本来のあり方を探す・貫く力。
そう、心の進化」
「心の進化、だと?
(こいつの言っていること、確か道源寺・・・)」
「だけどね、ピー君」
「何だ」
「これが、長い時間をかけて答えが分かったの。
ちどりんや、ピー君だけじゃなく、色んな人を見てきた上で」
「答えとは何だ、言ってみろ!」
「人はね、進化できない。
心の進化はできないんだよ、ピー君」
みっぴーはゆっくりと立ち上がる。閉じ切っていたカーテンを開けて、日差しを入れる。
日に照らされる、光の上半身。そして影に覆われたままのみっぴー。
「世界中の頭の良い人達が、人種や国境、宗派を超えて交流できるように、
SNS、ネットワークを広げようと技術進歩を加速させている。
そう、私たちの心を置き去りにして。
今じゃ、指でボタンを押すだけで、数百万の他人と接することができる。
世界中の人が、他人が、誰かが、私たちの頭の中に入ってくる」
「俺たちは、それらを選別、処理できないということか」
「SNSだけが、ネットワークだけが走り始めて、人の心を無意識に押し潰していく。
その情報量に押されて、人の心は進化を止める。
そして人の幸せは、他人との比較に溢れ返る」
「それが、おまえの答えか。
勝ち組という他人との比較に縛られた俺、
またSNSの進歩によって心を潰された堂本千鳥。
それが不幸、おまえのいう答えか」
「うん。
最後まで聞いてくれて、ありがと」
世界は今、さらに人と人との距離を縮め、交流できるように技術を開発している。
未来には、言語を超えたコミュニケーションが開発されるであろう。
だが、それこそが不幸の要とみっぴーは判断した。
「それに、ピー君嘘ついたよね」
「嘘?」
「毒薬。
みっぴーに飲ませてないでしょ」
「楽観主義者だな。
24時間後を楽しみにしていろ」
「そうかな。
堂本千鳥を殺せば助かるのに、それを微塵も考えない人が殺人なんてできるかな?
ピー君って、やっぱり甘いよね」
「そうやって、情報を聞き出そうとしているのか?
(こいつ・・・見透かされた)」
光は内心、今までにないほど震えていた。みっぴーの言う通り、光は毒薬を飲ませることができなかった。
確かに大鳥羽未来の病室に入った。そこまでは実行できたのだ。しかし、毒薬を飲ませられなかった。
これが光という人間なのか。毒殺することで、みっぴーだけでなく、病院に勤める友人の人生を
壊すこと、又自分が破滅することの恐れか。または、それとは全く別の意思か。
動揺を悟られないように、平静を装う光。
それをあざ笑うかのように、笑みで見つめるみっぴー。
果たして、死ぬのはどちらか?
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