第15話   最後の戦い


『6日目 昼』



「どうした?

 いつもの余裕の表情をしたらどうだ」


「・・・ふーん」


明らかに空気が変わる。冷たく、重苦しい空気が、部屋に舞い降りる。

普段見せないみっぴーの表情。怒っているわけでも、強張っているわけでも、緊張してるわけでもない。

怖いくらいに冷徹な目、動かない表情。それも、光が「大鳥羽未来」の名を口にしてから。

光もその異様な空気は察していた。しかし、ともあれ彼は順調にいくと後数時間の命。

やわな事態では微動だにしなかった。


「さて、大鳥羽未来についてだ。

 おっと、低能なみっぴーちゃんには物事を順序立てて説明した方が良いか」


「・・・どーいたしまして」


「まず初めに、足立美緒とは何者か。

 そこから答え合わせをしていかなければならない。

 道源寺先生が関わった前の犠牲者、そいつは足立美緒をみっぴーだと解した。

 そして、俺がみっぴーについて積み上げたロジックの先、

 絞られた4人の中にも、足立美緒の名前が存在した。

 果たしてそれは偶然か?」


「偶然じゃなきゃ、なんなの?」


「そう、偶然ではなければ何なのか?

 答えは簡単だ。

 おまえが、大鳥羽未来が足立美緒を囮に仕立てたんだ」


「囮?」


「こう考えてみるとどうだ。

 俺がいつしか、おまえの身元を探るために挑んだクイズがあった。

 あれは実は俺の意思ではなくて、無意識化で俺にさせたものであったら?

 足立美緒に矛先を向けさせる、一つのピースであったら?」


「言ってることが分かんないけど」


「恐らくおまえは他の犠牲者にも、形式は違えど似たようなことをしたハズだ。

 今のおまえの姿形の情報だけでなく、名前も誘導するために。

 そうすると、不思議なことに。

 何人か候補が浮かんでくるじゃないか。

 大抵の奴はそこで思考が停止しちまう。

 そう・・・おまえがまだ生きているという、その思考が無くなってしまう」


光から告げられる衝撃の事実。それは、みっぴーが、大鳥羽未来が生きているという仮説。

そのあまりにも今までの推理から逸れた解に対して、みっぴーは相変わらず無表情。

何も驚き、笑おうとも、馬鹿にもしようともしない。

光はみっぴーの周りを円で囲うように歩きながら、話を続ける。


「その手のことは知らんが、生霊というものか。

 恐らく、おまえは生霊になった時点で、自分と比較的似たスペックを持った

 足立美緒を発見した。

 そして、自分の囮とするために、酒気帯び運転に見せかけて憑り殺したんだ。

 どうりで、足立美緒の霊の憎悪が凄まじいわけだ」


「でもでも、ピー君。

 その推理って、凄く都合良すぎない?」


「そこも順を追って話せば、筋は通る。

 さきほど説明したように、俺はおまえが生きているという事実を誤認していた。

 何分、学生・女・死亡、この要素は確定的と刷り込まれていたからな。

 最初はおまえが女ではなく、男である可能性を閃いた。

 こともあろうに、たかが勘でな。

 だが・・・その勘違いは、道源寺総一郎先生の存在が解いて下さった」


「あの、除霊師」


「そう、除霊師、道源寺総一郎先生だ。

 よく考えれば、不思議な点だった。

 どうしておまえは道源寺総一郎先生を一日目で殺したのか?

 先生はおまえの除霊ができなかった、ならなぜおまえは先生を殺す?」


「・・・」


「答えは簡単だ。

 先生は死んだ霊、悪霊の除霊を専門にしていた。

 だが、おまえはあくまで生きている、生霊。

 前の犠牲者のように、リミットまで残り数時間の除霊ならいざ知らず、

 その時、俺にはまだ何日もの時間が存在した。

 もし実行された場合、除霊が難航すればするほど、先生がその異変に気付く可能性が高まる。

 そう、おまえは明かされるのを恐れたんだ。

 ・・・そうだろ?みっぴー、いや大鳥羽未来」


光はみっぴーの目線まで膝を落として、じっと目を合わせた。

いつになく、みっぴーの目は黒く見えた。何を考えているか、全く分からない。

こんな状況でなければ、寒気を覚えているだろう。だが、今はそんな感覚すら持ち合わせていない。

もう、半ば死人の身。行ける所まで、行くだけ。


「後は簡単だった。

 今まで死亡と誤解していたピースを変えてやるだけで、

 答えは簡単に検索結果として現れた。

 まぁ、それも昨日の滑り込みの段階だったがな」


「ふーん」


「女学生の名前は大鳥羽未来。

 今から2年前に食中毒により意識不明の重体、現在も治療中。

 そして、何より。

 おまえは、おまえの正体は・・・!」


「・・・」


「大鳥羽未来、東京都知事現職の大鳥羽幸太郎の一人娘!

 祖父には元総理経験者もいる、名門政治家系っ!

 おまえは生まれながらにしての、究極の勝ち組っ!!」


大鳥羽未来という人間に関して調べていくうちに、判明してくる事実。

それは日本国内要人の家族、一般人が手に届かぬ遥か高見にいる存在であるという事実。

相変わらずみっぴーは知らん顔を決め込み、わざとらしく服の袖で遊び始める。


「おまけに、国内五本の指に入る大学に在籍。

 不正入学かと思いきや、そうでもないらしいな。

 大鳥羽未来の名をネットで検索するだけで、おびただしい数の表彰、栄誉の授与の記録が掲載されていた。

 どうやら、相当の切れ者らしいな」


「そーなんだ」


「つまり、だ。

 おまえが言っていた”幸せになりたい”の意味は何か?

 他の者を圧倒的に凌駕するおまえが、何を求めているのか?

 簡単なことだ。

 おまえは意識不明の重体という不幸の腹いせに、自分より下の人間を陥れることを愉悦としている。

 俺や堂本千鳥を使って、自分の手の中で踊らせ、弄ぶことに至福を感じている。

 おまえの幸せは、雑魚共の苦しむ姿、もがく姿!!

 おまえは人間の不幸を、演劇の観客の如く傍観することに、幸せを手に入れようとしている!!」


今まで冷静に推理してきた光が、初めて感情を露わにしたのか。

みっぴーの目の前にあったテーブルを、右手で強く叩きつける。

その急な物音にも微動だにせず、みっぴーは服の袖遊びを止めようとはしない。


「だが、喧嘩を吹っ掛ける相手を間違えたようだな」


「・・・まだ、話は続きそう?」


「安心しろ、すぐにケリがつく。

 そう、本題はここからだ。

 大鳥羽未来という正体が分かって、一体何が出来る?

 調べてみれば当然、おまえは国内有数の病院で治療を受けている。

 その立場上、VIPルームと呼ばれる、関係者以外入れない病室を確保されている。

 敵ながらあっぱれなものだな。

 もし大鳥羽未来という名が分かっても、一般人では病室どころか病院にすら入れない。

 つまり、このゲームが開始された時点で・・・詰みということだ」


「そーみたいだね」


「そう、あくまで一般人。

 そこらの人間での話だ。

 俺に、勝ち組に通用すると思うなよ」


光は話の途中、ポケットから何を取り出す。そしてその何かを右手で宙に上げては掴み、

宙に上げては掴みを繰り返す。光の頬が、わずかに緩む。その様子をみっぴーは見逃さなかった。


「俺が勝ち組ということは、俺の交友関係もまた勝ち組の類。

 官僚、弁護士、学者・・・そして、医者」


「・・・」


「友人の医者が勤務する病院は、まさにおまえが寝る住処。

 昨日、訪問の相談したら快く承諾してくれたよ。

 おまえの、病室にな」


「フフッ」


「さすがに頭の回転が早いな。

 今朝、ようやく大鳥羽未来、瓜二つのおまえの顔を見れたよ。

 悪いが、みっぴーちゃんのお見舞いに行ったわけじゃない。

 おまえが大鳥羽未来だと確認するため、それもあまり目的ではない。

 ・・・目的は、こいつだ」


昨日、光は図書館の駐車場で言い争いをしていた。それは医者の友人に、大鳥羽未来の

病室に訪問させろという、相談のため。無論、友人からは断固拒否された。

しかし、光はこの友人が不正入学で医大に入ったことを知っていた。

それを武器に、強引に、今日の朝方、大鳥羽未来の病室へと入り込んだのだ。

光は右手に持っていた白い小箱をみっぴーに見せつける。

それこそ、この状況を逆転する最後の奇跡。光が生き残るための、最後の剣。


「おまえほどの頭なら、これが何か分かるだろう。

 そう、毒薬だ。

 本来は俺の自害用に買った代物だった。

 だが、こんな形で逆転の目を生んでくれるとはな。

 こいつはな、口に含んでから24時間以内に解毒剤を飲まなかった場合、致死率は90%ほどらしい」


「・・・何を要求したいの」


「言わなくても分かるハズだ。

 この毒薬の一つはおまえに飲ませた。

 解毒剤はもちろん、俺が何処かに隠してある」


「早く、言いなよ」


「さぁ、みっぴー、これが最後だ!

 おまえを24時間後に殺す!

 俺と堂本千鳥、二人の前から消え去らなければっ!」


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