第14話   既読罪


『6日目 早朝』


 最後の日。当然、光は昨夜から眠りに入ることはできなかった。

過去の犠牲者の例、そして自分が堂本千鳥を殺していない以上、光は死ぬ。

その現実から逃れられないようにも、光は寝ることは無かった。

時刻は午前5時45分。すでに身支度は整っていた。

朝食も食べず、光は玄関へと向かう。


「(成るようにしかならん、か)」


昨日、千鳥に言い放った言葉を思い出す。

もうここまで来てしまった。結局、絶対という策を何も編み出せぬまま。

光はドアノブに手を掛ける。そして、白い闇広がる世界へと足を踏み入れた。




『6日目 朝』



光が出てから2時間後のことである。髪をぼさぼさにした千鳥がリビングへ来たのは。

相も変わらずテレビを見ているみっぴーに一言挨拶を交わし、冷蔵庫のミネラルウォーターを口にする。

テーブルに用意された手作りのおにぎりを見て、少し微笑む千鳥。

不格好なおにぎりを手に取り、みっぴーの横に腰を落とす。


「あいつ、朝から出てったの?」


「うん。

 みっぴーの居ぬ間に洗濯へ出ちゃった」


「そう。

 (逃げちゃった、のかな)」


光が何処へ行ったのか、千鳥も特に聞いてはいなかった。

だが、昨日までの様子を見ると、確固たる事実を手にしたというわけではないことは、千鳥でも分かった。

特にそれ以上は何も思わないようにして、ただ千鳥はおにぎりを頬張った。

すると、みっぴーが笑顔で千鳥の顔を覗き込んでくる。


「ちどりん、ちどりん!

 約束した、幸せ!

 みっぴーに今日こそ教えてっ」


「えっ?

 あぁ、そんなこと言ったっけ」


みっぴーが尋ねてきたのは、以前千鳥と共に話した「幸せ」について。

その時は千鳥の頭の中も整理できていなかったのか、ハッキリとしないままで終わった話。

どうやらみっぴーはその話の続きをずっと待っていたらしい。

それも無理はない。みっぴーの目的は、幸せになることなのだから。

おにぎりをテーブルに置いて、視線を地面へと合わせる。


「友達がいっぱいいること、それが幸せ。

 そう・・・思ってたけどさ。

 何かこうやって、携帯から離れて、ネットから離れて、

 江戸時代みたいな生活しててさ、少し気づいた。

 ・・・ちょっとうち、おかしかったのかな」


「おかしい?」


「繋がっていることが幸せ、話をしていることが安心、そう思ってた。

 ・・・うちの友達にね、リサって子がいたんだ。

 同じカースト上位なんだけど、ちょっと立場的には微妙な子。

 その子さ、夜中うとうとしてて、メールの既読無視しちゃったみたいで。

 次の日からシカトされてた。

 そんで、2週間後には不登校になっちゃった」


「うん」


「教室なんて狭い中だと、簡単に孤立させられちゃう。

 だから友達であるために返信しないと、メールを返さないと、孤立しちゃう。

 カースト最下位になっちゃう、リサみたいに。

 すぐに返信すれば、毎日繋がっていれば、深夜まで愚痴ってれば、ずっと友達、ずっと幸せ。

 うん、だからそう、それが幸せ、たくさん友達でいることが。

 ・・・本当に、幸せなのかな」


千鳥もみっぴーに問われてから、曲がりなりにも今日まで考えていた。

自分が誇りにする友達の数、そしてスクールカースト上位。それは果たして幸せなのか。

しだいに、千鳥は体育座りをし、体を丸めていく。


「たぶんそれが息苦しくなってきて、一言君に、ネットに家出して。

 うちって可愛いしさ、ちょっと有名になりたかったし、顔の知らない人と繋がれるし。

 ・・・ごめん、嘘。

 可愛いうちを見てくれるだけの人、褒めてくれるだけの人が、欲しかったんだ。

 ずっと話してなくても、私を見捨てない場所が欲しかったんだ」


「そうなんだ」


「でも、そこでもやっぱり。

 笑っちゃうよね。

 一言君上でも、ネット上でも友達っていうのが、コミュニティってのがあって。

 そこでもまた・・・蜘蛛の巣に引っ掛かって。

 また、窒息しそうになっちゃって」


気づけば、千鳥は両肩が小刻みに震えている。もう顔は正面を見ていない。

下に向けたまま蹲っているだけ。そんな千鳥の様子を、ただ茫然と、不思議そうに見つめるみっぴー。


「うちって、馬鹿だよね。

 だってさ、たくさん友達作るのは良いことなのにさ、

 色んな人とコミュニケーション取るのは良いことなのにさ。

 ママだって、先生だって、アイドルだって、みんな、みんな・・・

 友達は、人の繋がりは大切って・・・あんなに、言ってくれてるのに・・・。

 なのに・・・うちって、おかしいよね・・・ちょっと、壊れちゃってるよね」


千鳥の声もじょじょにか細くなっていく。途中、さすがにみっぴーも心配したのか。

肩を叩き、テーブルに置いてあったミネラルウォーターを差し出そうとする。

しかし、千鳥は頭を左右に振って拒んだ。


「携帯のメールが来て、返信して。一言君のメッセージが来て、返信して。

 メールが来て返信。メッセージが来て返信。

 メールが来て返信。メッセージが来て返信。

 メールが来て返信。メッセージが来て返信。

 メールが来て返信。メッセージが来て返信。

 返信、返信、返信、返信、返信、返信、返信、返信、返信、返信、返信。

 ・・・もう嫌だよ、こんなの。

 私はいつまで返信しないといけないの?

 私はいつまで友達と一緒じゃないといけないの?

 私はいつまで携帯に縛られないといけないの?」


「ちどりん」


「・・・お願い、みっぴー・・・」


「何?」


「・・・私を直して・・・。

 こんな壊れちゃった頭を・・・頭の中の悪い菌を、直して・・・。

 だって、だって・・・人は、一人じゃ生きていけないのに・・・」


千鳥はくしゃくしゃになった顔を、勢いよくみっぴーの胸に埋めた。

千鳥は我を忘れて、わんわんと泣くばかり。

幸せの問いを聞いていたみっぴーは、訳が分からなくなってしまった。

ただ、みっぴーは震える千鳥の背中を、丁寧にさすってやった。




『6日目 昼』



玄関のドアを開く音がする。この部屋に入ってこれるのは、状況的に二人。

主の光か、管理人の許可を得てきた警察官か。だがしかし、今回はどうやら前者のよう。

特に物怖じせずに、リビングへと入ってくる。後数時間の命だと言うのに。

リビングのドアを開けると、朝の風景と同様、みっぴーが一人、テレビを見ていた。

存在に気づいたみっぴーが、立ったままこちらを睨みつける光に声をかける。


「おかえりなさい、ピー君」


「あぁ。

 そういえば、例の約束まで残り数時間だったな。

 ・・・205号室の、大鳥羽未来(おおとば みらい)さん」


「!」


「やっと・・・真剣な顔つきになったな。

 どうやら、最後の勝負となりそうだ」

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