第13話   自撮り女、周りを見る


『5日目 昼』



 光は今、図書館の駐車場隅に来ていた。

早朝の一件から、ある疑惑を生み出した光は一目散に図書館へと足を運んでいた。

そしてあらかた用事が済んだのか、図書館を出てきたと思うと即座に電話をかけ始めた。

電話が繋がらず、イラ立ったように右足の爪先を小刻みに地面へ叩きつける。

3分待って、ようやく応答される。しばし話し込むが、どうやら口論となっている。


「すぐに用事は済む。

 少しだけで良い、協力してくれ」


「無理なことを言うな、光。

 おまえだって、そんなの無茶だって分かるだろ?」


「だから金も積むと言っている!

 何か事が起きたら、始末は俺だけで済ませる」


「いい加減にしろ!

 俺は忙しいんだ、切るぞ!」


「おまえの不正を公にするぞ、いいんだなっ!!」


その一言で、全ては片付いた様に見えた。それから数分話して、通話ボタンを切る。

そして光は立ち止まることなく、次の目的地へと向かう。

残り時間は1日半。もう進む所まで進むしかなかった。

例えそれが間違い、不正解だったとしても、もう後戻りはできなかった。




『5日目 夜』



時刻は午後8時ちょうど辺り。

コンビニ弁当を抱えた光がようやく、自宅へと着いた。

不思議と、光の顔に午前までに見られた焦燥感は感じられない。

不気味なくらいに落ち着ている。リビングへのドアを開けると、そこにはテレビを見ている千鳥がいた。

光の存在に気づくと、顔を歪ませて、立ち上がり、寝室へと戻ろうとする。


「何処へ行く。

 夕食は食べてないんだろ」


「(こんなクソ男となんか、一緒に食べたくないし)

 コンビニ弁当なんか、飽きちゃった」


「見栄を張るな。

 ここで倒れられたりしたら、また面倒だ」


「別にうちは普段から、3食食べてるわけじゃないし。

 そ、その・・・家、ビンボーだから」


「何?」


何処か恥ずかしそうに、視線を脇に向けながら喋る千鳥。

確かに薄々光も感じ取ってはいた。これまでの千鳥の振る舞い、言動、食べ方等、

あまり育ちが良いというわけでは無さそうだということを。

そしてこの本人の発言で、それは確信へと変わった。


「・・・おまえはここで待っていろ!

 テレビでも見ているんだな!」


「は、はぁ?」


光は血相を変えて、再び外へと出て行ってしまう。

光から離れようとしていた千鳥は、まさか光から何処かへ消えるという事態に茫然と立ち尽くす。

後々面倒なことになってもと思ったか、仕方なく千鳥はリモコンのスイッチを押した。

それから30分程である、光が帰ってきたのは。

手にはコンビニ弁当ではなく、しっかりとした包材で包まれた何かを持ち合わせていた。


「よく聞け、これは老舗の料亭”せいりょうや”の高級弁当!!

 表沙汰には弁当など取り扱っていないが、特別会員は別っ!

 いつでも、どこでも、”せいりゅうや”の嗜好品が堪能できる!

 そう、勝ち組だけに与えられた特権である!」


「だ、だから、何よ」


「黙って食べてみろっ!!」


丁寧に梱包された紙袋の中から、黒い容器に入ったお弁当を取り出す光。

見た目からしても、その高級志向が伺える。千鳥もいつのまにか光への憎しみを忘れ、

その非日常の品物に魅入られてしまっていた。

光は黙って千鳥の分の弁当を差し出し、付属していたお手拭きと、箸も同時に渡す。

特に「いただきます」の合図もせず、光は自分の分を食べ始める。

さすがにここまで来たら、千鳥も憎しみよりも興味が優先し、弁当を開け、箸をのばした。


「(・・・うまっ)」


高級料理が本当においしい、舌がとろける。そんな話はドラマや漫画だけの誇張だと思っていた。

だが、千鳥は生まれて初めて、食べることに感動していた。

こんなに美味しい料理が存在していたのかと、驚嘆していた。

気が付けば、何も考えずに箸が進む。食べ方も、光からの視線も、何も気にならなかった。

とにかく、食べることが至福だった。食べることに集中する二人は、沈黙が続いた。


「・・・」


「・・・」


「・・・るな」


「え?」


「スクールカーストなんぞに負けるな。

 もっと勉強しろ、もっと綺麗になれ、もっと一芸を極めろ。

 勝ち組になれ。

 大人になれば、いくらでも取り戻せる」


光からの突然の言葉に、思わず快調だった箸が止まる。

光自身は、箸を止めずに弁当だけをただ見つめる。

そして千鳥はようやく気付いたのであった。この高級弁当は自分を気遣ったのだと。

何を言い出せばいいのか分からず、千鳥は戸惑い、飲みたくもない水を口にする。

それが功を奏したのか、ようやく言葉が発せられる。


「何で、いきなり」


「俺も貧乏だった。

 死ぬほど勉強した。

 だからもう、負け組はごめんだ」


「そ、そう」


今まで自分の弱みと、恥ずべき過去と感じ、喋ることの無かった事実。

流光もまた幼少期は貧乏であった。それがここまでの勝ち組・負け組の偏見を生ませた。

そして勉強だけに全てを費やし、何とか勝ち組のルートに乗ったのである。

運動能力も、一芸も無かった光が、どうにか勝ち組になれるためには、勉強しか無かった。


「ねぇ。

 明日、大丈夫なの?」


「成るようにしかならん」


「そ、そうなんだ」


今まで気にかけもしなかったが、気づけば光の命日は明日だと思い出した千鳥。

どうやら、策はあまり無い様子。だがそんな中でも、光は千鳥を想った。

自分と同じく貧乏であった千鳥に、何か可能性を示したくて。

千鳥の何かが吹っ切れたのか、突然立ち上がる。

冷蔵庫にあった何かを取り出すと、寝室で遊んでいたみっぴーを引っ張り出す。

みっぴーを同じくテーブルに着かせ、手に持った何かを中央に置く。


「これ、お昼にコンビニで買ってきたチーズケーキ。

 3等分にしてあげる」


「何っ!?

 堂本千鳥、また勝手に外出したのか!

 いくら説明すれば理解できるんだ!」


「うるさいの。

 あんたの取り分減らしちゃうよ。

 みっぴーはどれだけ欲しい?」


「みっぴー食べれないけど、いっぱいほしー!」


「じゃあ、これくらいね。

 (何でこんなことになったのか。

 いきなり誘拐されて、外出禁止されて、コンビニ弁当ばっか食べさせられて。

 同居するのは悪霊の女の子と、ましてや威張り散らすおっさんだけど・・・

 だけど・・・)」


千鳥が丁寧にチーズケーキを3等分にする。

吠える光を無視し、自分の箸の反対側を使って、光と、みっぴーとで分ける。

この、あり得ない空間の中で。


「(だけど・・・こういう女子会も、たまにはいいかな)」


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