第119話氷の女王は
雫と露が去って数週間が過ぎた。
悲しみにくれ、何をするにも手がつかず、そうしてただ、いつか会える日を待つ……。
なんてことはしなくても、現代には発達した通信技術があるので連絡は取り合っている。
つまり、あんまり変わっていない。
たしかに直接会う訳にはいかないが、それでも電話したり、ビデオ通話もできる。
顔も見れるし、声も聞ける。
それでも、どうしてか寂しいのは、話しかけている相手が画面か、それとも横にいるかの違いなのか。
向こうの生活音も、露の声も入ってくる。
そんな、なんだか騒がしい通話をしながら、自分の声以外何もない家でひとりぼっち。
寂しい、悲しいそんないつか、どこかに忘れてきた感情を再び思い出したことで、どこか懐かしさと、それに勝る寂しさ、悲しさ感じ、矛盾だらけの日々を過ごしている。
いつも通りで、いつも通りじゃない。
雫がいるのが当たり前で、いないのもいつかの当たり前。
いつも通り会話してる彼女は隣にいない。
だからこそ、この連絡を取っている時間が幸せでならなかった。
「そっちは夜かしら?」
「そうだよ。そっちは?」
「お昼よ」
「学校は?」
「休みよ。こっちは土曜日」
「こっちは日曜の超早朝だよ」
「そう、なら寝ないとね。体壊されても困るし」
「そうだな。ねるかー」
「私も昼寝しようかしら」
「そうだな、寝落ち通話?」
「ごめんなさい、充電ないから切るわねじゃあ」
「あっ、お、おい……」
たわいもないが、もう少しラブがあってもいいと思う会話だ。
そんな感じで少し寂しい思いを胸に、雫のことを考えて眠る。
そうすると夢に出てきて、沢山、楽しいことをする。
そうして目が覚めて現実に帰る。
そう、寂しい。
これだけ回りくどい考えで、言葉にしても結局寂しい。それだけ。
そんな日々をただ過ごして、いつか帰って来る日を待つ。
それから約2ヶ月がたった。
「いやー、もう、2年かぁ」
「1年が早すぎる」
「そうだねー。ほんと、あっという間」
「きっと2年も直ぐに終わっちゃうんだろうね」
黒兎たちは2年になった。
晴れて全員進級出来た。
もう、雫が去って4ヶ月近い。
雫がいない生活にも慣れてきた頃。
人間というのは怖いもので、どれだけ悲しいことがあってもいつか慣れてしまう。
なんの比喩でもなくて、ある程度のことは時間が解決してくれるものだ。
もうすっかり一人暮らしに戻っていた。
「ああ、きっとすぐだよ」
黒兎はそう答えた。
「帰って来るといいね」
咲良が黒兎の表情を見て言った。
「おう。まあ、待つしか出来ないからな」
少し遠くを見て黒兎が言う。
「まあ、ほら、連絡も取ってるんだろ?」
陽が黒兎の肩を軽く叩いて言う。
「うん」
黒兎は短く答えた。
「なら、元気出てこーぜ、ほら、まだまだ学校は続くんだからさ。せっかくならもっと楽しんで過ごさないと」
陽が言うとみんなも頷く。
「そうだよ。雫がいなくて寂しいのは分かるけど、私達がいるだけじゃ不満?」
優心が言う。
「そんなことない。お前らがいて、ほんと、よかったよ」
黒兎は真剣な表情で言った。
「なんだよ、なんか恥ずかしいわ!」
陽が言う。
「なんだよ、こっちは真剣だ」
黒兎が当たり前のように言う。
「それが恥ずかしい」
咲良が言う。
「まあまあ、黒っちはそんな人間だからさ」
聡が腕組みをして言う。
「なんだよ、俺を分かったみたいに」
黒兎らそんななんでも分かったふうに言う聡に言う。
「黒っちのことは大抵わかるよ。何でもとは言わないけど」
聡はそう答えた。
「そうかよ。なら、良い友達を持ったんだな」
黒兎は聡や他のイツメンたちを見て言う。
「そうだ。ほら、しんみりしてないで、まだ2年も始まったばかりなんだからさ」
「楽しんでいこうか」
そんな感じで始まった2年生はあっという間に過ぎた。
体育祭、文化祭、修学旅行。
どれもこれも思い出だらけだ。
聡と咲良は相変わらずだし、陽と優心もいい感じだ。
そうして、そんな2組のカップルを見ては、はるか遠くにいる彼女と電話をして、一日がすぎる。
時差の関係上土日くらいしかまともに会話をすることは出来なくても、連絡は毎日取っている。
日頃の思い出、夏休みの思い出、行事の思い出……。
そうしてもうすっかり桜が咲き始めた頃、連絡が途絶えた。
電話もメッセージも反応がない。
イツメンにそのことを連絡しても分からないと言われるだけ。
そうして、そんなことを言っている間に黒兎には大きな分岐点が迫っていた。
進路だ。
卒業した後、就職、進学、それにそれからのことも考えないといけない時期。
とうとう、いつか、雫のことを置いてでも、自分のことを考えないといけない、そんな時期になっていた。
そして、黒兎の周りも変わっていた。
初めはそれこそ空気だった黒兎が今ではイツメン以外にも友達が出来、クラスでも活発に話すようになっていた。
それこそ雫のおかげだった。
散々1年生の頃に教室でやらかしたおかげでいつしか人前で話すことができるようになった。
トラウマなんか乗り越えて、黒兎変わっていった。
雫と付き合っている頃よりはるかに大人になっていった。
そうしてもうアイスが美味しい時期になると、受験本番の空気感に、誰しもがペンを持ち机に向かった。
黒兎は私立大学のかなり有名な大学を進路としていた。
元々勉強はできる方だったが、それでも全国となればやはり、まだまだ足りない。
だからこそ、本気で勉強を始めた。
そして木の葉達が紅く染まる頃には模試で好成績を修めていた。
カイロを持って外に出る頃には、いよいよ本番目前だった。
黒兎の受験は上手く行けば1月には終わる。
あと少し、あと少しだけ頑張るんだと、自分に言い聞かせ、そして晴れて合格を勝ち取ったのだった。
受験から開放された学生たちが次々と体育館へ向かう。
その中にはまだまだ戦っている者もいる。
その中には来年は社会に出ている者もいる。
でも、みんな同じ。
今日、ここを出て、未来に羽ばたいていく。
聡は有名な私立大学へ。黒兎とは違う大学だ。
陽は国公立大学へ。やっぱりエリートだ。
優心は聡と同じ大学へ。優心の後半の追い上げは凄みがあった。
咲良は体育大学へ。将来は体育の先生になるらしい。
そうしてみんな進路を決め、それに向かって努力し、そして勝ち取った。
きっとこの先も苦難を乗り越えて、自分の人生を切り開いていくんだろう。
みんな、涙を流し、別れを惜しみ、母校に感謝を告げ、そして帰路に着く。
この後はイツメンで夜飯でも食いに行こうと、そういう話をした。
そして、
黒兎は1人で帰っていた。
思い出す。
(昼ごはんどうしようか)
家には両親がいる。が、お昼は少し出かけるそうで、ご飯は1人だ。
でも、なんだかそこに行けば会える気がして、だからこそ、そこに向かう。
ついでに飯でも買おうかと。
何だか懐かしい場所でソイツと会う。
ソイツは何かお腹がすいてそうだ。
黒兎は買ったばかりのサラダチキンをソイツに渡して言う。
「こんな所もなんだし、俺ん家で食うか?」
勿論冗談で。
「うん。いく」
ソイツは答える。暖かく花咲くような声で。
「ん?今なんて?」
「行く。黒兎の家にいく」
「へっ!?」
勿論黒兎は恥ずかしい声を出す。
でも嬉しくて幸せで、今すぐ目の前のソイツに抱きつきたいけど…。
「あの…解ってる?男子のお家に来るんだよ?一応俺、一人暮らしだよ?何されるかわかんないよ?」
「黒兎はそんなことする勇気なんてなさそうだから安心」
「うん。しれっとヘタレそう宣告だね。傷つくよ」
「そんなことより黒兎の家に行きたい」
「そこまで言うなら何があっても責任とらないよ!雫!」
あの時と同じ、そしてあの時と違う。
雫は黒兎と名前を呼び、黒兎は雫の名前を呼ぶ。
お互い色々我慢して、黒兎の家に着く。
リビングに上がって、他にも色々食べさせてやる。
「食べたか。んじゃ帰りな。親も待ってるだろうし。」
「………………」
「なんでそこで黙るんだ?」
「…………………」
「黙ってたら解んないぞ」
「………私は」
「どうしたんだよ」
ここまできたらもう、あの言葉以外考えられない。
全てが始まったあの言葉。
この2人の物語を語る上で書かせないキーワード。
氷の女王は、嬉しそうに、幸せそうに言う。
私は……家出してきたの!
氷の女王は家出少女 @MARONN1387924
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