第118話いつものように
結局、雫と露は冬休みが明ける前に黒兎の家から出ることになった。
黒兎や、イツメン、愛姫がお別れ会をしようとしたが、「なんだかもう二度と会えないみたいだからいい」と言われ何もしないことになった。
だから、いつも通り、普通に過ごして、そうやって、学校に行くみたいに見送って帰りを待つ。
それだけ。
「おはよう」
「おう、おはよう」
短く挨拶して、いつものようにご飯を食べる。
「向こうの食事になれるかしら」
ご飯を食べながら雫は一言、そう言った。
「住めば都って言うしな。そのうち慣れるもんだろ」
「そうね。そういえば私もここに来た時には住めば都精神だったわね。まあ、今もそうだけれど」
そう言われて思い出すのは出会った頃の雫だ。
無愛想で可愛げもないやつだったが、それでも惹かれるものがあった。
今だからそう思うのかもしれないし、最初から思っていたことかもしれない。
「うぇー、おはよう。ご飯たべる」
「寝坊か?」
雫と黒兎がご飯を食べ終わってしばらくした頃に、重そうにまぶたを擦りながら露が1階に降りてきた。
「なんか昨日は緊張して寝れなくてさ」
「遠足前の小学生かよ」
「かもねー。まあ、私は今も校外学習とかワクワクして寝れないし。中学の時なんて修学旅行前に寝れなくて、結局バスの中で寝ちゃったしね」
「残念だな」
「今更って感じでしょ?」
「まったく、姉妹揃って残念美人だよ」
「あら、美人だなんて嬉しいわ」
「褒めてないんだよなぁー」
あまりにいつも通りで逆に違和感を感じてしまう。
露はラップのかかった1人分のおかずとご飯を取って座った。
「テレビぃー」
テレビをつけろと言う目線をしながら露が言った。
まったく、誰の家だよと思いながらも黒兎はテレビをつける。
ニュースです。……………………
いつも通りニュースが流れる。
事故だとか、芸能人の熱愛、不倫だとか、事件だとか、なんと言っていいか分からないが、とにかくいつも通りだった。
次は占いです。
占いコーナーが始まった。
どんどん順番に占いの結果が出される。
「山羊座とてんびん座だけね……」
「そうだな」
残ったのはてんびん座の黒兎か、それとも山羊座の雫と露か。
ごめんなさい。12位はてんびん座のあなたです。
今日一日は行動全てが空回りして気分が落ち込みそう。
ラッキーアイテムは黒の財布です。
「黒の財布……ね」
黒兎が持っているのは黒ではなく茶色の財布。
おめでとうございます。1位は山羊座のあなたです。
今日一日は何をしても上手く行きそう。
ラッキーアイテムは白のハンカチです。
「白のハンカチ……もってるわね」
「私もあるよ?」
2人はラッキーアイテムを持っているらしい。
「まあ、所詮占いだよ。当たるわけない」
そうは言いつつも、黒兎は1位になった日は信じないのに最下位になると信じる。そんな人間だった。
「黒の財布でも買ってきたら?」
「今から?ないない。今日は普通に過ごすんだよ」
「てか、普通に過ごそうと思ってる時点で普通じゃないよね」
露に言われて思わぬ所で気付かされた。
「……たしかに」
「買いに行く?」
「いや、まあ、めんどくさいし、いいよ。財布買うのにお金使ってどうするんだって」
「今使っているのもまだ新しいものみたいね」
そう、今使っている財布も割と最近買ったものである。
まだ使える財布を置いてまで新しい財布を買うのは気が引ける。
「まあ、最下位だしね。変わらないよね」
「うるせぇ!」
「気にしてたんだ。占い」
「……」
「空回りというか、いつも通りというか。残念な人ね」
「残念なイケメンとは言ってくれないんだな」
「実際イケメンではないしね」
「お前ら出てったら部屋ぶっ壊してやる」
普通に過ごすなんて言っても、ダラダラ過ごすというのはもったいない気がするのでとりあえず外に出る。
「とりあえず、出ては見たけど……暇ね」
「暇だな」
露はと言うと愛姫の家に遊びに行ってしまった。
家の周りを散歩をするだけ。
家の周りから離れるのはそれはそれでめんどくさい。
ダラダラするのはもったいないと言うが、ダラダラしたいのが本心だったりする。
それもそうだ。
昨日は荷造りなんかで色々忙しく過ごしていたので、なんというか疲れが残っている。
「家、帰るか」
「そうね。寒いし」
真冬の散歩はなかなかに寒い。
家の中でぬくぬくいた2人にはこたえた。
2人は来た道を遡って家に帰ってコタツに足を突っ込んだ。
「暖かい」
「コタツから出れない」
コタツの魔力によって吸い込まれた2人はしばらくじっとしていたが、アイスを食べたくなり冷蔵庫まで動く。
そしてコタツに入り、活動停止。
ちなみにゴミ箱やリモコン、テッシュにみかんといった必需品は全てコタツから出なくても使える範囲に置いてある。
これ最強の布陣が完成したことでとうとうコタツの魔力から抜け出せなくなり、ウトウトし始める。
(ダメだ、寝ちゃ、今日は最後の日なんだ)
そうは言いつつも眠気が吹っ飛んでいくことは無い。
黒兎も実は緊張というか、色々思うところも多くてほとんど寝ていなかった。
「し、雫?」
顔を横に向けても座っているはずの雫が視界に入らない。
もしやと思い、少し目線を下げるとそこには眠っている雫がいた。
実の所、雫も寝ていない。
理由はだいたい露や黒兎と同じ。
結局みんな普通になんて過ごせるはずもなかった。
一方、愛姫の家に来ていた露は、同じくコタツでゴロゴロしていた。
「まさか、黒兎さんじゃなくて私に会いに来るなんて、まったく、可愛い先輩っすね」
「うー。まあね、最後くらい二人でいさせてあげようかなって」
「それで私のところに?他の友達を差し置いてっすか?」
「わるい?なんか会いたくなっただけ」
「キュンって来たっす」
「当たり前よ。私にキュンって来ない人間なんてそうそういないわ」
こっちはこっちで楽しそうに過ごしている。
愛姫がみかんを食べながらゲーム機にカセットを差し込んだ。
「どうっすか?やります?大乱」
「おお、いいね。やろやろ」
愛姫が使うのは重量級の、どちらかと言えば女の子が好きそうな見た目では無いキャラを使う。
露は軽量級の可愛いモンスターを使っている。
さすがに経験の差や、重量級対軽量級という事で、あまりゲームの経験のない雫が一方的にボコボコにされていく。
「ちょっと!先輩に花持たせなさいよ!」
「んじゃ、手向けの花をってことで」
「ンア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙~~!」
「どっからその声出てんすか」
一切手を緩めない愛姫にとうとう露は「飽きたー」と駄々をこね始めた。
「もー、自分が負けるからって。大人気ないっすよ」
「大人じゃないもーん。子供だもーん」
「本当にこれが先輩のあるべき姿なのか疑問を感じるっす」
「いい?愛姫。この世は忖度!上の人には徹底的にゴマを、下のものにはビシバシ鞭を」
「クズ人間っすよ」
「でも、そんなクズ人間でも愛姫は待っててくれるんでしょ?」
「……待ってるっすよ。大好きですからね」
「知ってる」
「結婚します?」
「それは……いいや」
「 ンア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙~~!」
「あんたもどっからその声出してんのよ」
ゲームを終え、少し休憩。
するとこちらにも眠気が襲う。
「やばい。愛姫ー、眠たいよー」
「寝たらいいじゃないっすか」
「今寝たら飛行機で寝れなくなるー」
「はぁ、いいっすよ。膝枕してあげるっす」
「それ、愛姫がしたいだけでしょ?」
「なぜバレた。まあ、ほら、好意は受け取っておくもんっすよ」
「ん。そうね。」
露は愛姫の膝に頭を置く。
愛姫はなんだかその愛らしい顔にキスでもしようかと思いながらも、グッと抑えた。
「ねー、愛姫」
「なんすか」
「大好きよ」
「………え?いまなんて」
「むにゃむにゃ」
「むにゃむにゃなんて、寝言言う人いないっす。ほら、もう一度言って欲しいっす」
「大っ嫌い」
「本当にこの人は……」
次に黒兎が目を覚ましたのはもう、約束の時間の1時間前だった。
携帯を見ると、両親から雫の声を聞かせて欲しいと連絡が来ていた。
「雫、雫!もう、ほら、時間……」
「んー。」
「ほら!」
「わかったわよ」
雫がむくりと起き上がる。
若干寝癖でボサボサだ。
「雫、今から電話いいか?」
「誰と?」
「俺の両親」
「そうね。もちろん」
その時、タイミング良くドアを開ける音がする。
「ただいま戻ったわよー」
露の声だ。
「露!いい所に。俺の両親から電話」
そう言って2人の前で黒兎は電話をかけた。
「おう、久しぶり。元気だよ。うん、うん、そう。とりあえず変わる」
「ただいま代わりました。雫です。」
「雫ちゃーん。久しぶりね」
「はい」
「あなた、ほら、雫ちゃん」
「どうも。久しぶりだね」
「はい、お久しぶりです」
それから5分程話していた。
その5分の中にはたわいもない会話から、黒兎のことや学校のこと、露のことなんかも話していたらしい。
「はい、それでは代わります」
「姉さん」
今度は露の手に携帯が渡された。
「はい、はじめまして。姉の霞田露です」
「露さん。ね。黒兎から聞いてるわ。」
「はい、いつも妹がお世話になっております」
「そんなこと。こっちこそ黒兎をどうもありがとうね。ほら、露ちゃんだって」
「君が露ちゃんかな?はじめましてだね」
「はい、はじめまして」
それから5分程、同じように会話が続く。
「はい、代わります」
「黒兎」
「はいよ」
もう一度黒兎が電話をとる。
「代わったよ」
「黒兎ね。そう、色々あったのね。」
「うん」
「まあ、言うことはないわ。未来の奥さんにお姉さんも出来て良かったわね」
「母さん」
黒兎が恥ずかしそうに答えた。
「うん。私達も来月は帰るから。雫ちゃん達が居なくなってだらけてちゃダメよ」
「わかってる」
「そう、ならいいわ。それじゃあね」
「うん。そっちも元気で」
一通り話終わり電話を切る。
「時間。」
「もう、すぐね」
「そうだな」
もう、30分ほどしかない。
「今までありがとうね」
「なんだよ、急に」
雫がいきなりそんなことを言う。
「ほんと、感謝してる」
「露まで……」
今度は露まで言い出すもんだから、いよいよ悲しくなってきて、雫も露も泣き出してしまった。
「そんな、泣くなよ……こっちまで、悲しくなるだろ」
「ごめんなさい」
「謝るなよぉ」
どうしてだか、普通に過ごそうと決めていたのに、いつもみたいに、笑って送り出そうと思ってたのに、気づけばみんな涙を流していた。
露の言った通り、普通に過ごそうとなんて思っている時点で普通じゃなかったのだ。
「こうなるから、嫌だったのよ。こんなのみんなに見せられないわ」
雫は言った。
「みんなにはこんな顔見せられないもんね」
露が言う。
今日、お別れ会を断ったのもそういうこと。
泣き顔を見られたくないから。
「俺の前でも我慢してくれよ……俺まで泣いてるよ」
「黒兎の前だから泣けるのかもしれないわ」
「ほんと、信頼してんのよ」
その時、インターホンがなる。
いよいよだ。
「露、雫」
霧子が2人を呼ぶ。
「黒兎……くん。」
「はい」
「あなたには感謝することが山ほどあるわ。それを置いて行ってしまうことをどうか、許してちょうだい」
そう言われて黒兎はもちろんだと答えた。
「いいのね、あなたたち」
そう、霧子が雫と露に言う。
「うん」
「いいよ」
「そう」と、霧子は答えて玄関から二人と一緒に外へ出た。
そして、車に乗るその時にふと、雫が振り返って言う。
「愛してる」
そう言って、彼女は黒兎の前から行ってしまった。
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