#14 エピローグ
「えー、それでは」
コップを片手に持った笹原が立ち上がり、音頭を取る。
「事件の解決。夜島先輩の退院。籠目先輩と妹の七宝ちゃんの再会。それからついでに猫目石先輩の新しい門出を祝って!」
「僕ついでなのかよ」
「いいんですー。卒業後の進路を後輩のわたしに言い忘れて今日まで過ごした先輩はついででいいんですー。はい、乾杯っ!」
乾杯。
それぞれが手にした紙コップで、たどたどしく行われる乾杯。軽快な音は鳴らない。そんなものだ。
三月十四日。ホワイトデー。
僕たち、上等高校イレギュラーと呼ばれた面々に帳と七宝さんを加えたメンバーは、プリズム園にいた。
目的は、まあ、見ての通り。
慰労会というか、祝勝会というか。
「よし、食べるぞー」
音頭を取った笹原は並んだ料理にいち早く手を付ける。
「いやー。夜島先輩の料理が食べられて最高です! さすが元部長、けっこうな腕前です!」
「ふふっ。腕がなまってなくて安心した」
帳がそう答える。彼女は二月の末には退院している。それから先、どうも夜島邸のキッチンに籠りきりと牙城さんが心配していたが、今回の祝勝会に向けて料理の勘を取り戻そうとしていたらしい。
「俺らも手伝いましたけどね」
「そうですよ」
帳の言葉に籠目くんと市松さんが応じる。
「ほら、七宝ちゃん。お兄ちゃんの作った料理だよ。食べよ食べよ」
「……………………」
籠目くんの隣にいた七宝さんも、料理に手を出す。ちょうど、籠目くんと市松さんで彼女を挟んでいる格好だ。そうしていると、市松さんと七宝さんが姉妹のようにも見える。
「それで、紫崎先輩はどう?」
聞きづらいことをずばっと聞くのは六角さんで、それに応えたのは扇さんだ。
「今、捜査も終わって……。でも起訴されるかは微妙なところだって。先輩、責任能力があるかどうか難しいって」
扇さんの右手首には、あの紫の腕時計が身に着けられていた。警察に捕まる前に、おそらく雪垣が渡したのだろう。それが意味するところは、きっと彼女にしか分からない。
「それにしても…………」
渡利さんは横を見る。
「随分派手なの用意したもんね」
「ああ、あれ?」
帳は飄々として返す。
「すごいでしょう? チョコレートファウンテン」
そう。
僕たちが料理を囲むテーブルから少し離れたところに、三本のタワーが建っている。そのタワーからはミルクチョコ、ホワイトチョコ、ストロベリーチョコが液体となって流れている。俗にチョコレートフォンデュとか言われるあれだ。
「瓦礫くんへの一か月遅いバレンタインプレゼント。味オンチのあなたには凝ったものより、こういう見た目に派手な方がいいでしょう?」
「よく分かっているな。僕が味オンチかどうかという点には議論の余地があるとしてな」
隣で笹原が僕をじろっと見る。
「先輩まだ自分の馬鹿舌認めてないんですか。家庭科の成績一だったくせに」
「それは、たまたまだ。しかしな…………」
「どうかしました」
「いや、初めて帳に貰うチョコがみんなと一緒っていうのがちょっと」
「先輩意外と独占欲強いですよね」
「それなら…………」
帳が意地悪く笑う。
「来年を初めてにすればいいんじゃない?」
「え?」
「それは、夜島帳からあなたへのプレゼント。だったら?」
「…………………………」
帳の言いたいことは、何となく分かった。
「いいのか?」
「ええ。むしろ駄目だと思った?」
「そうだな………………」
そうなるのは、必然か。
「結婚しよう、帳」
「もちろん」
一瞬。
一瞬で、周囲の喧騒が静寂に変わる。
「んぐっ、げほっ」
物を口に入れてた六角さんがむせる。彼女が驚くとはよっぽどのことだ。
「え、ええ?」
さっきまで黙々と食べていて存在感がゼロだった金山さんが驚愕してこっちを見る。
「二人ってそういう関係だったの!?」
「まずそこ……?」
「駄目だよ学生結婚なんて! 将来が不安!」
「もう卒業するんだけど」
「あ、そっか。じゃあいいんだよ」
あっさり認めた。なんなんだ。
「でも結婚指輪どうするの? 猫くん、準備できるの?」
「それは、働いて金を十分稼いだら買うさ」
「別にいいわ」
一方の帳はこともなげに言う。
「わたしにはこれがあるし」
帳が掲げる右手首には、僕が渡した腕時計が収まっている。
「瓦礫くんから始めて貰ったプレゼント。これが手元に戻ってきただけで、わたしは満足」
「でも……」
「どうしてもってときは、そのときねだるわ。瓦礫くんが名探偵になって、わたしの実家の稼ぎよりもたくさん稼ぐようになったときにね」
「がんばります」
ヘリ一台軽々チャーターできる家に探偵業でタメ張れってか。
先は長いなあ。まあ、その方が張り合いがあるさ。
「よーし!」
笹原がもう一度コップを持つ。
「猫目石先輩と夜島先輩の新しい旅立ちにも、乾杯っ!」
「あー、食った」
しばらくして、僕は食休みも含めてプリズム園の運動場にいた。遊具のひとつ、さび付いたブランコに腰を下ろすと、ギリギリと悲鳴が聞こえてくる。
「猫目石先輩」
そんな僕のところに、二人、やって来る。珍しい取り合わせだ。
六角さんと七宝さんとは。
六角さんは素直にこっちに歩いてくるが、七宝さんはチョコのかかったマシュマロを何個も串に刺したものにご執心で、足取りがふらふらして危なっかしい。
「今回の事件、まだ終わりじゃないですよね」
「ああ、そうだな…………」
今回の事件。謎が一つ残っている。
「雪垣は、どこであの爆弾を手に入れたのか」
それを知るために、あのとき、六角さんをパラダイスの針に待機させたのだ。もぬけの殻となった店舗から、何かしらの情報を得るために。
そして情報は見つかった。六角さんは二階の住居スペースから見つけたものを、ひそかに弁論部の部室に運んで隠してくれた。おかげで警察の捜査をかいくぐり、僕たちは知る事ができた。
「あの包みは、誰から送られたのか」
やつの居室から見つかったのは、小さいダンボール箱。中には緩衝材に混じって、手紙が入っていた。
『探偵に公平な勝負と謹厳なる裁きを。それだけが、あなたの救われる道』
雪垣が何度も繰り返していた事情という言葉は、ここに掛かってくる。
「何者かが、雪垣に爆弾を送り付けた。そして僕という探偵に対し、勝負を挑ませた」
「あるいは」
六角さんも応じる。
「紫崎先輩の復讐を、公平な勝負という体裁でマッチメイクさせて補助した誰かがいる」
「その誰かってのが問題だ」
包みには、名前が書いてあった。
「『探偵撲滅団Ω』………………」
それが、敵の名前。
「Ωと、+αですか」
六角さんが呟く。そうか、彼女は本当に察しがいい。
「悲哀と証さんから聞いた。名探偵+α、その最後の敵が探偵撲滅団Ωだったらしい。ただ、連中はそのとき壊滅したはずだとも言っていた。残党がいたのか、それとも名前を知った別の連中が名乗っているだけか……」
「いずれにせよ、終わりではないということですか」
「ああ。ただし…………」
僕は七宝さんを見る。証さんの名前が出たからか、ようやくマシュマロからこっちに注意が向いたと見えて僕を見据える。
「僕は探偵として引き続き連中を追う。でも、高校生探偵としてはここまでだ。卒業だからな」
「…………………………」
「だから、ここからは君の仕事だ。頼めるか? 七宝さん」
ゴクリと。
マシュマロを飲み込む。やはり、何を考えているか分からない。すべてを超越したような、別世界を見据えているかのような瞳。
だが。
彼女は頷いた。
「頼んだぞ、後輩」
高校生探偵としての僕は、これですべての事件を語り終えた。
ここからは次の世代が、戦いを始める番だ。
毒入りバレンタイン事件:高校生探偵・猫目石瓦礫最後の事件 紅藍 @akaai5555
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