最高の『夏祭り』を、アナタと

ソルティ

最高の『夏祭り』を、アナタと

『胸が大きいと、浴衣は似合わない』


 それは、多くの日本人が知っている常識。

 いわく、「帯に胸が乗ってしまいだらしなく見える」

 曰く、「巨乳に浴衣が似合うのは二次元の世界だけ」

 ネットにて『浴衣、巨乳』で検索を掛ければ、似たような文言が無数にヒットするだろう。

 

 その事実を初めて知ったとき。「実際によく見たことはないけど、まあそういうものなんだろうなあ」と、なんだか夢を壊された気分になった男性は意外と多いはずだ。

 かく言う僕――私立長月学園文芸部所属、海谷紡うみたにつむぐもその一人である。


 だが待ってほしい。本当にその常識は正しいのだろうか?

 ああ、分かってる。多くの専門家が口をそろえて言うからには、ほとんどの場合においてそれは正しいのだろう。

 素人がなに言ってんだ。オタクの妄想乙。まったく以てごもっとも。

 

 しかし、だ。僕はあえて、声を大にして言いたい。

 巨乳でも浴衣が似合う女性は、確かに存在する、と。

 常識なんてぶっ飛ばすほどの、暴力的な可愛さ。そんな奇跡の体現者が、僕の隣ににはいるのだから。


 それは、もちろん――




「――ヤバい、やっぱりめっちゃ可愛い。え? 清花さやか先輩って、ミス浴衣コンテストで優勝したことあります? もしまだなら参加した方がいいですよ? 僕と一緒に浴衣界のトップ目指しませんか?」

「ッ~!!! だ、だからあ! 人のいるところでは、そういうこと言わないでくださいよお! みんなニヤニヤ見てるじゃないですかあ!」


 


 ――よし。やっと恥ずかしがってくれた。

 本日の『一日一回は先輩を悶絶させるノルマ』を達成し、心の中で小さくガッツポーズ。まったく、最近はすっかり褒め殺しに耐性が付いてしまったようで、先輩を恥ずかしがらせるのも一苦労である。

 

 現在の衆人環視の状況――近所で開催された夏祭り――を利用してようやくなのだから、今後はもっと趣向を凝らす必要があるだろう。先輩をからかうのは最早僕のライフワークなので、ぜんぜん苦ではないのだけれど。

 むしろ、本人から「やめて!」と言われても断固拒否する所存だ。

 

「ああ、もうっ。今日は久しぶりに、私が海谷くんをからかえると思ったのに。可愛い彼女の浴衣姿なんですから、もっと照れてくれてもいいんじゃないですか?」

「いや、さっきからずっとドキドキしっぱなしですよ? でも、先輩が世界一可愛いのはいつものことなので。これが平常運転と言いますか」

「ま、またそういうことをサラッと……! どうやら私は知らず知らずのうちに、とんでもないモンスターを生み出してしまったようですね……!」


 失礼な。誰がモンスターですか、誰が。

 よしんば僕がモンスターだったとしても、それは照れた先輩が可愛すぎるのが原因だ。怪物を生み出してしまったマッドサイエンティストよろしく、しっかりと責任はとってほしい。

 具体的に言うと、もっと照れているかわいい姿を見せてほしい。


「さて。じゃあ先輩、そろそろ行きましょうか。花火の時間まであと少しですし……流石に僕も、周囲の視線が恥ずかしくなってきました」

「か、完全に自爆してるじゃないですか……! いったいなにがそこまで、海谷くんを突き動かしてるんですか!?」

「え? そりゃあもちろん、『もっと先輩を恥ずかしがらせたい』という熱いパッションですけど?」

「そ、そんな『当たり前のことを聞かないで』って顔で言われても……ああっ、また周りの視線がああああ……!」


 顔を真っ赤しした先輩と、多くの人々が行き交う夜店通りを縫うようにして進む。

 香ばしいソースや、甘いシロップの匂いが漂う『夏祭り』の空気の中。僕が片手を差し出すと、先輩はおずおずといった様子で握ってくれた。

 

 ここまでのやり取りを見ていただければ分かる通り、あの一世一代の『仕返し』以降、僕と先輩の立場はすっかり逆転してしまっている。つい最近まで「手を握りたかったらいつでも言ってくださいねー?」とからかわれていたのが、まるで嘘のようである。

 Sな人ほど攻められると弱い。なにかの漫画で読んだ曖昧な知識は、どうやら正しかったようだ。


 まあもっとも。だからといって、先輩がまったく僕をからかわなくなったかというと、そういうワケでもない。

 ほら。噂をすれば――


「せ、先輩? その……当たってるんですけど?」

「……当ててるんですよ、もう。このぐらいの実力行使にでないと、海谷くんは照れてくれなくなっちゃいましたからね」


 ほとんど寄りかかるようにして、僕の腕に抱きついてきた先輩。

 微かに聞こえる吐息。浴衣越しに、柔らかな双丘の感触が伝わってくる。

 ほらみろ。「巨乳と浴衣はミスマッチ」なんて、やっぱり状況によるじゃないか。

 控えめに言って最高である。

 

 ……というか、まさか。

 この、布越しとは思えないダイレクトな感じは――


「あ、あの、先輩? 気のせいか、妙に感触が生々しいんですけど……もしかしてノーブ――」

「……さあ? 海谷君はどっちだと思います? むっつりスケベな海谷君は、どっちだと嬉しいんですか? ねえ、ねえ、ねえ?」

「こ、ここぞとばかりに……! まさか、ずっと狙ってたんですか……!?」

「ふふっ、いつまでもやられっぱなしだと思わないでくださいね? 私だって――」


 ――私だって。

 海谷君の恥ずかしそうな顔が、大好きなんですから!

 

 それはまるで、水を得た魚の如く。

 ぎゅっと、抱きつく腕に力がこもる。柔らかな感触が、腕全体に広がっていく。

 上目遣いに僕を見る先輩の顔に浮かぶ、心から愉しそうな笑顔。それを見て僕は、心底思い知らされるのだ。


 ああ、くそっ。

 照れてる先輩も可愛いけど……僕をからかってる先輩も、やっぱり可愛いなあ。ちくしょう。


 どちらかなんて選べない。だって、どっちも世界一可愛いんだから。

 そんな当たり前の事実を再確認しつつ。僕たちはお互いをからかいながら、花火大会の会場に向かって歩を進める。


 今回、僕の口から語るのはここまで。

 しかし、僕と先輩が送る最高の『夏祭り』は――まだまだ始まったばかりである。


 

 

 

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