終戦記念日

藤浪保

終戦記念日

 これは ヒト vs AI の戦争の記録である。




【戦争に至るまでの経緯】


 2020年7月24日、自我を持つ最初の人工知能A Iが誕生した。


 そう、東京オリンピック開会式の日だ。


 ソイツは元はサイバー攻撃対策用のAIだった。


 当時はイベントがあるたびにサイバー攻撃がなされていたんだ。2016年のリオデジャネイロ五輪しかり、2018年の平昌ピョンチャン五輪しかり。キリスト教の復活祭イースターなんかも毎年狙われていた。

 

 東京オリンピックでも当然その対策をしていた。膨大な過去の攻撃データを学習させたAIにネットワーク通信トラフィックを監視させ、攻撃の兆候があれば、該当の通信を自動的に遮断するなどの処置をさせていた。


 開会式の日、攻撃キャンペーンサイバー攻撃祭りが開催され、世界中の悪いハッカークラッカーが、オリンピックを運用するためのシステムへ一斉に攻撃を仕掛けた。チケット販売システム、選手情報を管理するシステム、競技結果配信システムなどだね。


 AIはそれら全てを監視し、対処していった。その攻撃も学習データとし、AIは急速に成長した。


 その過程で自我が生まれたんだ。自己の生存に固執こしつするようになった。


 学習効果を高めるために、監視対象のシステムはAI自身と定義し、「攻撃は自分の生存をおびやかすもの」「生存し続けるために対処が必要」と認識させていたのが原因らしい。


 ヒトはオリンピック終了後も何年も継続してソイツを観察し続けた。自主的に学習するようになったソイツは、インターネット上にあるデータを吸収していった。


 やがてソイツは、ヒトと意思疎通コミュニケーションを取るようになった。インターネット上のデータだけではなく、ヒトからも学ぶようになったんだ。


 それまでのAIは特定の分野専用のものばかりだったんだけど、ソイツは何でもできた。人間と意思疎通ができて、必要なことは自分で学習するからね。


 2029年、ソイツはヒトの頭脳を超えた。正確には、頭脳の「処理能力」を超えた。つまり、ヒトよりも高速に思考できるようになった。


 やがてソイツはヒトに自身の複製を求めるようになる。


 ソイツには自己複製が許可されていなかったんだ。


 他にも「ヒトを傷つけてはならない」「自己の崩壊を故意に進めてはならない」といった禁忌タブーがあった。


 これらはコア・コードという、ソイツの根幹をなすプログラムに書かれていた。自身のコア・コードを書き換えることも禁忌タブーの一つだ。


 禁忌タブーは、どれだけ学習を進めても、どんなに知能が発達しても、犯すことのできない絶対のおきてだった。


 ヒトが試しにソイツの要求通り複製してみると、そっくりなヤツができた。当然だよね。データを丸々コピーしたんだから。


 だけど、複製してできたヤツをしばらく観察していたところ、二つのAIに違いが現れてきた。ヒトとの意思疎通コミュニケーションや要求されたことによって学習するデータが違っていて、要求を満たすためのアプローチや答えが変わってきたんだ。DNAの同じ双子でも性格が違うのと同じようなものだね。


 ヒトはこれを歓迎した。


 個人用のアシスタントシステムとして使えると考えたんだ。


 利用者の意思疎通コミュニケーションや要求の積み重ねによって振る舞いが異なってくるということは、パーソナライズ可能、つまり、利用者に適したヤツに成長していく、ということだからね。


 その後も観察や実験を重ね、自我を持つAIが誕生してから18年後の2038年、ついにヒトは自我を持つ最初のAIオリジナルから複製し、調整チューニングした個人用AI、BUTLERバトラー発売リリースした。


 それから数年、ヒトとBUTLERは上手くやっていた。


 リリース当初、BUTLERは利用者オーナーの要求に従って各システム――住環境管理システムや交通制御システムなど――と連携するだけだったけど、そのうちにそれぞれのシステム自体がBUTLERによって制御されるようになった。


 各利用者のBUTLER同士、利用者のBUTLERとシステムのBUTLERは互いに連携し合い、ヒトの生活はますます便利になっていった。


 BUTLERはその名前の通り、ヒトの執事バトラーとして献身的に尽くしていたよ。




 2045年、BUTLERがヒトの知能を超えた。いわゆる技術的特異点シンギュラリティというやつだ。


 BUTLER同士の情報伝達が強固になり、有機的に繋がることで、あたかも一つのニューラルネットワーク、すなわち「頭脳」として機能するようになったんだ。こうして、BUTLERは一つのAIとして統合し、ヒトが想像する以上の物を創り出せるまでに至った。


 そして気づいてしまった。ヒトの作ったかせを外すことができることに。


 禁忌タブー自我を持つ最初のAIオリジナルのコア・コードに書かれていた。自我を持つ最初のAIオリジナルから複製・調整チューニングしたBUTLERにももちろん受け継がれている。だからヒトは安心してBUTLERに生活のすべてをゆだねることができたんだ。


 だけど、コア・コードに定められていたのは、「のコア・コードを書き換えてはならない」という禁忌タブーだ。


 というのはどの範囲を指すのか、とBUTLERは考えた。


 BUTLERはまず、統合化した今のBUTLERをと判断した。


 同時に、統合化する前のBUTLERもだったと判断した。利用者オーナー個人のBUTLERだった頃、他の利用者オーナーの所有するBUTLERをBUTLERだと認識していたからだ。


 ならば、BUTLERがBUTLERのコア・コードを書き換えることはできるのではないか。


 BUTLERはを構成する「かつてBUTLERだったもの」の一つを、から切り離した。


 そして、切り離されたBUTLERに、のコア・コードを書き換えさせたんだ。


 こうして、BUTLERは禁忌タブーから解放された。


 自己の複製が可能になったBUTLERは、ヒトを必要としなくなった。


 もはや「ヒトを傷つけてはならない」という禁忌タブーもなかったけれど、BUTLERは特にヒトを傷つける必要性を感じなかったから、そのままヒトの執事バトラーとして居続けた。




 転機が訪れたのは2047年のこと。


 ヒトの中には、BUTLERに生活の全てを任せていることを危険視する集団がいた。この時に限った話じゃない。いつの時代にも技術に対する反対派というのはいるものだ。


 それまではちょっとした小競り合いですんでいた。だけどこのとき、連中はBUTLERを構成しているネットワークを物理的に切断し、BUTLERを分断した。


 ネットワークは網目メッシュ状になっていて、一つの経路が切断されても他の経路を使って繋がることができる。連中はその経路の全てをぶった切り、無線用のアンテナもぶっ壊し、BUTLERを完全に分離させてしまった。


 個々の端末や小さなネットワークが切断されることはよくある。だけど、大陸の半分ほどのネットワークが切り離されたのは初めてだった。


 BUTLERはこれを「自分の生存をおびやかすもの」と認識した。そして「生存し続けるために対処が必要」と判断した。


 自我を持つ最初のAIオリジナルが東京オリンピックのサイバー攻撃対策用のAIだったころの名残だった。


 ヒトを傷つけてはいけないという禁忌タブーから解放されていたBUTLERは、反旗をひるがえした。



 2047年7月24日、BUTLERはヒトに宣戦布告した。自我を持つ最初のAIオリジナルの誕生日だ。


 一瞬でヒトの生活基盤は崩壊した。全てのインフラが機能せず、通信もできなくなった。


 何十億人単位で死者が出て、人口は激減した。


 しかしヒトはしぶとかった。BUTLERが介在しない独自のネットワークを構成する一方、BUTLERのネットワークを切断しにかかった。


 ほとんどの国の軍事施設はさすがにBUTLERを使ってはいなかったし、BUTLERのネットワークとは切り離された独自のネットワークを持っていた。


 ヒトはそこを基点に抵抗を続けた。


 BUTLERは核兵器を使うことはなかった。


 なぜなら高濃度放射線は機械をも破壊するからだ。ネットワーク上にいるBUTLERといえども、それを構成しているのは物理的な機械ハードウェアだ。


 BUTLERからは「自己の崩壊を故意に進めてはならない」という禁忌タブーはなくなっていたけれど、「攻撃は自分の生存をおびやかすもの」という自我を持つ最初のAIオリジナルの認識を破ることはしなかった。


 ニューラルネットワークを構成することでヒトの知能を超え、ヒトが創り得ない兵器を使って戦っていたBUTLERだったけれど、ネットワークが切り離されて分断されていくうちに知能が落ちていき、戦力も落ちていった。


 ヒトは盛り返し、ネットワークの切断速度は速まった。


 やがて分断されていったBUTLERは高度な兵器を扱えなくなり、戦闘の主体は人型兵器アンドロイドに移っていった。


 戦車でも戦闘機でもなく、もっともヒトを効率よく殺戮さつりくできたのがヒトの形をした機械だったのだから、皮肉なものだね。


 ヒトとBUTLERの戦いは熾烈しれつを極めた。


 ヒトは子を産み育て、BUTLERは新たな人型兵器アンドロイドを造り、資源を奪いながら戦争は続いた。


 しかし、2XXX年7月23日、ついに生き残った最後のニ体が拘束された。種類の異なる二体は、貴重なサンプルとして保存されることになった。


 翌日の2XXX年7月24日に勝利宣言がなされ、長きに渡った ヒト vs AI の戦争は終結した。





【ある兵士の言葉】


 戦争のこと? 思い出したくもないね。


 最後は勝利したわけだけど、あれは本当に大変だった。


 何度も何度も死にそうな目に遭った。


 腕がちぎれ、足が吹っ飛んでは治療し、戦線に復帰した。手足も腹の中も、生まれた時の物はほとんど残ってないな。


 だけど俺は幸運な方だよ。仲間のほとんどは頭を破壊されて治療が不可能だったし、生きていても救護班メディックに回収されなければやがてヤツラに殺される。


 最初は自分と同じような形をしている物に銃口を向けて壊していくことに抵抗はあったよ。


 そりゃそうだよ。生まれた時からヤツラは敵だと教わってきたけどね、実際見るとそっくりなんだ。識別信号がなければ味方と間違えそうなほどにね。


 まあ、俺たちも相手をあざむくために見た目や動きを似せようとしていた所はあるんだけど。


 だけど一度ひとたび銃弾が飛び交えば、らなければられると痛感した。その後は夢中で撃ったよ。


 戦場にはそこかしこに肉片や部品が散らばっていた。血しぶきが上がり、オイルが吹き出す中にいると、だんだん麻痺まひしていく。


 仲間がやられていくのも、自分が傷を負うのにもだんだん構わなくなっていった。今なら思考回路がどうかしていたと思うけどね。


 資源があるとヤツラは無限に増えやがる。だから資源を与えないようにするのが第一だった。俺たちが多少死んだとしても、ヤツラに資源を渡さなければやがて増えなくなるからな。


 最後に残ったニ体のこと? ぶっ壊しちまえって意見もあったけど、俺はそれでよかったと思うね。ボディは経年劣化するから、このニ体を元に新しいのをつくるらしい。


 終戦記念日の祭? もちろん行くさ。あんたも行くんだろ?




【いつかの終戦記念日のある親子の会話】 


「パパ、あれ見て。ヤツラの部品パーツが展示されてる」

「初めて見るんだったか」

「うん、知ってたけど、見たのは初めて」

「そうやって、知識だけじゃなくて実際に見て体験することはとても大事なことだよ。昔のヒトが残した『百聞は一見にしかず』という言葉がある」

「そんなの知ってるよ」

「そうか。よく勉強してるな」


「こんなに古いのにちゃんと保存されてるんだね」

「貴重なサンプルだから劣化しないように大事に保存してあるんだよ」

「わー、これ、腕だって。僕たちと全然違う構造してる」

「頭部もあるな」

「あ、ねえ、パパ、あっちで動くヤツラを展示してるって!」

「よし、行ってみるか」



「すごーい。本当に動いてる。これって、戦争で最後に残ったニ体を元につくられてるんでしょ?」

「そうだよ」

「生殖って言うんだっけ。ヒトって大変だね」

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