参戦! 最高のお祭り!
小鳥遊 慧
参戦! 最高のお祭り!
Q. 日本で最高のお祭りは?
A. そりゃあ……
「……作戦会議をしましょう」
まだ寒さの厳しい2月の上旬の、それでも天気のいい日曜の昼下がりは、窓から柔らかな太陽の光が入ってきていて長閑であった……妻の重々しい雰囲気以外は。
いったい何の作戦会議かと彼女の正面に姿勢を正して座りながら内心で戦々恐々とする。妻が午前中パソコンで何か調べ物をしながら電卓を叩いていたのを知っているので余計に怖い。……家計でしょうか? 家計が上手くいかないのでしょうか? 俺のお小遣い減額でしょうか?
「何の作戦会議?」
恐る恐る尋ねると、妻は目を楽し気にキラキラと輝かせたかわいい顔をして弾んだ声で言い切った。
「もちろん、先週から始まった、某パン会社の春のお祭りのよ!」
あ、全然深刻な話じゃなかった。よかった。俺のお小遣いは無事だ。
「あー、あれね。なんか食器とかもらえるんだったっけ?」
「そうよ! 今年のはこれ。ね、可愛いでしょ!」
見せられたのは花を模したような形の白い皿だった。……男の俺には食器の可愛らしさはよく分からないが、可愛いもの好きの妻が力説するからにはきっとこれは可愛いのだろう。
「まあ可愛いのかな」
「でしょ! で、これが欲しいの。できたら5枚!」
「5枚?! うち2人暮らしだけど?!」
「だってあなた、子供2人ほしいんでしょ? 家族4人分と予備で5枚よ。市販品と違って同じデザインのがまた出てくるとは限らないんだから、手に入るうちに手に入れとかなきゃ」
まあ分からなくもないけど。同じデザインのものが1つしかない食器とか使いようがない。
「だから4月の末までに125点集めないといけないのよ」
「125点……」
一つの商品に何点のシールが貼ってあるかは知らないが、かなりきつい数字ではないだろうか、それは。
「去年までは実家でお母さんがシール集めてたのは知ってたけど、私も真剣にやるのは初めてだし、こういうのは情報収集が作戦の要だと思ったのよ。そこで午前中に攻略サイトを熟読して調査した結果……」
「なにそれ、攻略サイトとかあるんだ? 春のパン祭りに?」
「あるのよ。ちなみにこの人はすでに5年この調査を続けてるらしいわ。信用に値すると思わない?」
「ソウデスネ」
妻は重々しく頷くが、俺にはさっぱり分からない。この祭りの何が人々をそんなに駆り立てるのだ。
「まあ細かい計算はしんどいから、基本的なことだけおさえることにすると、結局効率がいいのは食パンらしいの」
「効率って?」
「商品の値段に対するついてるシールの点数」
「なるほど」
「だからまずは朝食を全部パン食にします」
言い切られた。
「たまにはご飯も……」
「朝食はパンを食べましょう」
俺の反対意見は黙殺された。
「じゃあ味噌汁の時はどうするんだ?」
うちは二人暮らしなので、夕食用に作った汁物の余りを朝に食べるというサイクルにしている。毎晩パンに合うようにスープにするのは厳しい。(俺は味噌汁にパンでも気にしないが、妻はそれを嫌がっていた)
「‥‥‥‥味噌汁にパンを食べます」
まさに戦場で苦渋の選択をした指揮官みたいな表情で絞り出すように言っているが、妻が今話しているのはパン祭りについてだ。話してる内容に表情を合わせてほしい。今はそんな表情をする場面じゃない。
「と、まあ朝食はパンと仮定して、6枚切りの食パンに2.5点のシールがついてるらしいから、約3ヶ月で75点」
まだ50点も足りないらしい。
「私のおやつは当分の間菓子パンにするとして……うう、菓子パンなんかおやつにしたら絶対太る……、あとテコ入れできるのは、昼食かなと。夕食ぐらいはお米食べたいし」
「昼食?」
昼食は俺も妻も社員食堂だ。テコ入れのしようがなくないか?
「うん。私がお弁当にサンドイッチ作りますって言ったら、何日くらい付き合ってくれる?」
「え?! 作ってくれんの?!」
妻は掃除の方はちょっとアレ(日本語って便利だなあ)だけど、料理は上手い。そして俺の職場の社員食堂は激マズなのだ。安いから食堂で食べるけど、同じ値段なら今どきのコンビニ弁当の方がよっぽど美味い。
「作ってくれるんならいくらでも食べるけど?!」
思わず食い気味に答えたら、妻はキョトンとした顔をした後嬉しそうに笑った。
「忙しいしそんな上等なものは作れないけどね」
「いやいやだって、お前の料理美味しいもん。わーい弁当嬉しい」
話の間中微妙なテンションだった俺が手放しで喜んだものだから、彼女は照れくさそうにかわいらしく笑っていた。
こうして俺達の春の祭りは始まって、俺の昼の食生活は改善されたのだ。
Q. 日本で最高のお祭りは?
A. そりゃあ、某パン会社の春のお祭りでしょ!!
妻は春の祭りの後も時々弁当を作ってくれるようになった。結婚して1年以上も経つのに何で今更弁当になったんだと同僚に聞かれた時にこの作戦会議の話をしたら、半分惚気だったと舌打ちされた。別にそんなつもりはなかったんだが。
了
参戦! 最高のお祭り! 小鳥遊 慧 @takanashi-kei
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