今月2度目の肉の日に

兎谷あおい

今月2度目の肉の日に

「おっにく、おっにく~~」

「ご機嫌だな」


 今日は2月29日。肉の日だ。

 毎月この日の晩ご飯は、いつも決まっている。小さい頃からずっと一緒の幼なじみ――リサと、近所の焼肉屋に行くのだ。


「だってだって」

「はいはい、今月2回目だもんね」

「ん」


 今年は4年に1度のうるう年。すなわち、2月が普段より1日多くて29日まであるから、「29の日」が月に2回やってくることになる。

 4年に1度の、ダブル肉の日を含んだ月。リサのテンションが上がるのも無理はない。


「今日は何から食べる?」

「んー……タン塩とか」

「いいじゃん」


 まだ小学校に上がる前、ふたりで遊んでいるときに、どちらからともなく「おにく!」「おにく!」と言い出したのが、この習慣のはじまりだったらしい。親から聞いた。

 その日――20年前の2月29日もやっぱり「肉の日」で、それぞれの母親に抱えられて近くの焼肉店に行ったのだった。


「お、いらっしゃい」


 俺達がのれんをくぐると、今日も、その20年前と同じ(はずの)焼肉店主が迎えてくれる。


「今月は2回目か、カイ坊とリサちゃん」

「肉の日が2回なので」

「……このやり取りも4年ぶりだなあ」

「うるう年だけですもんね、店長」


 なんてやり取りをしながら、いつもの席にすいっと座る。入り口向かって右奥、厨房から近くて店長とアイコンタクトが取れるこのテーブルが、俺達の定位置だ。


「飲み物はいつも通りで?」

「はい、あとタン塩と……んー……カルビを」

「あいよ」


 いつも通りにちょっと果汁多めのグレープフルーツサワーが届いて、ふたりで乾杯。成人前はオレンジジュースだったというのに、気付いたらもう自然とお酒を飲むようになっている。

 喉の下、食道のあたりが少し熱くなるような感覚から、改めて、リサと過ごした年月の長さを思う。物心つく前からだから正確にはわからないけれど、もう20年以上一緒なんだよなあ。


「はいお待たせ」


 店長が無造作に皿を置いていく。そりゃ雰囲気は地元の焼肉屋って感じだけれども、味は絶品なのがこのお店。価格もリーズナブルなので毎月来られるってわけだ。

 さっそく割り箸で肉を掴み、炭火で焼き始める。トングなんておしゃれなものはここにはない。生肉を掴む用のやつと食べる用のやつとで箸を分ければ問題ない。


「そうだそうだ、リサ」

「ん?」


 タンをひっくり返しながら、目の前の席に座るリサの顔を見る。俺にはもったいないくらいの美人さんだ。

 ……ま、それが俺のそばに今いるわけだけど。


「俺たちももういい年だろ」

「そうだね、もうアラサーになっちゃう」

「好きな人、できた?」

「うんにゃ」

「俺もできないんだよな、だから――」


 ゴクリとつばを飲み込んで、俺は言った。


「結婚しようぜ」

「いいよ」


 少しだけ緊張しちゃったのがアホみたいな即答だった。損したわ。


「なに緊張してるの? 断るとでも思った?」

「思わないよ」


 がちゃん、とグラスが置かれる音がした。


「なんだカイ坊、あっさり成功してやがるし。つまらんなあ」

「祝ってくださいよ」

「もちろん。今日は俺の奢りだよ」

「あざっす!」

 

 ここぞとばかりに高い肉を頼みまくってやった。へっ。


「にしても即答だったな」

「カイだよ?」

「まあ俺もリサだから言ったんだけど」

「この後役所行こうね」


 へへ、とちょっと笑って、リサが言う。


「いいの? 4年に1度の結婚記念日になっちゃうけど」

「忘れる心配がなくていいじゃん」

「それもそうだ」


 こうして――4年に1度の2月29日に、また新しい意味が加わったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今月2度目の肉の日に 兎谷あおい @kaidako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ