喫茶店の、限定苺パフェの秘密

無月弟(無月蒼)

第1話

「2月29日限定苺パフェ……えっ、100円!? 野上くん、これ、いくらなんでも安すぎない?」


 四年に一度の、2月29日の今日。行きつけの喫茶店のカウンター席で、壁に貼られていた本日限定だと言う苺パフェの貼り紙を見て、私は驚愕していた。


 写真はなくて、手書きの文字で苺パフェと書かれているだけだから、どんな物なのかはわからないけど、それにしたってパフェが100円って。


「やっぱり驚くよな。けどそれ、間違いじゃないから。正真正銘、100円で食べられるパフェだよ。もっとも、今日限定で三食限定だけどな」


 カウンターの向こうから話してくるのは、この喫茶店の一人息子であり大学の先輩でもある野上くん。

 ピシッとしたウェイター姿の野上くんに優しげな笑顔を向けられて、いつもの私なら『四年に一度しか見られない、閏日のレア野上くん、特別に格好いい気がするなあ』なんておバカなことを考えちゃうだろうけど、今は苺パフェのことが気になっちゃう。


「100円ってことは、やっぱり小さなパフェなの?」

「いや、サイズは普通だよ。小豆や抹茶もたっぷり使っていて、和風な仕上がりになっている苺パフェなんだけど、食べてみる?」


 カウンターに頬杖をつきながら、ドキッとするような笑顔で進めてくる野上くん。

 元々苺は大好きだけど、小豆や抹茶もたっぷりかあ。それはもう、注文しないわけにはいかないでしょ!


「限定苺パフェ、お願いします!」

「了解。ちょっと待ってて」


 注文を受けた野上くんは、テキパキと準備を始めていく。限定苺パフェ、楽しみだなー。


「それにしても、100円でパフェが食べられるなんてすっごい特ですよね。普通はもっと何百円……千円を越えるものだってあるのに」

「ああ、実はと言うと、全然採算が取れてないんだよな。だからコイツを出すのは四年に一度、2月29日だけなんだ。しかも当日まで告知は一切無し。永井は運が良かったね。たまたま今日来なかったら、次のチャンスは四年後だったよ」

「本当、そうだね。こう見えて私、甘い物大好きなんだよ」

「うん、知ってる。だから実は、永井にだけは教えておこうかなっても思ってたんだけど、ルールはルールだから。ごめん、ナイショにしてた」


 口元に指を立てて、ナイショのポーズをとる野上くん。

 その仕草に、思わずキュンときちゃう。


 そうしてしばらく待っているうちに、野上くんはパフェを作り終えて、完成したそれを、私の前に置く。


 綺麗な透明の、細長な容器に詰め込まれた、カットされた苺。さらにその上に生クリームやらアイスやらが乗せられていて、所々に見える黒い粒は小豆。そして重なったそれらの最上段には、溢れんばかりの苺が乗っかっていて、緑色の抹茶パウダーが降りかかっている。


 すごく……すごく美味しそう。それに見た目も鮮やかで、インスタ映えすること間違い無し。


 けど、本当にこれが100円? ボリュームもあるし、いくら限定メニューだからって、安すぎる気がする。


「これって本当に、100円で食べちゃっていいの?」

「ああ、元々これは値段度外視して、利益よりも記憶に残る物をって思って、うちの婆ちゃんが、最後に作ったメニューなんだよ」

「野上くんのお婆ちゃん……」


 そう言えば、前に聞いたことがある。この喫茶店、今は野上くんの御両親が経営しているけど、最初はお婆ちゃん夫婦が作ったんだって。

 そうか。そんな初代店主の、お婆ちゃんが作ったメニューなのか……。


「今から12年前。俺がまだ、小学生だった頃、当時80だった婆ちゃんが突然、何かメニューを作りたいって言い出したんだ。婆ちゃんが言うには、もう自分は長くないから、死ぬ前に何か生きた証を残したくて、記憶に残るようなメニューを作りたかったらしい」

「生きた証を残したい。ですか。その気持ち、何となくわかります」

「それで、試行錯誤の上考えたのが、この和風の苺パフェ。ただ材料に拘るあまり、高くなりすぎちゃってね。で、婆ちゃんの誕生日が丁度2月29日だったんで、なら四年に一度の限定メニューにしたら良いってことになって。それから毎回、この日は安値でパフェを販売してるんだよ」

「なるほど、そういう事情が。けどそれでも100円だなんて、思いきったことしましたね」

「利益よりも記憶に残したいって言って、婆ちゃん聞かないんだもの。けど、これでいいんだって思う。婆ちゃん生きた証、俺だって残したいもの……」


 そう言った野上くんの目は、とても優しくて。

 野上くん、きっとお婆ちゃんのことが大好きだったに違いない。


「最初にそんな事を言い出した時には驚いたよ。何せ婆ちゃん、旅行にも行きまくってて、すごく元気でさ。俺より長生きするんじゃないかって、本気で思ってた。けど後で知ったけど、少しずつ体力の衰えを感じていたみたいなんだよな」


 一見健康そうに見えても、見えない所でガタが来てると言うのはよくある話。

 野上くんのお婆ちゃんは、それをわかっていたからこそ、動けるうちに何かしたかったのかもしれない。


「それじゃあこのパフェは、お婆ちゃんの心がこもったパフェと言うわけだね」

「ああ。俺が引き継いだ、伝統ある品だから。と言っても、パフェが出来てからまだ、十二年しか経ってないんだけどな」


 では私はそのお婆ちゃんの味を、堪能するとします。

 まずは抹茶のかかった苺をスプーンですくって、口へと運ぶ。甘味と酸味、それに抹茶の苦味がほどよく合わさって、絶妙な味を作り出す。

 きっと味のバランスも考えて、苺の品種にも拘ったのだろう。口の中いっぱいに、爽やかなハーモニーが広がっていく。


「うーん、美味しいー」

「それはよかった。そうだ、珈琲もいるよな。パフェは甘いから、少しだけ苦めの味にした方がいいかな」

「じゃあ、それでお願い」


 野上くんに珈琲をお願いして、私は二口目を頬張る。

 お婆ちゃんが最後に考案したというパフェ。これは毎日食べたいレベルの美味しさだけど、四年に一度しか食べられないのなら、一口一口をよーく味わっておこう。


 そんなことを考えて苺を咀嚼していると、カランコロンと音を立ててお店の戸が開いた。そして……。


「おや、楓ちゃん来てたんだね。お、なんだい、苺パフェを食べてくれてるのかい」

「はい、お婆ちゃんが考えたって言う、伝統のパフェです!」


 入ってきたその人に、私は笑顔で答える。

 両手に買い物袋を下げた、白い頭をしたこの人こそ、このパフェの開発者。本日92歳の誕生日を迎えた、野上くんのお婆ちゃんその人である。


「婆ちゃん、また散歩ついでに、そんなたくさん買ってきて。買い物なら、俺か父さんが行くのに」

「何言ってるんだい、これくらいどうってことないよ。そんなことより、冷蔵庫に入れなきゃならない物もあるから、どいたどいた」


 カウンターの中に入って行ったお婆ちゃんは野上くんを押し退けて、買ってきた食材を冷蔵庫へと入れていく。

 腰は全く曲がっていない、ハキハキと喋るお婆ちゃんからは、とても92歳には見えない若々しさを感じて、私はこっそり、野上くんに話しかける。


「お婆ちゃん、十二年前に急いで生きた証を残したいなんて言い出したんだよね。でも、今も全然元気だね」

「ああ、あんなことを言い出したもんだから、俺も当時は心配になったんだけどな。ああ、でも実は去年、足にガタが来て、このままじゃあ思うように歩けなくなるだろうって、医者から言われたんだ」

「ええっ、大変じゃないですか!?」


 元気そうに見えるお婆ちゃんだけど、お医者さんが言うなら間違いないだろう。


「手術をすればいいらしかったけど、生憎その時婆ちゃんは91歳。普通なら体力的に、手術に堪えられる年齢じゃないって、医者も渋い顔してた」

「そんな、それじゃあお婆ちゃん、もうすぐ歩けなくなっちゃうの?」


 こんなに元気なのに、歩けなくなるだなんてとても寂しい。

 けど野上くんは、苦笑いを浮かべる。


「それがな。普通なら体力的に無理があるけど、うちの婆ちゃんは体力があり余っているから行けるって、医者が太鼓判押してた」

「……はい?」

「で、手術は無事に成功。婆ちゃん、これで今年は東京五輪を見に行けるって喜んでた」


 ……やっぱり、野上くんのお婆ちゃんはすごい人みたい。

 今日が誕生日だって言うけど、もしかして四年に一度しか歳をとっていないんじゃないかなあ?

 けどお婆ちゃんになっても、元気なのは羨ましい。


「オリンピックを見に行きたいとか、新しいメニューを作りたいとか、素敵ね。いくつになってもやりたいことをやるって、憧れちゃうなあ」


 例えば私は五十年後、いったいどこで何をしているだろう? 

 全くわからないけど、できることならその時も隣に、野上くんがいてくれたら嬉しいのに……。なんてことを、つい考えちゃう。

 妄想、少し飛躍しすぎちゃったかな?


 一人で妄想して、一人で照れて。恥ずかしさを誤魔化したくて、残っていたパフェを口に運ぶ。

 うん、やっぱりすごく美味しい。美味しすぎて、つい笑顔になっちゃうよ。


 するとお婆ちゃんが、そんな私に目をむけてくる。


「楓ちゃんは本当に、美味しそうに食べてくれるねえ。何だかまるで孫に嫁が来たみたいで、アタシも幸せだよ」

「うぐっ!?」

「ちょっと婆ちゃん!?」


 私も野上くんも慌てたけど、お婆ちゃんは悪戯っぽい笑みを浮かべている。


 野上くんのお嫁さんってそんな、恐れ多い……けどお婆ちゃんが幸せだって言うなら、私はそれでも構いませんから!


 そんな元気いっぱいのお婆ちゃん。

 もしかしたら東京五輪にとどまらず、4年後のパリオリンピックや8年後のロサンゼルスオリンピックも、元気で見ているんじゃないかなあ。


 いくつになっても、好きなことを全力でやっちゃうお婆ちゃん。そんな歳の重ね方には、憧れちゃうなあ。


 お婆ちゃんが考案した苺パフェを食べながら、私もどうせならそんな歳の取り方をしたいって。心の中で思うのだった。


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