あなたにモントブレチアを

熊坂藤茉

ありったけの想いを君に

 四年に一度やって来るこの日。今日はより一層、いつも以上に特別な意味を持っている。

 始まりはずっと前、二人共幼かった頃の話だ。


「四年に一回しかないの?」

「うん……」

 誕生日が閏日だから正しい日付でお祝いが出来ないのだと、しょげた顔を見せられたあの日。

「そしたら、四年分の価値が詰まった豪華なプレゼントもらえるじゃん! あ、でも毎年欲しかったらそれは嫌か……」

 子供なりに励まそうとしたのはあったけど、「正しい日付が来ないなら、それまで貯め込んだ分をもらえて当たり前だ」と思ったのも本当で。がしがしと頭を掻きながら視線を相手に向けてみれば、きらきらした瞳がこちらを見つめていた。

「豪華なプレゼント……」

 どうやらそんな考え方自体浮かんでいなかったらしく、衝撃を受けたらしい。

「そういうの、くれるの?」

「え? あー……えーっと……」

 期待するような眼差しに、「やっぱ無理」と答えるのはあまりにも酷で。


「――な、何欲しいのか知りたいな!」


 貯金箱の中身に想いを馳せながら、言い出しっぺはそう口にした。


* * *


「あのねあのね、プランターと土と栄養剤と球根!」


 聞けば花を育ててみたかったものの、何となく親に言い出せないでいたらしい。土は重いし場所取るし、そもそも花の世話自体大変なのだから、その辺言い辛さがあるというのは分からないでもない話である。

 次の年に訪れた、四年に一度の誕生日当日。あれからこつこつ貯めたのもあって、貯金箱の中身が足りた事にほっと胸を撫で下ろした。

 流石に土はお店の人に事情を話して選んだり運んでもらったけども、プランターやら植える球根やらは、殆ど全部自分達で決めていった。折角だしと、いい土といいプランターにしたのだから、子供なりに頑張った方だろう。

 球根はモントブレチア。丁度今の時期に植えられる、初夏に咲く綺麗な花だ。

「頑張ってお世話するからねー」

 にこにこと楽しそうに水をやる姿を見ていると、奮発して正解だったと思わせてくれる。花もお前も元気に育てよ。


「じゃあまた四年後に豪華なプレゼント用意するからな!」

「うん!」

「それまで絶対枯らすんじゃないぞ?」

「がんばる!」


 力強い返事にうんうんと頷けば、更に笑顔を返して来た。こんなに気持ちがいいのだから、贈り甲斐があるというものだ。


* * *


 そんなたわいもない、大切な約束をした幼いあの日。あれから四年に一度、欠かす事無く贈り物は続いている。

 次の四年後は、相手の好きな童話作家の全巻セット。その次は植物図鑑のセットで、そのまた次が折り畳み式のワープロ。その更に次では自分達の関係性が少し変わったりしたこともあって、“互いの気持ちそのもの”を贈り合った。

 要は、まあ……“お付き合い”なんかを始めたりした。


 そして今年が六度目の四年に一度。大学卒業間近な二十四歳の恋人に渡すなら、これにしようと決めていた。

「喜ばれるか不安だけど、それ以上に緊張するな……」

 いつもより少しいい服を着て、花束も用意した。勿論これも贈り物だが、メインは別の物である。

「……よし、やるぞ」

 家の前まで来て、深呼吸をひとつ。決意が変わらない内にと、インターホンのボタンを押した。


「いらっしゃい! 来て早々で悪いんだけど伝えたいことがあって」

「二十四歳おめでとう! 玄関先でこんな大事な話は申し訳ないと思うんだが」


「「結婚して下さい!」」


「……あれ?」

「……うん?」


* * *


 互いに混乱と動揺が激しかったので、取り敢えず部屋で茶を飲み落ち着くことにしたのだが。

「状況を整理しよう。こっちは四年に一度のプレゼントとして、プロポーズを持って来た」

「うん」

 そう、四年間――厳密にはそれ以上の期間分もだが――貯め込んだ“好き”のプレゼントとして、これ以上ないもってこいだと自負していたのだ。自負をしていたの、だが。

「で、そっちも付き合い始めた記念日でもあるから、節目とケジメの意味も込めてプロポーズをしようと思っていた」

「はい」

 似た者同士なのか、相手もそんな風に考えてくれていたらしい。こっちの誕生日でのプロポーズと迷ったらしいのだが、記念日優先にした結果がこれだそうだ。

「そして双方同時プロポーズという珍事が発生したと」

「そうだね」

「そっかぁー……」

 いやなんだよこの状況。同時プロポーズとかなかなかないぞ? まさかの事故に、向かい合うように座ったソファへ背を預けるようにして天を仰いだ。

「……まあ、結果オーライといえばオーライか」

 断られるとは思っていなかったが、すんなり受けてもらえるとも考えていなかった。何せ相手は春からの新社会人。自立した大人とはいえ成り立てだ。「嬉しいけど今は無理」とか「まだ早いんじゃないかな」なんてはぐらかされる事も十二分に有り得た事で。

 しかしまさか向こうから申し込んで来るのは想定外だった……いや本当に想像もしてなかった。こいつ始終ふわっとしてるとこあるし。

「えぇー……結果オーライって言えるかなぁ……」

「待て待てこの期に及んでなんだその“えぇー”は」

 降って湧いた抗議とも取れる声の方を見れば、そこには眉根を寄せてどこか不服そうな顔の恋人がいた。双方共にプロポーズしてるんだから問題ないだろうに、一体何の不満があるというのか。

「だって、そっちからのプロポーズをプレゼントにもらったらさ、こっちからのプロポーズはどこいっちゃうの? 申し入れに対する了承じゃなくて、別口から実質同じ内容の申し入れ飛ばしてるんだよ?」

「あー……」

 言われてみれば、確かに向こうからのプロポーズに関しては、贈り物ではなく自発的な申し込みだ。対して自分はというと、プレゼントという体裁でないと言葉にする勇気がなかったのもまた事実であって。

「……じゃあ、そっちのプロポーズを受ける形にして、こっちからは別のプレゼントにする?」

「え、いいの?」

 そう告げながら、こちら側のソファへと座り直して、ずい、とこちらに顔を近付けられる。……恋人だから別にいいけど、流石にちょっと近すぎない?

「その方が収まりはいいだろうし。まあ、四年分のプレゼントで代わりに何欲しいかがそんな簡単に出て――」

「あ、それはもう決めてあるから大丈夫」

 ぐいぐいと近付きながら、恋人は笑顔でそう告げて来る。いやだから近い近い。

「マジか」

「マジです」

 胸が当たりそうなくらいの至近距離まで近付かれると、流石にちょっとドキドキしてしまう。今までキスとかしてるから、この距離感になったことが初めてとかじゃないけども!

「えー、ちなみに何欲しいか聞いていい奴?」

「いいよー」

 ふふ、と可愛らしく笑うと。


 す、とこちらを指差した。


「……Me?」

You


「え、いやプロポーズは受けたけど」

 今更何を言っているのか。そう思いながら言葉を返すも、相手の笑顔は崩れない。


「そうだね。だから、君」

「……うん?」


 噛み合っているようで噛み合っていない、でも絶妙に噛み合っている感じのこのニュアンス。いやまさかそんな訳ないでしょははははは。


「どのタイミングで切り出そうかなー、いっそ結婚するまで待つのもありかなー、どうしようかなー、って思ってたんだよねー」

「いや待て。待つんだ待ちなさい」

「でも四年待ったしなー。こっちが待たせたとも言うけど」

 へらりと返されたその言葉で、欲しい物の意味が完全に確定した。


「待て待て待て待てちょっと待て! 待とう!? え、欲しいものが“私”ってコテコテのベッタベタなそういうアレ!?」


 そんなん今日日きょうびテンプレ二次創作でも見ないぞ!? いやごめん先週末のイベントで見たし買ったわ。減りはしたけど普通にあったわ。

「ち、ちなみに二言は――」

「慣用句的な意味も含めてないかなー」

 好みのツラがアップで迫りながらじわじわと追い詰めて来る。ていうか顔が近かったのそういう事かこの年下幼馴染め!


「せめ、せめておねーさんに心の準備をさせるんだ!」

「結婚申し込む気はあったのに四年間一度も“そっち”の心の準備してなかったって言われると泣くんだけど?」

「ぐっ……!」

 そこを突かれると正直反論が出来ない。そりゃ互いに異性愛者でキスはしてるし部屋に泊まったりもしてたんだから、そういう意味で意識したことがないかと言うと嘘になる。

「ごめんごめん、何も今すぐにとは言ってないよ。結婚しますって連絡したり、手続きの事とかもあるからバタバタするしね。どっちの苗字でいくかも相談したいし」

「お、おう……」

 よっこいしょと身を起こした恋人が、ひらひらと手を振りながら苦笑する。そんなに私は狼狽えていただろうか。……狼狽えてたよなー……いや今までそういう素振り見せてなかったから、結婚後に頑張ってリードすればいいのかなって思ってたし。

「えーと……」

 どうしたものかと目を泳がせて、見慣れた庭のプランターが視界に入る。――ああ、そうだ。

「も……」

「も?」

「モントブレチアが咲くまでには色々揃えておくから……」

 意を決して告げてみれば、恋人にはきょとんとした顔をされた。お前、こっちだって準備とか色々あるし今日はそんなつもり無かったしそもそも買ってねえよそういう下着! いや買ってなかったのは自分が悪いのか? もう何も分からん。

「……ぷっ」

「腹を括った女を笑うなー!」

「あはは、ごめん! だって今すっごく可愛い顔してたから! ねえ、今ここでしちゃ駄目?」

「話聞いた上で全部ぶん投げようとすんじゃない馬鹿!」

 ぐにぐにと頬を摘んで伸ばしながら、そんなたわいない会話を交わしていく。こんなふざけ合いのようなやり取りも、大切な良い思い出になっていくのだろうな、と想えるのが、嬉しくて仕方ない。

 きっとモントブレチアが咲いた後も、私達がこんな感じなのは変わらないだろう。花で始まり花で終わり、そしてまた始まっていくのは、何とも私達らしい。


 だからこの先に不安はない。その花の持つ意味通り、私達の進んだ後には“よき思い出”が残っていくのだから。

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